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第四話

 僕たちは黙って森の中をつき進んでいった。あの時は、一歩、一歩、恐る恐る歩いていたものだが。もちろん、今日は何も驚かすような仕掛けが無い山道を歩くだけであったのですいすい歩いていけて当然のことではあった。


 だが、森の頂上にある館だけは、やはり特別だった。一階部分は吹き抜けのようになっていて、三本の柱によって二階部分が支えられている奇妙な建物。階段が蛇のように建物にまとわりつき、地上から二階をつなげている。壁一面に蔦が渦巻き、一階部分のあちこちに蜘蛛の巣がかかっていた。そのうえ、そこの地面自体が斜めになっているので、建物も傾いていた。頂上には木が無く月明かりのおかげで明るかったが、かえってそれがこの館の不気味さをいっそうひきたてているように感じた。


 肝試しの最終段階はこの館の中に入り、悪魔の人形を取り出すことだった。


 10歳の真夜中。僕たちはこの奇妙な館の前で出会ったのであった。


 この村は小さく、学校は一つしか無いが、同じクラスになったことがなかったので、顔はお互いに見知っていたものの、言葉を交わしたことはなかった。


 僕はその時、道中のトラップに神経をすり減らされ、またこの館の不気味さに圧倒され、木のそばで腰をかけていた。肝試しは一斉にスタートしたのだが、最終目的である悪魔の人形は一つしか無いことはあらかじめ知らされていたので、僕は最初からずんずん飛ばしていった。途中で誰にも抜かれることもなかった。疲れたが、ここまで来ればば余裕だなと頂上手前では思っていた。


 しかし、この館だけは、容易に入っていける雰囲気ではなかった。足を踏み入れればただではすまないことを、いやおうなしに直観させられた。もう、だいぶ長い時間地面に座っていたが誰もここには現れなかった。きっと、皆途中で脱落してしまったんだ。そう思うと、最後の試練に向かう度胸が出てきそうになった。そんな時にダイは現れた。


 ダイの足取りは軽くはなかったが、だからといって怖がっているというよりは、あたりを警戒しながら注意深く進んでいるように見えた。


 頂上に向かう坂道はかなり急であったので、先に僕がダイの姿に気づいた。僕は館に気圧されて、休んでいることがバレるのが嫌だったので、木から離れて、館の前でストレッチをすることにした。今にも館に向かう気なんだぞとみせかけるられるよう、まるでかけっこの直前で体をほぐしているように。


「やあ。俺より前にいる人まだ残ってたんだ。」

 ダイが言った。


「皆、逃げ帰ってしまっているのかと思ったよ。」

 僕は、先にダイの姿に気づいていたことを悟られないように、かといって突然声をかけられてビビったとも思われないように、ゆっくりと振り向きながら言った。


 僕たちの声以外は全くの無音だった。カエルの鳴き声も、鳥の声も、木々のざわめきさえもなかった。頂上付近は本当にシーンと静まりかえっていた。


 どちらから、示し合わせたわけではないが、一緒に階段に向かうこととなった。お互い、さすがにひとりで入るのは心細かった。


 階段は、先に頂上についていた分、僕が一歩先を歩いていたので、彼が後ろについてきた。僕も彼も、度胸で劣っていると相手に思われまいと考えていたはずだ。だが、彼は順番なんてどうでもいいよという態度をとることによって、僕が先に階段を上っているという事実を無効果しようとしていたと思う。だから僕も「先にいくぜ」みたいなことは、あえて言わなかった。出会った瞬間から、僕らはどこか心の根底でつながっている部分があったのではないかと思う。


 二階はレストランの跡であった。今となっては、客もスタッフもいないレストラン。代わりにあるのは、天井中にこびりつく蜘蛛の巣だけだ。


 店の奥に厨房があった。厨房にはおそらく窓がないのだろう。月明かりが届いておらず真っ暗だった。


 銀色の二枚とびらを手で押して、厨房の闇に足をつっこむ。その瞬間足がぬめりと滑り、僕の体はなにものかにひっぱられるように滑り壁に激突した。同時にカランカランという音が響いて、何かが僕の体に転がってきたり、頭に落ちてきたりした。辺りは真っ暗でなにも見えなかったが、それらの小物体の一つをてにとると、缶詰のようだった。


 その時、一筋の光が目に飛び込んできた。


「大丈夫か」

 ダイが僕に尋ねた。


 ライトのおかげで厨房の様子を見ることができた。床が傾いていて、棚が壁側に流されていて、棚の上には缶詰の空き缶が斜めに積み重なっていた。建物自体が傾いていたが、厨房の中は特に坂のようになっていた。


「ああ、問題ないよ」

 僕は言った。


「戻ってこられるか?」

 ダイが言った。


 立って歩くのは難しそうだった。坂になっているうえに、床にオイルがまかれていて滑りやすくなっているのが問題だった。だから、たおれたまま足を屈伸し、いっきにジャンプするように上へと滑り、厨房の外に出た。


「ありがとう。助かったよ。ところでその懐中電灯は?」

 ダイの手を借りて立ち上がりながら僕は言った。懐中電灯などが肝試しの儀式にわたされているはずはなかった。


「向こうのテーブルの上に落ちていたんだよ」

 ダイは厨房と反対側にあるテーブルを指さしながら言った。


「ついでにあれもあったよ」


「悪魔の像か?」

 

 厨房の奥にあるものだと勘違いしていた。なんせ厨房だけ、店内の中で真っ暗だったので、いかにもそこに隠されているような気がしたのだ。


「さっさと取ってかえればよかったのに」

 僕は言った。


「君が騒がしい音をたてるからさ」

 ダイが言った。


 そして厨房から移動し、二人で像の前に立った。


 悪魔を手に取って、月明かりにかざしてみた。口が裂けそうな笑みに生理的な嫌悪感を覚えた。


 悪魔は村の禍のシンボルでもあった。母親が子供を叱る時の定番は「悪い子は悪魔に連れていかれて、食べられてしまうぞ」だった。


「どうする?」

 もちろん僕はどっちが持ってかえるかという意味でたずねた。


 だが、正直なところダイに持って帰る権利があるように感じていた。先に見つけたのはダイであるし、厨房で助けてもらった恩もあった。


「二つに割って持ってかえればいいんじゃない?」

 ダイが言った。あっけらかんとした声だった。


 予想もしなかった提案に思わず笑ってしまった。


 だが考えてみればそれは良い案だった。ふたりとも儀式をクリアできるし、なにより村の大人たちに悪魔の像なんかに怖がっていない度胸を見せつけることができる。


 僕は悪魔の像の頭を持ち、足をダイの方に向け、せーので引っ張って悪魔の頭と胴体を切り離した。


 そして大人たちの反応を想像してほくそえみながら、二人ならんで村へ帰って行ったのだった。

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