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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第2章 駆動
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七話 銭湯にて




 月乃がやわらかく、愛らしく笑っている。

 俺との時間を朗らかに過ごしてくれる彼女を差し置いて、身勝手な俺の意識は、あの、大きな子どもとの時間を、思い起こしていた。






「風呂行くぞ、風呂、」


 先日、老朽化が原因で風呂が壊れた。

 大家の迅速な対応により、しのぐのは一晩で済むわけだが、平日の真ん中でシャワーさえ浴びられないというのは、正直きつい。ついでに、たまには脚を伸ばせる湯船も悪くないとも思い、佐喜彦を連れて銭湯に行くことにした。


「このあたり、銭湯なんてあるんですか?」


 首を傾げる佐喜彦と噛み合わない会話を交わすうちに、奴が銭湯と温泉の区別もできていないことを知った。

 案の定、二人分の支度をさせられ、受付からロッカー使用の手順、何から何まで手伝わされ、やっとのことで湯船に浸かると、普段よりずっと疲れが取れる気がした。



「無防備なものですね。」

 隣で佐喜彦が膝を抱えて言う。何がだよ。俺は背伸びをしながら聞き返した。


「僕の性指向、忘れたんですか、」

 ああ。そういやそうだったな。


「ま、残念ながら、俺の魅力じゃおまえの御眼鏡に適わねーみたいだし? 警戒したってしょうがねえだろ。それとも見惚れたか?」


 完全に忘れていた、なんていうとまた馬鹿にされそうだったので、からかい半分でふざけたが、やはり佐喜彦の目つきは、どことなく蔑んでいる。

 妙な敗北感を覆すつもりで、俺は男湯内を見渡しながら少し声を潜めた。


「ってかやっぱり、おまえからすると、こういう場所ってたまんねーの?」

「……本当、デリカシーの欠片も無いですね、」


 完全に逆効果だった。

 考えてみれば、こいつがこんな話題(ネタ)に乗ってくれるはずがない。教え子の男子共なら下世話なんて大好物なのに、この一筋縄ではいかない子どもは完全に軽蔑の眼差しを向け、「なんなら、確認していただいても結構ですけど。」と、湯の下を指して反撃してきた。俺は心から遠慮しておいた。


「まったく……ひとを性欲の塊みたいに、」

 首まで浸かりながら、佐喜彦はぶつくさと不満をたらす。

 いや、男子中高生なんてそんなもんだろ。内心そう思ったが、慎んだ。



「それに、けっこう一途なんです。僕。」



「いちず……」


 たれ流す不満を締めくくった一言に、つい吹き出してしまった。

 堪えるつもりだったが、思いがけぬ言い分がじわじわと笑いを誘う。


「何がおかしいんですか、」

 むきになって赤面する反応が、また面白い。


「おまえって、本当は全然もてねーだろ?」

「本当はってなんですか。僕がいつどこでどんな場面でもてると自称したんですか、」

 急に饒舌になり、湯でばしゃばしゃと攻撃をしかける佐喜彦に、少し安堵した。

 偉そうにはしてるけれど、ちゃんと年相応だ。無意味な防衛もそこそこに、軽い謝罪で攻撃を止ませた。


「俺んとこ居るのは、その一途ってのに反さねえの?」

 少し、真面目な声調で聞いた。

「今日はやたらと詮索するんですね、」

 まだ不機嫌を残したまま、佐喜彦は言い返す。


「深い意味はねーよ。最近おまえさ、生意気に拍車かかってるし、それでとばっちり受けるのは俺だし。とりあえず今なら、開放的なんじゃねーかなって。そんだけ。」


「安直な人、」

 本当にな。適度な本音に満足した俺は、それ以降探るのをやめた。


 肩をまわして背中をほぐす。首を大げさに後ろへ反って、はーっと深く息を吐いた。身体中を鳴らす俺に比べて、佐喜彦はじっと膝を抱えたまま、顎まで湯に浸かっていた。



「……課題だから、反しません。」

 唐突に、佐喜彦は静かに言った。


「課題なんです。世間、ちゃんと見るの。」



 先程の俺の詮索に、答えをくれているようだ。でもそれ以上は言いたくないようにも見える。

 課題……ねえ、俺は適当に呟いた。

「じゃあ俺も考察されてるわけだ?」

 にやにやして問いかけると、佐喜彦は真顔を向けて、また饒舌に言葉を並べた。


「ええ。いいかげんで大人げなくて可愛げなくて男気も色気も皆無であまり頭の良くないデリカシーとは無縁の成人男性と考察しています。」

 息継ぎなしで容赦なく言う。


「おまえ、フルーツ牛乳無し。」

「そんな不味そうな物、こっちから願い下げですよ。オレンジジュースがいいです。」

「そういう問題じゃねえよ。」

 指を組んだ水鉄砲で、顔面を狙ってやった。


「ほら、大人げない。」

「うるせーバーカ。」

 再び始まった俺たちの攻防戦を、幼い兄弟連れが物珍しそうな視線で眺めていた。

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