その5。
黒姫の気ままに街中を歩き色々と見て回ったシャノワールであったが、広いのですべて見ることは出来ず、それに加えて主要な建物だけでも距離が離れているので全部見ることは出来なかった。
黒姫は見るものすべてに興味を示して楽しそうにしていたのだが、シャノワールの方は適当に歩くのもいいのだがもう少し効率よく歩きたいと思ってしまっていた。
(どこかで街の地図が手に入れることが出来ればいいのだけれど)
地図があれば無駄に歩くことなく目的地へと行けるし、何がどこにあるのかがわかる。そんなことを思いながら歩いていると、一つの大きな建物の前に辿り着いた。
「冒険者ギルド?」
大きな建物には剣と盾のマークと一緒に冒険者ギルドという文字が書かれてあった。
(想像通りのものだとしたら、ここに地図があるかもしれない)
「シャノ、ここに入るの?」
「うん、入ってみようか。地図があるかもしれないし、もし無かったとしても兎のドロップアイテムは売れると思うからね」
「わかったわ。早速入りましょ」
O-Hでの冒険者ギルドとはステータスには書かれることはないが、登録すると冒険者という職業になり、依頼を受けてその成功報酬を受け取ることが出来るようになる。
この冒険者も街に入る時と同じように異邦人と原住民とでシステムが変わってくる。原住民はランクがあり登録時はランクは低いのだが、功績を積んでいくとランクも上がっていく。そして自分のランクにあった依頼しか受けることが出来ないという決まりになっている。
そのため依頼内容が間違っていた場合などはギルド側が補助してくれる場合もあるのだ。
しかし一方の異邦人であるプレイヤーは死んでも生き返るということで、ランクは設定されていないし、受ける依頼も自由に選ぶことが出来る。そのため受ける依頼については完全に自己責任という形になっている。
もちろん受けた依頼通りのことを達成できなかった場合はそれなりの罰はあるのは異邦人だろうと原住民だろうと関係はない。
シャノワールが建物の中へと入ると、いくつかの視線を感じられた。その視線にも種類があり、すぐに興味はないとばかりに逸らす人、観察するような人などなど色んな感情を感じられたのだった。
(んー、何とも微妙な雰囲気だね。戦争みたいな形で争っているせいなのかね。私のことはあまり歓迎されてはいなさそうだし、知らないやつがやって来たという感じかな)
そんな中でも伊達に一つのゲームでトップの実力を持っていたわけではないので、気にしたそぶりを見せずに奥の受付があるところまで歩いて行った。アナストではトッププレイヤーだったからこそ嫉妬や恨みを何もしなくとも受けていたので、このくらいでは動じなくなってしまっていた。
中央の通り道を通っても特に絡まれるということはなく、受付に辿り着くことが出来た。その間もシャノワールを見る視線はあまり変化はなかった。
「すみません。兎の肉を売りたいのと、この街の地図があればそれも欲しいのですが」
「いらっしゃいませ、売却と地図の購入ですね。冒険者登録はされていますか?」
「いえ、してないですが、した方が良いですか?」
「登録しておけば売却時に少しですが、高く買い取らせていただくことになっております。さらにギルドで何か購入の際にもお安くなります。それから街に入る際の身分証にもなります」
「なるほど、それじゃあ登録をお願いいたします」
「かしこまりました。それではこれをご記入ください」
登録しても不利益になることもないし、逆に得なことばかりだと思い、登録することにしたのであった。
差し出されたのは名前やクラスなどを書く紙で、その中でも記入必須となっているのは名前だけであった。これには異邦人が情報を出来るだけ隠しておきたいという事情が反映されてこんなにも書かなければならない項目が減ったのだった。
シャノワールも自分のステータスが知れ渡ったら面倒なことにしかならないと思ったので、名前と使う武器を短刀と書いて終わりにした。隠す情報と隠さない情報の見極めは難しいが、そこら辺はシャノワールは適当で、バレたら仕方がないがそうでなければ無暗に教えないというようにしている。
その後シャノワールは簡単なギルドのルールなどを説明聞き、晴れて冒険者となったのであった。冒険者になる時に冒険者カードを作成することになるのだが、それにはお金が必要となり、全くお金を持っていなかったシャノワール兎の肉を売ることでそのお金としたのだった。
