六話 15歳、見てあざ笑う。
「史世には退屈だったでしょ?」
映画館を出てすぐ、感想よりも先に月乃は言った。
「付き合ってくれてありがとね。」
にこりと笑う礼が愛らしかった。こういった場面で、「付き合わせてごめんね」と謝罪を選ばないあたりが、こいつのかわいい所だと思う。
今朝届いた月乃からの依頼は、急遽来れなくなった友人の代わりに、映画に付き合ってほしいというものだった。
内容は、まあ、いわゆる青春物というのだろうか。高校の一クラスが舞台のオムニバス形式の作品で、恋愛・友情・進路・家族など、多感な年頃ならではの高校生たちが抱える問題に着目した話だった。
「いいや、結構真剣に観ちまった。」
嘘のつもりは無かったが、月乃は俺が気を遣ったと感じたらしく、もう一度「ありがと」と礼を言った。
映画のなかの高校生たちは、俺が知っている十代より幼稚に見えた。
創作だからと言ってしまえばそれまでなのだが、若手俳優やアイドルの垢抜けた容姿に対して、考え方や行動が無垢すぎる。加えて、よく笑いよく涙するのに、いざというとき芯が強い。そんな都合の良い成長を遂げた高校生が、よくもまあ同じクラスに何人も集まったもんだな。斜めに見た部分は省いて、月乃にはそれなりに面白かったと伝わるように、感想を告げた。
「ケーキでも食ってくか、」
解散するにも微妙な時間だったので提案すると、月乃は無邪気に賛成した。両手を口元に宛がってはしゃぐ月乃に、ほんの少しだけ後ろめたい気分になった。
二度目の『偵察』に付き合わせてしまってすまない、と。
「このお店知ってる、」
佐喜彦のバイト先に着いたとたんに、月乃は声を明るくした。
「クラスで有名だよ。すっごくかっこいいおにいさんがいるんだって。」
取り繕いはしたが、苦笑したくてしょうがない。その「かっこいいおにいさん」はおまえらより年下だぞ。喉の真ん中まで昇ってきた言葉を飲みこむ。
「へえ、じゃあ眼福といくか。」
ドアベルを鳴らすと「かっこいいおにいさん」はすぐにみつかった。
見事なばかりに店のエプロンを着こなし、俺と目が合っても表情ひとつ崩さず、品の良い振る舞いと爽やかな笑顔で「いらっしゃいませ」と迎え入れ、席まで案内してくれた。
「きっと今の人だよね、噂の。」
席に着くなり月乃は声を潜める。
佐喜彦の態度が態度だったので、まさか俺と知り合いだなんて思ってもいないらしい。
「おまえも好きか? ああいうタイプ。」
からかうように聞くと、月乃は一瞬目を丸くして、やがて視線を逸らしたり合わせたりを繰り返しながら、饒舌に否定しだした。
「かっこいいとは思うけど、タイプかどうかって、その、ちがう、かな。わたし、もっとこう大人っぽいっていうか、親しみやすい、みたいな、安心できるひとがいいの。」
明らかな同様の理由を知っていながら、揶揄して笑っているうちに注文の品が運ばれてきた。月乃はここぞとばかりに、話題をケーキセットへ切り替え、ごまかす。俺はちゃんとごまかされておいた。
「ごゆっくりどうぞ。」
感じ良く告げる佐喜彦が去りゆく際、かすかに鼻で笑った態度を見逃がさなかった。言いたいことは、それとなくわかる。
店内での佐喜彦の様子は、以前偵察した時と差して変わっていなかった。
接客も板についているし、猫被りぶりも相変わらずだ。仕事の合間には店主と親しげに笑い合っているあたり、人間関係にも問題は無いように見える。つーか、なんで俺にはああいう態度とらねえんだよ。
月乃に相槌をつく一方で、俺の意識は独立して、完全に奴を追っていた。
目の前で、身振り手振り愛らしく喋る月乃のしぐさが、無音で目に映る。
無音の世界のなかで、独立した意識がなんとなく、ここ最近の日々をめぐらせた。