act 01:腐れ縁
某県立高校2年C組の窓際に指定された僕の座席。
開けっ放しの窓から見えたのは、曇り空から微かに陽の光が射し込む背景を背負って掛かる虹だった。
そういやさっきまで雨が降っていたからな…
幻想的とまでは言わないが、見て悪い気がするものでもなかった。
不意を突くように、パシャだかカシャだか明らかなシャッター音が後ろから聞こえた。
仮にも授業中だぞ、という意味を込めて後ろを睨み付けると、僕の友人は無駄に爽やかな笑顔でピースを送ってきた。
バカなのか、本当に。呆れて溜め息が出た。
「後で送ってやるよ?」
「別にいいよ、要らないって。」
「じゃあ女子に送ろっと。」
「没収されないといいね、そのスマホ。」
「え?」
僕はやはり呆れながら、ほら見ろよと言わんばかりに視線を友人から少し横へとスライドさせた。
今にもゲンコツでも食らわせてやろうかといった勢いの数学教師が、友人に対し重すぎるほどの圧を掛けている。
「おい、夏原。」
「……せ、先生も欲しいなら言ってくれればお渡ししますけど〜ね?」
「ね?じゃない。没収。」
「待って!待って待って待って!」
「待たない。没収だ没収。」
ひょいとスマホを取り上げられた。
お前が悪い。僕は擁護しない。
「あああああ!」という友人の叫び声と共に、クラス内からはクスクスと言った暖かい冷やかしが入る。
僕の友人である夏原海斗は名前の字面通りに爽やかで、僕は勝手に“夏の申し子”だと思っていた。
僕にしてみれば、誰にでも好かれ、輪の中心にいる夏原は少し眩しいくらいに感じている。
かと言って、夏原のようになりたいと思ったことは一度もなかった。
僕は僕、夏原は夏原。そう思っていたからだ。
果たしてそんな風に上手に割り切れるのかと問われれば、即答は出来ないかもしれないが、今のところは僕は僕で夏原は夏原と言い切れる。
「クソ、あいつ鬼だな。」
数学教師が離れたタイミングで僕の友人、基、夏原は小声で文句を言ってきた。
「何が鬼だよ…、授業中にシャッター音鳴らすバカは誰?」
「バレないと思ったんだよ!」
「バレるに決まってるだろ?バカ原。」
「そんなバカ原くんのスマホを、後で一緒に救出しに行ってくれるのが冬原くんだよね〜」
「生憎、そんな優しさは持ち合わせてないよ。」
「お願いします、冬原くん。」
「はぁ…。」
「帰りにアイス奢るから〜」
「アイスじゃなくて飲み物がいい。」
「任せろよ、海斗セレクトドリンク!」
「セレクトするのは僕です。」
そうしてもう一度黒板の方へと視線を戻そうとした時だった。
窓からまた、何かが見えた。
「夏原、あれ遅刻かな?」
「んー?」
「ほら、ウチの制服着てる子。」
「お前幽霊でも見えてんの?」
「へ?」
「誰も居なくね?」
「……本当だ、」
確かに見えたはずだった。
ほんの一瞬、夏原に視線を投げただけだったのに、人影はそこに無かったのだ。
「ちなみに女子だった?」
「まあスカート履く趣味の男子じゃなければ、女子だろうね。」
「雪兎は似合いそうだけどな。」
「……スマホ救出は無し。」
「嘘です!」
何度目かの溜め息を吐き、僕はさっきの光景を思い出す。
あれは夏原が言うように、本当に幽霊だったのだろうか?…いやまさか、な。
「(虹の麓には宝物が眠っている…)」
そして遠い昔にある少女が教えてくれたこの言葉を、僕はふと思い出したのだ。
今は消えてしまったあの人影は虹の麓に存在しているように見えたから。
まあ虹の麓なんてのは、探したところで見つかりもしないのが現実だ。
そう見えただけであって、実際は麓からの出現ではなかった。
「(あと10分か…)」
時計をちらりと見ると、この数学が終わるまであと10分程度だった。
問題を少し解いたら終わるだろうと、そんな事を考え始め、僕はまた授業中の生徒という役割に戻った。