その6。
シャノワールに攻撃しようとしていた男を止めたのは、冒険者ギルドの出入り口の付近にいた一人の女性だった。
その女性は見た限りではそれなりに良い装備を身に着けているようで、その分実力もあるのだろうと予想出来る。綺麗な顔立ちをしているが、このゲームでは自分でアバターを作ることが出来るので、プレイヤーのほとんどが美人だったりするので顔が良いのは当たり前のことのようになっている。
全体的な印象は綺麗なお姉さんといった感じであった。
その女性が近づきながら男に向かって話しかけてきた。
「こんなところで戦闘をするなんて、どういうことなの?」
「そ、それはですね」
(女性の方が立場が上なのかな。これで穏便に済んでくれたらいいんだけど)
その後、女性と男は二人だけで話をしていた。シャノワールはその会話に入れなかったが、二人で話をして終わればいいと思っているので、大人しく待っていることにした。
すぐに話は済んだのか、女性の方がシャノワールの方へと近づいて来ると、
「ごめんなさいね。一昨日戦闘があったばかりだったから気が立っているみたいなのよ」
「いえ、別に何もされていないので大丈夫ですよ」
(ここは適当に何もなかったことにしておけばいいだろう)
「それでなんだけど、あなたは敵ではないのよね?」
「はい、敵ではないですよ。まぁ味方かと聞かれてもどうなんだろうとは思いますけど。状況次第でそんなものはいくらでも変わると思っていますので」
「なるほど、それを聞いてとりあえず殺しておこうということになったのね。でも確かに見かけない子ね。敵でない証拠とかはあるのかしら?」
「証拠ですか? 証拠は特にないですけど」
「そうよね。持っていたらすでに見せているものね。私の立場としても知らない子を放置することも出来ないから、やっぱり戦ってもらいましょうか」
「え?」
「もちろん移動してもらいますが、それであなたをどうするか決めることにします」
(ここには脳筋しかいないのだろうか。何と言うか殺伐とし過ぎじゃないか? この世界。断っても外に出て襲われるだけだろうし、大人しくこの人の言う通りにした方が良いのか。逃げても逆に多くの人に襲われることになりそうだし)
「シャノ、やっぱりやっちゃう?」
他の人に聞かれないような声で黒姫がシャノワールに物騒なことを言っているのだが、シャノワールはそれを無視して、
「わかりました。勝ち負けは関係ないということですよね?」
「ええ、そうよ。ではギルドに訓練場がありますのでそこで行いましょうか」
そう言うと、黙って奥の方へと歩いて行ってしまう。私に絡んで来た男は女性に付いて行き、私もその後に続いた。
(どうしてこうなったのやら。めんどくさいなぁ。でも今のところ一番穏便に済みそうな感じだし、仕方がないか)
そうして三人が向かった先にあったのは正方形の広い空間だった。地面は土で周りには見学も出来るように席が設けられており、現在もこれから始まる戦闘を見るためにさっきまでギルド内にいた人たちが集まっていた。
「ルールは何でもありで、先にHPが無くなった方の負けよ。死んでもここにリスポーンするわけじゃないから気を付けてね」
(やっぱり脳筋だよね。会話をする気はないのか。しかも戦闘大好きみたいな感じだし、どうすればいいのかねぇ)
言われた通りに行動しているのだが、心の中では戦闘のことよりもどうすれば敵認定されることなく、この街で普通に歩くことが出来るのかということを考えていた。
正直なところあの男のことはさっきの一撃が全力でなかったとしても、負ける気は全くしなかったのだった。しかし圧倒的に勝つことが出来るのかと言われれば出来るだろうけどそれをすると後が怖いので、どういった勝ち方がいいのかということを必死に考えているシャノワールであった。
「今回も手を出さなくていいよ。黒姫に頼った方が良い相手もでもないから」
「わかったわ」
シャノワールは小さな声で黒姫と会話をし、戦闘開始地点に向かった。
向かい合う二人の準備が整ったことを確認した女性は戦闘開始を告げた。
「それでは、始め!」
