その8。
ログインして来たシャノワールは宿屋のベッドで目覚めた。
ログアウトしている時の黒姫と黒百合はどうしているのかというと、設定でシャノワールがログアウトしている間ずっと寝ているというように出来るのだ。実際にはシャノワールの姿は無くなっているので、黒姫たちの姿も同じように消えているのであるが。
他にもシャノワールから一定距離から離れられないが、自由に行動させるということも出来る。その場合はシャノワールの身体も消えずに動かないということになる。
「おはよう、シャノ!」
「おはよー」
黒百合は影に入ったままで出て来ない。宿の中で出て来られても困るだけなので、出て来ないで正解であった。黒百合にはそういう気遣いは出来る子なのであった。
「さて、何をしようか」
「何か面白いことないの? こっちの世界に来てそれほど面白いことはなかったから、そろそろ何かあってもいいと思うのだけれど」
「そう言われてもねぇ。 まだ私のレベルが低いから強いモンスターがいるところには行けないし、適当なイベントでも探しに街中を歩きまわるのも良いかもしれないけど、何もなかった場合すごくもったいないことになるからねぇ」
「じゃあとりあえずはレベル上げを中心に行うということかしら?」
「あの狼や猪は流石に弱かったから、もう少し強いモンスターのところに行っても良さそうだけどね。そうなると、冒険者ギルドで依頼内容を見てどれくらいのモンスターがいるのか見てみようか」
そんなわけで宿屋を出て、ギルドへと向かって行ったのであった。
シャノワールがギルドに着いて中へと入ると、なぜか偉い感じの女性が待っていたのだった。
「やっぱりきたわね。敵ではないのであれば少し手伝ってくれない?」
「えーっと、いきなりですね。どういった用事でしょうか?」
「それじゃあ、ギルドの個室に行きましょうか」
いきなり話しかけてきたと思ったら、シャノワールの意見なんて関係ないとばかりに、勝手に行ってしまった。ここで無視するのも違うと思ったシャノワールは大人しく後を付いて行ったのであった。
最終的に敵対するとしても今ではないのだ。今敵対しても周りを囲まれて負ける未来しか待っていない。そういった考えの下動いているのである。つまりはレベルが上がっていれば行動は変わっていたかもしれないということになるわけだ。
個室の中へと入ると、女性はすぐに話をし始めた。
「まずは自己紹介からね。私の名前はレディよ。あなたは?」
(レディっていいのかそれで。まぁ私も人に何かを言えるような名前ではないのだけど)
「私はシャノワールです」
「狐なのに猫なの? しかも白で黒って」
「それはよく言われますね」
シャノワールが少し笑いながら返すと、それ以上は何も言ってこないようで話のないように入っていった。
「それで今回あなたに頼みたいことなんだけど、ここの屋敷に忍び込んで不正の証拠を取ってきて欲しいのよ」
「ここってこの街の領主の屋敷ですよね?」
そう、レディが見せた地図に指し示されている場所がこの街の領主の屋敷であったのだった。領主の屋敷はこの街の建物の中でも一番の大きさを誇っているので、簡単にわかるものである。
「ええ、そうよ」
「でもどうして?」
「領主には色々と不正をしているという噂があるのよ。でも調べても証拠は出て来ないし、その尻尾すら掴めないという状況なのよ。それで今回一対一であいつに勝ったあなたにこのことを頼みたいというわけなのよ」
「私よりも信頼出来て、実力のある人はいると思うのですが」
「そうね。実力で言えばそうかもしれないけれど、今隠密系のスキルを持っている人はいなくてね。そうなると忍び込むというのは出来なくなるのよ」
(嘘だね。私を使って上手くいけばそれでいいし、失敗しても仲間ではないと言って切るつもりなんだろう。おそらくは不正を見つけてそれで脅したり乗っ取るかしてこの街が欲しいというわけなんだろうな)
このO-Hではすべてがプレイヤーの動き方で変わってくるのだ。要は国の王にも就くことが出来るし、国を亡ぼすことも出来る。そうした限りなく現実に近づけたのがこのゲームの醍醐味の一つである。
何をするのもプレイヤー次第で状況がわかってくるというわけだ。
