その3。
それぞれが違う方向へと向かった後、シャノワールも他のみんなとは違う方向へと向かおうとしたところでまだ持ち物を確認していないことに気が付いた。今何を持っているのか、逆に何を持っていないのかということを確かめることは大事なことである。
移動する前に見てみると、
「メイン装備として持って来たもの以外は何もなしと、しかも所持金もないのか。こういうところにも制限が付いているみたいだね。普通少しのお金は持っているものだと思うし」
ちなみに普通に始めた場合は初期装備に少しのお金をもらうことが出来る。そのお金で二本ほどの初心者用ポーションなどを買うことが出来るのだが、八人にはそれが出来ないということであった。
これもこの八人にとっての制限の一つである。他にもプレイヤーレベルが10になるまでは経験値が増えるというものもあるが、それも当然のことでないのだ。
「とにかくモンスターを倒してドロップアイテムを売ったりしないことには何も出来なさそうだね。そうと決まれば、召喚【黒姫】【黒百合】!」
二つの魔法陣が地面に現れ、そこから出て来たのは手のひらサイズの小さな女の子と大きな黒い狼の姿だった。
シャノワールが召喚したのは、契約していた闇の始祖精霊と黒狼王である、この二人はアナストの時に契約した仲間で今回O-Hにも連れて来ることが出来たのだった。
小さな女の子の方は手のひらサイズではあるが、長い綺麗な黒髪で服装はフリルがたくさん付いている黒いワンピースを着ていた。瞳の色も黒く可愛らしい女の子という感じだ。
一方の狼の方はシャノワールが上に乗ってもまだ二人ほど乗れそうな大きさで、頭から尻尾まで真っ黒な毛並みをしており、瞳の色はシャノワール同じような琥珀色をしていた。
(一緒にこの世界にも連れて来ることが出来て本当によかった)
シャノワールがアナストを離れることなくずっとやっていたのはこの二人の存在のこともあり、別のゲームへと移っていくことはしなかったのだ。しかしO-Hには自分はそのままの姿なのはもちろんのこと、クラス、スキル、装備、契約したものたちまで、全部が全部引き継げたわけではないが選んで引き継ぐことが出来たのだった。
あのままではアナストと同時に消えていなくなってしまっていたので、消えることが無くなってシャノワールはそれだけで移動してくる理由となっていたのだ。
「シャノ! ここが新しい世界なのね! 前とそこまで変わってはいないみたいね」
魔法陣から現れるとすぐに、黒姫の方はシャノワールの頭の耳の間へと座り、黒百合はその大きな身体をシャノワールの後ろからすり寄せてきたのだった。再会を喜ぶように三人でしばらくそのままでいた。
シャノワールの頭の上が黒姫の定位置となっており、黒姫がその場所を気に入ってからはほとんどの時間をそこで過ごしている。
「また一から始めることになるけど、二人ともこれからもよろしくね」
「うん! 私に任せなさい!」
そう言って黒姫は胸を張り、黒百合も負けないとばかりにその尻尾を振ったのであった。まぁどちらもシャノワールの視界には入っていなかったので、見ることは出来ずわかっていなかったのだが。あ、ちなみに黒百合も女の子である。
「それじゃ、ここら辺のモンスターを倒すところから始めようか。どんなモンスターがいるのかわからないけど、最初にログインして来た場所だし強いモンスターは出て来ないでしょ」
黒百合に乗って移動することも出来るが、今はレベルが下がったせいで動きも遅くなっているため、慣れるためにも森まで歩いて行くことにした。まぁそこまで離れていないのでどちらにしても乗っては行かなかったかもしれないけれど。
シャノワールが慎重だった場合は町に行って一度情報を集めてから向かうということをしたと思うが、実際はそんなことはせずに最初の方のところだからどんなモンスターが相手でも大丈夫だと思ったのだった。
町の方から再び平原へと戻って来て、そのまま突っ切って森へと三人は向かって行った。その間も常に黒姫が話してそれにシャノワールが答えるという形で会話をしながら向かっていた。
森の様子は木々の間からは日の光が多めに入って来ており、地面も踏み均されているようで歩きやすくなっている。一見していかにも最初の町の近くの森といった感じである。そんな森を歩き回っているのだが、不思議なことに一体のモンスターにも合うことはなかった。
「あれ? この森にモンスターがいないとか?」
「シャノ違うわよ。百合に脅えて逃げちゃっているのよ。百合の存在感はすごいもの」
「え? 本当に? でも強いと言っても下がったからまだ黒百合もレベル1でしょ?」
