表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第4章 大人の世務
17/32

十七話 29歳。やはり男。




 四度目にあの喫茶店を訪れたのは、夜だった。

 用件が用件なので、出来るだけ早めにと考えたのだが、どうしても時間が取れず、仕事帰りの足で走っても、入口のベルを鳴らす頃には22時を回ってしまった。


 閉店後の店内で、一人後片付けに勤しんでいた武本りさは、時間外に飛び込んできた俺を、微妙な視線で迎え入れた。


「クローズ作業は私の担当なの。」


 武本さんの所在を尋ねたところ、返ってきた愛想の無い答えだ。


「それなら、あんたで構わないんだけどさ、」

 早急に用件を切り出し、例の茶封筒をカウンターに置いて差し出す。


「気持ちは有り難いけど受け取れない。」


 断り文句も直球なものを選んだ。たぶんこの女には、このくらいが丁度いい。武本さんだったらもう少し畏まったけれど。


「有り難いと思うなら、受け取って。」

 作業をしながらとはいえ、ちゃんと振り向いてくれるあたり、律儀なのだろう。

「迷惑かけた手前ってのがあるんでね、」

「迷惑かけた自覚があるなら余計によ。」


 ここは潔くなるしかない。俺はため息混じりに悟って切り替えた。



「じゃあ、近々メシ行きません?」

「突然なに、」

「ナンパですよ。」



 その言葉を境に、武本りさの冷たい視線が更に温度をおとした。ぐさりと音をたてるように、突き刺さる。


「冗談。()()()()があったんで、ご馳走させてほしいんですよ、」

 締め出される前に笑い飛ばした。

 茶封筒をひらひらさせる俺に、武本りさは呆れかえる。たぶん、冗談がまったく通じない女なのではないと思う。単純に好まないのだろう。


「くだらない。」


 その証拠に、次の一言はあまり攻撃的ではなかった。しかしだからといって、『ナンパ』のお誘いにも乗ってくれそうにも無い。

 俺はもう一度だけ粘ってみた。


「せっかくだから色々聞きたくてさ、」

「いろいろって、」

「俺じゃ知りかねることだよ。佐喜彦の事も、月乃の事もな。」


 作業の手が止まる。しめた、と思った。



「共通の知り合いなら、助けてもらえませんかね。いろいろあって、音信不通でさ。」



「卑怯者ね、あなた。」


 三十年近く生きてきて、面と向かって言われたのは初めてだ。それでも収穫はゼロではない。武本りさがやっと、身体ごとこちらを向いてくれた。

 可愛げのない女だ。

 表情が涼しげで、愛想が乏しい。きっと俺に対しては余計になのだろう。

 それでも彼女は、俺を揺さぶる子どもたちの、俺の知らない部分さえも把握している。



 好奇心なのか、嫉妬なのか、正体不明の何かに突き動かされるがままに、接近を臨んだ。



「で、どうします?」

「休みはいつなの、」

「え、」

「だから、あなたの暇な日。」

「えっと……次の火曜、」


「じゃあその日で。」



 向かい合ってからの展開は、拍子抜けするほど円滑だった。


 『確かに、彼女は言う側の人間じゃないですね』

 不意に、佐喜彦が頷いていた言葉を思い出し、笑いが込みあがる。

 おっかねえ姉ちゃん、ってだけじゃないらしい。



「気、重くしないで明るく行きましょうよ。とりあえず今回は、ナンパってことで。」



 佐喜彦か月乃か、どちらが彼女を円滑にしてくれたのかは、判らない。両方である可能性も充分にある。俺の目的だって同じだ。

 今夜はこれ以上嫌われないためにも、早々に出口のベルを鳴らした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