「わかりました。屋敷に入って不正の証拠を見つけてくればいいんですね? 屋敷内の地図とかってありませんか?」
「やってくれるのね。屋敷の地図はこれよ。報酬は成功したらということでいいわね」
「そうですね。適当にお金でももらえればそれでいいですよ」
こうして話を終えると、二人は部屋を出て別れたのだった。まだ時間があるためシャノワールはその後少しでも経験値を稼ぐためにも、街の外に出てモンスター狩りをすることにしたのだった。
「ねぇ、シャノ。別に今回は断ってもいいと思ったのだけれど」
「んー、まだ直接睨まれるのは遠慮しておきたかったし、それに出来ないことではなかったから、というか得意分野だし、これくらいならいいかなって思ってね」
「そう、まぁ考えがあるのならいいわ」
「うん。それにレベルが低いという心配も黒姫もいるし、いざという時には黒百合で逃げればいいことだからね。特に心配することはないかなって」
「もちろんシャノが危なくなったら手伝ってあげるけれど、あの女にいいように使われている感じがしていい気なしないわ」
「それについても適当に情報を渡して、依頼料もらえればいいとしか思っていないから大丈夫だよ。でももしかしたら思っていたよりも早く、この世界のプレイヤーたちに喧嘩を仕掛けることになるかもしれないね」
シャノワールは暗くなるまで森での狩りをし、暗くなる前には初のレベルアップを成し遂げることが出来たのであった。スキルレベルの方もほんの少しであるが、上がっているためこの調子で地道に上げていけば、今後はもっと楽になっていくであろう。
こうして暗くなる頃には街へと戻って、領主の屋敷へと潜りこむための準備をし始めた。
準備とは言っても道具など買うお金は持っていないので、どこから入るかとか、入る時間はいつがいいかなどのことである。
(領主とあの女に嵌められるという可能性もなくはないけど、そんな面倒なことをしなくてもプレイヤー何人かで私をやればいいのだから、その可能性はないと思う)
そしてみんなが寝静まる頃、静かにシャノワールは動き出した。格好はいつもの服装に顔には仮面を付けていた。この仮面もアナストから持って来たもので、頬の部分に肉球が描いてある可愛らしいものである。
その仮面の効果は認識阻害というもので、姿を見られても誰だかわからなくするもので、基本的にこういう隠密系のことをするときにはいつもシャノワールはこれを使っていた。
領主の屋敷は三階建てで、いくつも部屋がある大きな屋敷となっている。屋敷の周りには壁があり、普通に乗り越えては入れるような高さではない。しかも門のところには人が立っており、周りにも警備が巡回しているほどの厳重であった。
しかしそんな温い監視ではシャノワールを止めることは出来ず、
(門はそもそも使わないから関係ない、巡回もタイミングを見れば大丈夫、壁も乗り越えられるから敷地の中には入れるね)
そうしてタイミングを見計らって、屋敷を取り囲む壁に近づき、一回ジャンプをすると、もう一度何もない空中を蹴って敷地の中へと入った。空中を蹴れたのは天地虚空のおかげで、MPを消費して使うことが出来る。
それも一回だけでなくMPがある限り使うことが出来るので、どんなに高い壁があろうともシャノワールには関係のないことなのであった。どうしても入れたくないのであれば、全体を覆う結界のようなものでもないとシャノワールを止めることは出来ない。
その場合でも何とかしてしまうのがシャノワールなのだが、それは今はいいだろう。
「余裕ね」
「まぁね」
黒姫の言葉にも返事をしながら行動をする。それだけの余裕があるということだ。
中に入れたシャノワールは庭にある草木などを使って、身を隠しながら屋敷へと近づいて行く。中も巡回している人がいるようなので、慎重に進んで行く必要がある。
現在シャノワールは遮断系のスキルをフルに使っているため、それだけでも見つかりにくいのだが、それでも万全を期しているのだ。
こうして屋敷の中へと入れそうな場所を探して、歩き回った結果、裏口のところに一つ入れるところを見つけたのだった。そこから誰にも見つからないように中へと入って行った。