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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第4章 大人の世務
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十六話 15歳。されど男。




 団体予約の日から数日も経たずして、世の学生たちは夏季休暇へと突入した。

 大半の中高生にとっては夢のような一ヶ月だが、俺を含め、予備校に関係する人間たちからすれば、怒涛の三十日間だ。小規模とはいえ俺の講義にさえ、少なからず生徒が増える。当然ながら仕事量も増え、家にいる時間も、ぐんと短くなった。


「寝るんだったら、明日のシャツ決めてからにしてくださいよ、」


 喫茶店での一件以来、佐喜彦は新しいアルバイトを始めることもなく、家での仕事に専念してくれている。

 ちょうど仕事が繁忙期を迎えたというのもあったが、最近は佐喜彦の有り難味を、不本意ながら身にしみていた。


 たとえば早朝のごみ出し、消耗品の買出し、下着類の洗濯、そして翌日着ていくシャツのアイロンがけ。私生活での労働をすべて任せておける。それは大いに助かった。


 少々話はずれるが、有り難味を知ったのは、私生活内労働だけではない。

 この時期俺は、食事のほとんどを外で済ませなければならない状況なので、佐喜彦の食事に関しても、本人に任せっぱなしだ。つまり佐喜彦の世話というか、ここ数日はあいつと接する時間が、極端に減っている。それについて佐喜彦は、文句一つ溢さないのだ。


 そんなの当前だと思いがちだが、少し昔に女と暮らしていたとき、まさしく()()が原因で口論になり、別れた。仕事と自分どちらが大事だとか、寂しいだとか、ばかばかしい訴えにうんざりしたんだ。


「男のほうが、いいもんだな、」


 貴重な休日を家で過ごしながら、つい呟いた。

 脈絡のない突然の発言に、佐喜彦は大げさな瞬きを数回挟んだのち、眉をひそめた。


「僕、史世さんを抱くつもりはないです。」


 変な勘違いすんなバカ。俺も眉をひそめた。

「同居だけなら男のほうが楽だし助かる、って話だよ。」

 簡単に説明してみたが、佐喜彦はいまいち理解できていないようだったので、過去の女の件にも軽く触れた。無論、子どもにこんな話するもんじゃないと、承知の上で。


 説明後少し間をあけて、佐喜彦はマグカップに一口分、唇をあてた。そしてゆっくりと飲み込んで、また少し間をあけ、

「史世さんは、やっぱり頭良くないです。」と、感想をのべた。


 こっちは気を遣って、言葉を選びながら大人の事情を話してやったというのに……俺は苦笑を溢しながら佐喜彦の頬を抓った。

「痛いです。」

 大して痛そうじゃない調子で目を据わらせたので、すぐ解放してやった。

 佐喜彦は抓られた部分を擦りながら、またマグカップに唇をあてて、ひと息おいた。


「好意の延長で構ってほしいなんて、みんな同じです。それを言うか言わないかの違いと、男女の違いを同じにするのは、お門違いですよ。」


 唇から離したマグカップのなかでは、アイスティーが水面を揺らしている。飲む頻度が多い割にはまだ半分ほど残っていた。


「女性で言わない人もいれば、男性で言う人だっている。」

 そんなことも解らないからもてないんですよ。最後に余計な一言を付け加えて、佐喜彦は話を締めくくった。言いたい事、反論したい事はいくつかあったが、やめておいた。


「おまえの上司の、あのおっかねえ姉ちゃんとかなんて、絶対言わなそうだもんな。」

 代わりに話をすり替えて、からかうように武本りさを例にあげ、登場させた。

「『りささん』、です。」

 当然、佐喜彦は笑いに乗ってくれなかったけれど、武本りさの敬称を強調するとすぐに、指を顎にあてがい納得するように、

「……確かに、彼女は言う類いの人間じゃないですね。」なんて頷いた。

 だろ? だろ? 俺は調子に乗って一人で笑う。佐喜彦は何も言い返さず、マグカップを支えていた。


「あ、そういえば、」

 佐喜彦が思い出したように立ち上がり、棚から何か探し始めたのは、一連の会話の終わりごろだった。探し物はすぐに見つかり、差し出されたのは茶封筒だった。

「これ、りささんから預かってました。」

 封筒の中には二万ほど入っていた。話に聞くと、一昨日の昼間に『先日のお礼』として届けに来たのだという。

「こういうのは早く言えよ、」

 柄にもなく説教垂れると、佐喜彦は「仕方ないじゃないですか。」とそっぽを向いた。


「史世さん最近晩いし、朝早いし、帰ってきたらすぐ寝るし、報告する暇なんてありませんでしたよ。」

 くどくどと言い訳を並べながら、またマグカップに唇をあてる。


 マグカップは、いつか恋人の有無を尋ねられたきっかけとなった、あのペンギン柄の物だ。口にはしないが気に召したらしく、あれ以来、佐喜彦はまるで自分専用のように扱っている。

 キャラクタータッチのペンギンの背後で、ぷいっと拗ねる大きな子どもに参りながらも、俺はそれ以上の説教を中断した。


「……話戻るけど「()()()()()()」の場合、俺が抱かれる側なのな。」

 例によって、茶化すように話題を逸らす。

「当然じゃないですか。バリタチですよ、僕。」


 やはり笑いにも冗談にも乗ってはくれない。真剣な眼差しを返すばかりだ。勘弁してくれよ。へこたれず笑い飛ばすことで、貴重な休日の平穏を保った。

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