角兎は弱いモンスターで多くいるためか多くのお金は貰うことは出来ず、そのほとんどを登録料に持って行かれてしまい、結局変わらず金欠状態なのであった。
(まぁでもポーションなら一つくらい買えると思うし、予備として一個買ってからまた外で狩りでもしようかな)
お金がない状態はそれなりに慣れていたこともあり、慌てることなく出来ることをしっかりやることにしたのだった。アナストでは一時期装備を集めるためにお金を散々したということがあったのだ。その後はしばらく金策に励むこととなったのである。
「ではこちらが兎の肉の料金からから、登録料と地図の料金を引いた分でございます」
「ありがとうございます。それと後もう一つ、ポーションとか買えたりしますか?」
「ポーションでしたら薬屋でご購入してください。薬屋はギルドを出て右に行ったところにありますので」
とりあえず今聞きたいことは聞けたシャノワールはギルドを出て行こうとしたところで突然声を掛けられた。
「おい! 見ない顔だがお前は味方か?」
その声の主は厳つい顔や身体をした男で身長も高く、シャノワールと比べると親と子ほどの身長差があった。まぁシャノワールが小さいと言うことも出来るのだが。
その男はシャノワールの返事次第ではすぐにでも武器を抜いて、攻撃してきそうな雰囲気を纏っていた。
そんな中話しかけられた本人はと言うと、
(うわ、定番イベントがまさかゲーム内で起きるとは、しかもプレイヤーかな? そこら辺はわからないけど、どうしたもんか。というか聞き方といい、頭の悪そうなやつだなぁ)
動じた様子もなくのんびりと構えていたのだった。
シャノワールはまだ角兎を買っていただけなのでプレイヤーレベルはほとんど上がっていない。それに対して男の方は肉体は作れるので当てにはならないが、装備も良さそうなものを身に着けているのでそれなりにレベルは高いことがわかる。
外から見ても体格差があり、シャノワールが敵う相手ではないように思えるし、レベルのこともシャノワールはわかっているが余裕を崩すことなく構えていた。
周りにいる人たちも男のことを止めようとはせずにただ見ているといった感じである。男が本当に攻撃してもおそらくは動くことはないであろう。逆に敵だと判断したら襲ってくる可能性もある。
(一番良いのは戦闘が起こらずにそのまま立ち去ることなんだけど、出来るかな。戦闘が起こって周りの人にも敵認定されては困るから、殺すのもだめだということになるし。ああ、本当めんどくさい)
「何を黙ってやがんだ! 黙っているってことは敵ということでいいんだな!?」
「いや、違うよ。敵じゃないよ」
「なら、味方なのか?」
「それは、どうだろ? 私はあなたのことは何も知らないし」
「味方ではないのか。それならもう用はないな」
男はそう言うと、背中にあった大剣を引き抜きいきなりシャノワール目掛けて振り下ろしてきたのだった。
(何こいつ、意味がわからないだけど!)
そんなことを思いながらも身体の方はちゃんと動いており、シャノワールはギリギリのところで後ろに避け大剣を躱した。そのまますぐに戦闘が出来るように構えたが、しかし武器はまだ引き抜くことはしなかった。
「シャノ、やる?」
「いや、まだ待って」
(現状戦っても正当防衛という形にはなると思うけど、今ならまだ悪ふざけの段階で済むからね。別にこの人と倒すのもいいのだけど、他の人がどう動くかわからないから面倒なんだよね)
黒姫の言葉に待ったをかけて、シャノワールは目の前の男を見た。
「ほう、今のを避けるのか。結構やるじゃねぇか。だが次はどうだかな」
これ以上の戦闘は勘弁して欲しいと思っているシャノワールだったが、相手の様子を見てそれを諦めた。どう考えてもこのまま大剣を振り回してくると思ったのだ。もし男が止まるとしたら第三者の存在だが、周りの冒険者は面白そうに見ているだけで全く動こうとはしなかった。
シャノワールがいざ武器を引き抜こうとした時、
「やめなさい! これ以上のギルド内での争いは除名対象になりますよ!」
そのタイミングで大きくはないが良く通る女性の声がギルド内に響き渡ったのだった。その声には男も動きを止めて、声の主の方を向いていた。
シャノワールも今は攻撃されないと判断し、血喰らいの柄を持っていた手を離して、声のした方を向いて見るのだった。声のした方は意外にも冒険者ギルドの出入り口の方で、たった今入ってきたようなところにいたのであった。