「そうだけどそれだけ格が違うのよ、それを感じ取って逃げているみたいね。私も実際に逃げているのか見ていないから本当にこの周りにいないだけということもあるかもしれないけど、おそらくそうだと思うわよ」
「なるほどねー。そうなると、申し訳ないんだけど黒百合、私の影に入っていてくれない?」
黒百合の能力に影の中に潜るというものがある。これはスキルの【影操作】という能力を使っており、他にも影を操って攻撃することも出来るのだ。アナストでは基本的に町の中や洞窟などの狭い場所、後は特に用事がない時ではシャノワールの影に入ったままであったが、今日は新しい世界に来たことなどの理由から一緒に歩いていた。
シャノワールと一緒に歩いていたことが嬉しかったのか、今までずっと嬉しそうに尻尾を振っていたのだが、その言葉を聞いて尻尾が動かなくなり悲しそうにだらんと尻尾が下がってしまった。それでも大人しく従ってシャノワールの影に入って行ったのだった。
すると本当に黒百合のせいだったようで、
「ん? 二体かな。向かって来ているけど速くはないか」
影に入ってから少し歩いたところでシャノワールがモンスターの気配をとらえたのだった。これは色々と統合されているが【夜神】のスキルの効果の一つである。この【夜神】は暗殺系のスキルが統合し変化して出来たものであるため、主に感知や隠密系の能力を持っている。
まだレベルが低いため効果自体は高くはないがそれでも最上級のスキルと言ってもいいほどなので、普通のスキルよりかはそれなりに高くはなっている。その分スキルのレベルを上げるのが大変にはなって来るのだが、それは今はいいだろう。
「とりあえず私一人で戦うから、黒姫は待機しててね」
「わかったわ」
黒姫が返事を返すと同時にモンスターの姿が見えた。そのモンスターとは真っ白な兎であった。額には鋭い角が生えているようで、普通の兎とは違っていた。それが二体というわけである。
「んー、名前はわからないけど、角兎と言ったところかな。後で情報を載せておくかな。でも大体どんなモンスターなのかはわかるね」
角兎の方もシャノワールのことに気が付いたようで、警戒することなく真っすぐに進んで来た。そしてある程度近くなったところでその後ろ脚で地面を思いっきり蹴って跳んできたのだった。
そんないきなりの攻撃でも余裕を持って見ていたシャノワールは、角が刺さるように跳んできた角兎に対して、その攻撃を片足を下げて半身になって避けると同時に腰にある妖刀-血喰らいを逆手で引き抜き、すれ違いざまに振り上げるようにその首を切った。
妖刀-血喰らいの見た目は短刀で鞘や柄には黒地に赤い線が入っており、刀身は真っ黒い色をしたものである。効果はダメージを与えた分だけ攻撃力を上げるというものが付いている。
角兎が跳んでいたこともあってそのままの勢いでシャノワールから少し離れたところで落ちたが、すぐにその身体は消えていった。それをシャノワールは一切見ることなくもう一体の角兎の方を見ていたのだった。
「お見事!」
「ありがと。もう一体だね」
もう一体の角兎はというと今のことを見ていたようで、むやみに突っ込んでくることはせずに警戒してシャノワールを見ていた。逃げるということはなさそうである。これもシャノワールのプレイヤーレベルが低いためであった。
動かない角兎に対して今度はシャノワールの方から動き出した。角兎に攻撃する場合はその大きさのせいもあって、少し態勢を低くしないと攻撃が届かない。脚で蹴り飛ばす場合はその限りではないが。
近くまで来ると攻撃を避けるためか角兎はいつでも動けるように脚に力を入れた。それと同時にシャノワールは一つのスキルを使った。
するといつ動いたかわからないほどの速さでシャノワールは角兎のもとへと移動し、角兎の方も反応出来ていないまま血喰らいを角兎の後ろから突き刺した。突き刺した場所が頭だったこともあって、一回の攻撃で角兎を倒すことが出来たのであった。
今の目に見えないほどの高速移動は【縮地】というスキルである。このスキルはシャノワールが持っている【天地虚空】というスキルに統合されている。効果はMPを消費して、指定の位置に高速移動するというもので、移動距離はスキルレベルに依存するというものである。
「こんなもんか」
「問題なさそうだったわね」
「でもやっぱり身体が思うように動かなかったかな。何より動きが遅い」
「それは徐々に慣れていくしかなさそうかな」
「だねー」
こうしてシャノワールはO-Hでの初戦闘を終えたのだった。
その後も今の身体の動きに慣れるためにも森の中でひたすらモンスターを見つけては倒していったのだった。