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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第4章 大人の世務
15/32

十五話 29歳。一応29歳。




「…………。」


 歓迎されないのは、百も承知だった。

 それでも、「とりあえず笑ってごまかしましょう。」というのが、武本さんの作戦だったので、彼はもちろん俺も、そして佐喜彦も、武本りさの不満だらけの視線に対し、たじろがぬよう、笑顔を見繕って当日を迎えた。


「父さん、これ、どういうこと、」


 店指定のエプロンを纏い、さも自然と営業準備をする俺たちについて、武本りさは不機嫌に尋ねた。


「お手伝いですよ。」

 さすがは今作戦の立案者だ。武本さんは良い具合にとぼけて、返事をする。


「給料の出ない「お手伝い」なら、「雇う」に含まれないもんな、」

 俺も便乗してとぼけた。

「だから俺も副業にならないし、佐喜彦(こいつ)がここに居ても、問題無いですもんね?」

 更に調子に乗って、佐喜彦を指した。武本さんも、そういうことです、なんてうんうんと頷く。

 それでも一向に納得のいかない様子で、武本りさは表情を冷たくした。


「りささん、」


 ふざけて笑い飛ばす俺たちから一線引いて、佐喜彦は真剣な面持ちで、武本りさと向かい合った。


「……嘘、ついてごめんなさい。でも今日の予約取ったのは、ぼくだし、迷惑も……かけたし、せめてお手伝いくらいは、させてほしいんです。」


 二人はしばし向き合っていた。無言、というより、武本りさに睨まれながら、佐喜彦が次にくる彼女のことばを、待っているようだった。


 武本りさが口を閉じたまま、ため息に似た息をつく。


「あなたはホールに専念して。今日のお客様は、あなた目当てでいらっしゃるんだから。」

 報われた子どもの表情が明るくなったのに安堵して、俺はさっそく紙ナプキンを並べ始めた。




 前々日に訪れた際、あらかじめ店の勝手を聞いておいて正解だったと、働きながら実感した。団体による貸切予約は、トラブルも無く事なきを得た。

 むしろ楽しかったくらいだ。団体客全員が、小中学生の子を持つママさんだったので、久しぶりに「お若いおにいさん」だなんてちやほやされたし、もう何年ぶりにもなる接客も、新鮮だった。

 それに何と言っても、佐喜彦の絶大な奥様人気を、目の前で思い知ることもできた。


「あの子には、感謝するべきだったのかもしれない。」


 営業中、注文が一通り終えても客席から解放されない佐喜彦を眺めながら、武本りさがぽつりと呟いた。

 独り言なのか、隣に立つ俺に言っているのか曖昧だったけれど、後者の可能性も否めないので、とりあえず「感謝ねえ、」なんて無難に返した。


「それとも、この場合は褒めるのが先かしら、」

 今度は間違いなく独り言ではない。確信できたので、会話を繋げることにした。


「迷惑かけたのも事実なんだから、プラマイゼロくらいでいいんじゃないっすか。」

「それとこれとは話が別よ。頑張っている子は、褒めてあげないと。」


 冗談の通じない女だな。武本さんが言っていた「真面目で愛想が乏しい」という評価が目に見えた。ここで笑えば、まだ可愛いものを。勿体ないと思いつつも、俺は適当に続けた。

「まあ、たしかに、あいつの外面(そとづら)の良さには感心しますけど、」

 客席で頻りに声を掛けられつつも、品良く笑顔で接する佐喜彦を指して、俺は笑った。


「あいつ、家だと…つーか俺の前だと、全然あんなじゃないんすよ。めちゃくちゃ生意気だし、口ばっか達者でさ。少しでいいから俺にも良い子ぶってくれねえかなあ。

 俺はトレーを掲げながら、大げさに背伸びをしてぼやく。隣で、武本りさはまた呟いた。


「サキは、いつだって我慢しているわ。」

 今度ははっきりとした口調だった。静かだけどよく届く声に誘われて隣を向くと、彼女もじっと、こちらを見据えて俺を見上げていた。


「我慢して、無理して、猫をかぶっている。あなたに対しても。」


 もう見馴れたはずだった、涼しげな眼差しが刺さる。威圧でも畏縮でもない。もしかしたら眼差しだけが原因じゃないのかもしれない。

 正体不明の何かに囚われたまま、俺は彼女から視線を逸らせずに、立ちすくんだ。やがて、武本りさのほうから視線を逸らす。


「でも、最近は少し違うみたい。」

 彼女も佐喜彦を眺めた。


「あの夜サキは、あなたの所に、私を案内したの。」


 我慢しなくてよくなったのね。冷たい表情が一部分だけ、とけるみたいにゆるんだ。

 へえ。俺は、佐喜彦を眺める武本りさを、眺めた。


「それならもう一つ、我慢させないようにしてやってくださいよ。あいつ、ここも、あんたのことも、気に入ってるみたいだからさ、」


「……友人としてなら歓迎するわ。」


 浮世離れした横顔が、つっけんどんに声を張る。

 まったく可愛げが無いわけじゃないんだなと、俺は少し得した気分になって、くくくと笑いをもらした。

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