十二話 恋する15歳。
「おっかねえ姉ちゃんだな。」
「……ふだんは優しいひとです。」
「じゃあ俺、そうとうやらかしちまったんだな。」
「……勝手なことしないでください。」
「はは。悪かったな、いろいろ。」
姿が完全に見えなくなるころを見計らって、俺たちは一週間ぶり最初の会話を、そんなふうに交わした。
冗談でも悪ふざけでもなく、なぜか少し笑えた。
佐喜彦が俯いたままでいたので、誘導するように室にあげた。
「派手にやらかしてるじゃん。」
佐喜彦が著しく反応したのは、先客として部屋にあがっていた男の声を聞いた瞬間だった。俯きっぱなしだった顔を即座に上げ、目を円くして息を飲む。
「伊織くんっ、」
更には、今までのことが嘘のような満面の笑みで、男に駆け寄った。
「なんでなんで? 会いに来てくれたの? 言ってくれれば迎えに行ったのに。」
声色も口調も、この数ヶ月みてきた佐喜彦とは別人だ。
目を輝かせ、口元は綻び、年相応に身振り手振りを交え、嬉々としてはしゃぎたてる。
予期せぬ反応を目の当たりにした俺は、つい呆気にとられてその様子を眺めた。
「心配してたんだよ? 連絡、繋がらないし、マンションに戻っても居ないし。でも会いにきてくれるなんて嬉しい。元気にしてた? あのね、ぼく洗濯と、ごみ捨てと、あと料理も少しできるようになったんだよ。仕事もやってみたんだ。ねえ、今日一緒に帰っ……」
「来たんだ? マンション。」
次々と並び立てる明るい声を、男は切り捨てるように遮った。
一瞬にして、佐喜彦から満面の笑みが消える。
言葉を詰まらせた佐喜彦に追い討ちをかけるように、男は例の淡々とした口調で吐き捨てた。
「約束と違うだろ。それに、今の何? 相変わらず周りが見えてないんだね。」
それ以上は視線も合わせず佐喜彦を素通りし、俺の元に歩み寄った。
「おっさん。なんか、色々ごめんね。ありがと。」
嫌じゃなかったら、もう少し面倒見てやって。この一言は、俺だけに聞こえるように、呟いていた。
「……伊織くん、」
靴を履き帰り支度をする男を追うように、佐喜彦は声を震わせた。
「……ごめんなさい。もう、絶対、約束やぶらない……。もっと、ちゃんとする…だから、今日だけ一緒に帰っちゃ……だめ、かな。話したいこと、たくさんあるんだ、」
「謝る相手、間違ってんじゃないの。だから子供は嫌いなんだよ。」
弱々しく懇願する佐喜彦に、男はげんなりと、刺々しく言い放ち出て行った。
取り残された頼りない背中がその場で佇む。
「……佐喜彦?」
とたんに反応を無くした佐喜彦を背後から覗き込むと、またもや予想外な光景を目の当たりにしてしまった。
「――――ッ…、」
佐喜彦は泣いていた。
声もあげず喚かず、じっと身を震わせ、唇を噛み締めながらぼろぼろと、大粒の涙を音も無く落としていた。
最初こそ静かに涙していたが、やがて洟をすすり嗚咽し、手のひらや甲で瞼を何度もこすり、ぐしぐしと音を立て始めた。
図体ばかりでかくて、口だけは達者で、猫を被ることだけは一丁前の子どもを前に、俺は為す術もなく、途方に暮れて頬をかくしかない。
どうすりゃいいんだ、これ。
感覚としては、人ごみだらけの海水浴場で、受け答えのできない迷子を発見した気分に近い。
対処に悩む俺の気も知らず、佐喜彦はえぐえぐ、ぐしぐしと泣きじゃくり続けた。
「ほら、メシ行くぞ、」
思いつく解決策なんてこれくらいだ。
一週間放置された携帯電話を差し出して呼びかけてはみたが、やはり簡単にはいかない。聞こえてんだか聞こえてないんだか、まだ情けない啜り声をあげている。
「焼き鳥か焼肉、十秒で選べ。」
これで無理ならたまには一人で飲みに行こう。
なんなら久しぶりにAVでも借りて帰るか。それも悪くないと思った矢先、嗚咽まじりの声で、
「……やきとりがいいです。」なんて聞こえた。




