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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第2章 駆動
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八話 15歳、やらかす。




 月乃の話に耳を傾けるふりをしているうちに、随分長居してしまった。

 日が沈むにつれて、店は混んできたので退散することにした。


 会計の際に対応してくれた店員は、佐喜彦でも店主でもなく、俺と同じ(くらい)の女だった。

 前回の偵察では見なかった顔だ。おそらく、佐喜彦と同じアルバイト店員なのだろう。なかなかの美人だが、表情が涼しげで愛想が少ない。



「りさちゃん?」


 釣銭を受け取ると同時に、月乃が声をあげた。店員の女に向けて言っている。


「うそー! ここだったんだ、りさちゃんのお店。」

 人懐こくはしゃぐ月乃に、女は愛想が少ないなりににこりと微笑み、今来たばかりだから月乃に気づかなかった、と、静かに告げた。


「月乃、こちらの方、もしかして、」

 俺に視線を向けるなり、月乃に問う。

「うん。例の友達。」

 簡潔な紹介に納得した様子の女は、俺に一礼を挟み、薄い笑顔でまた静かに口を開いた。



「サキは頑張っています。たまには、褒めてあげてください。」



 予想外の発言に言葉を失った。


 おそらく「サキ」とは佐喜彦のことなのだろうが、一連の流れのなかに、あいつは登場していない。店内でのやりとりを見る限り、佐喜彦と月乃にも接点は無い。

 当然のことながら、月乃は隣できょとんとしていた。状況が把握できていない彼女を置いてきぼりしたまま、俺は店員の女に軽い一礼を返した。





「史世、りさちゃんと知り合いだったの?」

 駅に近づくころ、月乃は尋ねてきた。

 とんでもない、さっきのが初対面だって。あんな美人が知り合いなら放っておかないしな。笑い飛ばす冗談に、納得いかないようすで月乃は頬を膨らませる。


「サキってだあれ?」

 続く質問も妥当だった。妙な勘違いをしているらしく表情が暗い。

 下手に隠すのも面倒だったので、佐喜彦について説明しようと思った矢先、月乃は突然、俺の影に身を隠した。


「……ごめん、違うクラスの人なんだけど、あの人苦手なの。」


 小声で指した方角には、月乃と同じ学校の制服を着た男子学生が歩いていた。駅には用が無いらしく、しばらくじっとしていると、すぐに遠ざかっていった。


「少し前から声かけられてるんだけど……学校とかでも、怖くて……、」

 姿が見えなくなったあたりで、月乃は息をついた。

 推測だが、こいつは結構もてる。贔屓目にみても可愛いほうだと思うし、何より、男を勘違いさせる魅力に長けているからだ。

「彼氏でも作れば安心なんだけどな、」

 からかうように意地悪な本音をいった。

 ぎりぎりで本音を交えていると気づいてもらえればと、少しの期待も込めて。



「ううん。わたしは、史世がいい。」



 俺のなかでも探るように、月乃はやわらかく裏切った。

 しくじった。この流れはまずい。



「彼氏作ってデートするより、史世に遊んでもらってるほうが、嬉しいもん。」



 月乃が本当に探っているのか、駆け引きのつもりなのか、これを機に核心をつくつもりなのかは、わからない。

 どう転ぶにせよ、流れを変えなければと、表情を崩した。

「それで売れ残っても、責任取れねえぞ。」

 へらっと、ちゃらけて笑う。


「いいの。それで。」

 月乃はまた、ほんわかと笑った。


「少しでも史世と、ふつうに遊んでいられるなら、後悔しないもん。」

 責任なんて取らせないから、心配しないで。続けて小首を傾げて微笑む月乃が、まぶしく刺さった。


 やはり駆け引きなのだろうか。それとも本当にまっさらな切望か、はたまた何かしらの画策か。見慣れた昔なじみの裏側に潜む可能性を、駆け引きにならない程度に思案した。


 子どもは時々むずかしい。


 考えてもしかたないんだ。俺は、わかりきっていた答えに準じた。


 仮にこれが月乃の策だとしても、慕う、の延長だとしても、たぶん俺は騙されもしなければ、罪悪感も背負わない。今までどおり、彼女と築き上げた関係を保持し続ける。見放さず、進展せず、それを繰り返す。

 答えが出たところでもう一度へらっと笑って、話題を変えた。

 月乃もほんわかと笑い返して、新しい話題に耳を傾けてくれた。



 俺たちの前に、『大きな子ども』が現れたのは、その直後だった。



 佐喜彦だ。

 目に見えて穏やかではない雰囲気を纏わせながら、突然立ちはだかる。

 色白な肌に端正な顔立ち。そのどちらもを無駄にするように、鋭い眼差しを向けた佐喜彦は、あきらかに月乃を見下しながら、



「ブス。」

 開口一番、声を低くした。



 ついさっきまで、品の良い接客をしてくれた『かっこいいおにいさん』の、とんでもない登場に状況把握が追いつかない月乃は、呆然と言葉もまばたきも失う。


「気持ち悪いんですよ、あなた。」

 敵意を曝け出したまま佐喜彦は続けた。



「その程度で色気づいて、未練たらしくて、みっともない。いい加減諦めたらどうです?」



 何考えてんだ、こいつ。

 その場で問いただそうとも思考が追いつかない。

 とりあえず、これ以上月乃に害が及ばないことを最優先に「おい、」と、俺も声を低くした。


「何のつもりだ、」

 まくしたてる佐喜彦と、硬直する月乃の間に割って入り、すごむ。

 佐喜彦は一切怯まず、俺にも眼光を向けて、挑発的に答えた。


「史世さんが迷惑そうにしてたから、助けてあげてるんですけど?」

「生憎だけど必要ねえよ。」


 そこから少し睨みあいを挟み、一触即発の手前で佐喜彦は、ふんと鼻を鳴らして、俺たちから離れていった。



 嵐が過ぎ去った俺たちの間には、気まずい空気だけが残る。


「知り合い……だったんだ、」

 佐喜彦の姿が見えなくなるころ、月乃はおもむろに口を開いた。

 俺は黙っていたことと、奴の無礼と二つ分をまとめて謝罪した。


「いいのいいの、気にしないで。ちょっとびっくりしちゃっただけだから。」

 両手をぶんぶん振りながら、月乃はやっぱり笑う。


 帰路の違う彼女を、今日に限り駅ホームまで送ることにした。俺なりのふざけた謝罪の一環だ。月乃は電車が着く直前まで、色々な話を振ってくれた。学校のこと、テレビのこと、友達のこと。先の出来事を塗り潰すみたいに、たくさん喋った。



「……あやせ、」


 ごめんね。



 電車の到着と同時に、月乃はたしかにそれを呟いた。車輪の音とわざと重なるように、そのタイミングで、俺に告げた。


「なんで謝るんだよ、」

「史世が、いちばん知ってる、でしょ?」

 いつものように、ほんわかと微笑む彼女を最後に、ドアは閉まった。

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