第六話
儀式は、一年で一番潮が引く日の正午から夕方6時までの間に行われる。
この村の海はこの季節、だいたい正午に干潮を迎え、夜に向けて潮が満ちてくる。海に飛び込む難易度は、干潮の時が最も高く、潮が満ちていくにつれ簡単になる。
干潮の時は、崖から水面までの距離は遠くなる。それだけでも、恐怖感は段違いであるが、なにより岩場が顔をのぞかせているのが危険である。
崖は、実のところ垂直ではない。上からそのまま落ちると途中で、崖の壁にぶつかってしまう。
満潮の時は、力いっぱいジャンプすれば問題ない。なぜなら崖の下の海には十分な水量があり、海底の岩場にぶつかる心配が無いからだ。気をつけなければならないのは、崖の傾斜よりも遠くに飛ぶことだけだ。
しかし、干潮の時は、崖から離れた所は一時的に浅くなっているので岩場となっていて、遠くに飛びすぎるとおだぶつだ。崖の高さは30メートル近くある。衝突すれば、ケガでは済まないだろう。
したがって、より干潮の時、すなわち儀式が開始されてからより短時間で崖から飛び降りたものが儀式の覇者となり、賛辞が与えられ、ひいては村の中での輝かしい未来が約束される。
この村は貿易の村だった。国で唯一港を持つ村であるので、魚介類は他の村に高値で売れた。最近では、海を渡ってくるようになった外国との貿易も盛んになっている。魚介類と交換して、他の村から手に入れた国の産物を他国に売り、それで得た金で外国の珍しい品物を手に入れた。そんな舶来品はまた、他の村に高値で売れた。村は、国の端に位置しながら、その海に面している地理的優位性によって、この国の経済的な中心地であった。
そんなこの村での将来が約束されるということは、国一番の富豪となることと等しかった。村長はじめとする、村役人は皆豪奢な家に住み、他の村で一番美しい女を嫁に迎い入れ、何不自由のない生活を送っていた。
そのため、村の男子は儀式のために、学校に通い肉体と精神を鍛えるのだ。
岩場が海に隠れるのが、だいたい3時。正午からその間までに儀式をクリアすることができれば、例年役員候補となることができた。
それでも、飛ぶことのできる者は少ない。目の前にある死の恐怖に打ち勝つことができないのだ。
それもそのはずで、高さ30メートルから海を飛び込むのはそれだけでも危険な行為だからだ。もし、あまりの高さで落下途中に気を失えば、もし、着水に失敗して首がもげそうになる程の衝撃をもろにくらえば、失神しておぼれてしまうだろう。
そして、そうなったら誰も助けてはくれない。下で大人たちが船で待機して、安全を確保していることなんてありえない。自分の度胸を見誤るものは死すべし。それが、この儀式の伝統であり、本当に恐ろしい点だった。
それでも、潮が引いている時間帯に見事、ピンポイントで岩場の無いところに無事着水できれば人生の勝者になれる。そのリターンはあまりにも大きかった。
だが多くの若者は結局のところ、びびって満潮に近ずくのを待つことになる。
村で役員の次にステータスが高いのは、漁師で、その次に貿易関係だった。十分な金は得られるが、支配者階級にはなれない。だが時間内に飛ぶことができれば、良い職業につくことができた。
反対に儀式をクリアできなければ、その方が大半ではあるのだが、負け組の人生が待っていた。安い給料でこき使われ、単調な作業の繰り返しに、人生の多くの時間を費やすこととなる。
だからこそ人々は儀式に熱狂した。男達は死ぬまで、儀式の時の自らの様子を、自慢し、そして後悔した。
すべての少年は、吐くようなプレッシャーを感じながら、当日の朝を迎えた。