開始の合図がされると男はシャノワール目掛けて真っすぐに走って来た。それと同時に大剣を引き抜くと、さっきよりも少し強めで上から振り下ろされたのであった。
それを冷静に見ていたシャノワールは振り下ろされる大剣を今度は避けることなく腰から引き抜いた血喰らいで受け流して対応した。そしてそのまま逆手で持っていた血喰らいを持ち直して、男に向かって突き刺した。
流石の男もその攻撃を受けることはなく、一旦距離を取ることで避けた。シャノワールは男が避けて後ろに下がっても追いかけることはしないで見送った。
(力は当然のことだと思うけど、速さも少し負けているかな。でも余裕で対応できるほどだから問題はないだろう。大剣だということもあって、一回一回の攻撃はそこまで速くはならないだろうからね)
シャノワールはその一回の攻撃、正確には一番初めに攻撃されたことも参考にしているが、男と自分の戦力差を見極めていたのだった。しかも身体的に自分よりも強い敵とは戦ったことは何度もあるため、シャノワールにはそのくらいのことでは負ける要素にはならないのだ。
(でもどんなスキルを持っているのかわからないから油断はしないけど。何か色々考えるのが面倒になってきたな)
その後も男の攻撃は続いたのだが、他のことを考えられるほどの余裕は持っていた。それくらい男には攻撃技術が足りていなかったのだった。
「お前真面目に戦っていないだろ!」
「ちゃんと真剣ですよ?」
「ちっ! なめやがって! そっちがその気なら本気で叩き潰してやる!!」
「話を全く聞いてないね」
男はそう言うと、一度大きく距離を取り大剣を構え直して、一気に距離を詰めて来た。その動きはさっきまでのものとは明らかに違っており、速くなっていた。
(おそらくはMPを消費して使うことが出来る身体強化かな。それならば)
瞬時に男のスキルを予想し、シャノワールも対応できるようにするためにスキルを使った。流石に今のままでは男の力や速さなどに追いつかなくなり、負けてしまうので必要最低限のスキルを使い対応するのだ。
強化し過ぎても周りで見ている人たちに情報を与えることになるので、ギリギリのところを狙う。
今度の攻撃は男の攻撃は振り下ろすものではなく、突きをしようとしていたので、シャノワールも身体強化をして、横に動き攻撃を避けて見せた。
その動きに男の方は驚き隙を見せてしまう。まさか避けられるとは思っていなかったようだ。その隙をシャノワールが見逃すはずもなく、そのまますれ違うようにして男の胴体を切りつけた。
ちなみにゲームの世界なので血が出るようなことはないが、それでも切り付けられた感覚は残るのでそれを無視できるかが戦闘に慣れているかどうかの判断となることもある。
男はと言うと切り付けられたことに怒りながらも、身体の方を気にすることなくシャノワールに対して、後ろを振り返るように薙ぎ払うように大剣を振り抜いた。
その攻撃を予想していたシャノワールは身体を低くして頭の上を大剣が通り抜けることを確認すると、隙だらけの脚を切り付けた。
「くそっ!」
男は焦るような声を出しながらも攻撃を繰り返していったが、脚を攻撃されて動きが鈍った上での攻撃は当たるはずもなく、シャノワールは避けては攻撃するということを繰り返していった。
(ここまで行くともはや作業だね。それにしても防御が高いのか中々死んでくれないな)
それから経つこと十数分、やっと男は倒れHPが無くなってその場から消えていったのであった。
「ふぅ。これでいいかな?」
シャノワールはずっと戦いを見ていた女性に聞いて見ると、
「そうね。あそこまで倒すのに時間が掛かるのであれば特に問題はなさそうね。この街では好きにしてもらっていいわよ」
「わかりました」
(ずっと上から目線の言葉でむかつくがまぁいいか。それにあの男の人を倒すのであればもっと早く倒すことが出来るけど、それは言わない方が良さそうだね)
こうしてシャノワールの初戦闘は無事に? 終わることが出来たのだった。しかも結構上の立場の人であろう女性から許可を得ることが出来たのも良いことであった。
その後は誰にも絡まれることもなく、ギルドの外へと出ることが出来たのであった。