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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第3章 オーバーアゲイン
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十一話 29歳の責任。




 外が暗い時間だったせいか、灯かりの下で、初めて気づいたことがある。

 男の醸し出す雰囲気が、つい目をひくほど独特であったことだ。


 若く、少年のようだが、まるで世間を隅々まで見てきたように、落ちついている。達観、とは少し違うような、どちらかというと儚げ、に近い。まるで人形のような男だ。無気力で淡々とした特徴ある口調も、毛穴一つ見当たらない石膏のような肌も、男を更に人形らしく見せていた。


「あいつの荷物は?」


 荷物といっても佐喜彦がここに持ち込んだものといえば、あの夜身に纏っていたスーツとコートくらいだ。財布も携帯も生徒手帳も、例の大金も、ポケットに納まっていたみたいだし、ここへきてからは俺の私物を共有するか、新しく購入している。


 その説明を参考に、男は佐喜彦のコートやスーツに片っ端から手を突っ込んで、何かを探し始めた。充分過ぎるほどにまさぐってはいたが、どうやら目的の物は見つからなかったらしく、ため息まじりに肩を落とした。

 言葉をかけるより先に、人形のような静かな表情が此方を向く。


「ねえ。佐喜彦が帰ったら、鍵取り返しといてよ。普通に言っても聞かないだろうから、盗んでくれていいし。」

 なんだよそれ。俺は唐突な依頼に眉をしかめた。

「おまえら知り合いなんだろ。直接返してもらえよ、」

「やだよ。顔合わせると色々面倒だし。」


 なんだよ、それ。ニュアンスを変えてもう一度呟いた。

 そしてここへきてやっと、最も問うべき疑問を思い出す。


「つーか、おまえなに? 佐喜彦の学校の友達?」

 これを聞かなければいけなかったのだ。


 とりあえず、可能性の高い間柄の第一候補をあげてみると、今度は男のほうが眉をしかめた。気に障ったらしく、薄いなりの表情で不機嫌に頬杖をつく。そしてまた淡々と吐き捨ててきた。



「あのさ、俺もう二十五なんだけど。」



 え。まじで。


 少し引いてしまったのが、俺の正直な反応だった。

 言われてみれば、妙に達観しているような部分もあるし、肝も据わっている。しかし不躾で横柄な態度や、独特な口調、そして何といっても不自然なまでに若々しい容貌が、男を実年齢から遠ざけさせていた。


「悪いな。いってて大学生くらいかと思っちまった、」

「当然だろ。この貌にどれだけ手間とお金かけてると思ってんの。俺、店じゃ十八で通せてたんだから。」


 嫌味のつもりで言ったのに、なぜか自慢されて、思わず苦笑を溢した。

 はあ、店……ねえ。

 あまり掘り下げたくはないが、なんとなく察せてしまう。佐喜彦のような美形とは違う部類ではあるが、まあ整っている貌だ。


「あー、もしかして、ソッチ系のご関係?」

 引き攣る笑顔に冗談っぽさを混ぜ込んで、意味深に尋ねた。

「はあ?」

 男は例によって、不機嫌に髪を耳にかける。


「あんたさ、おっさんのくせに発想と下半身が中学生並みなんじゃないの。」

 今更だけど口悪いなこいつ。いちいち刺々しい。

「ばかみたいな勘違いしないでよ。俺、子供大っ嫌いなんだから。」

「はいはい、そりゃどーも失礼しました。」


 余計なごたごたは避けたいのと、手っ取り早く佐喜彦の情報を掴みたいがために、とりあえず引き下がった。男は無気力にむくれたまま部屋を見渡し、テーブルの上に放置された携帯電話に視線を止めると、すかさず聞いてきた。


「携帯も持たないでどこ出かけたの、あいつ、」

 つまらない嘘が今度は出てこなかった。代わりに、まずい表情(かお)をしていたんだと思う。


「もしかして家出?」

 その証拠に、男は疑いの眼差しを向けてきた。

「何かあったの? 喧嘩したとか、」

 着々と核心をついてくる。


「まあ、ひらたく言えば。」

 これ以上の嘘は自信がないので、やめておいた。


「信じらんない。よくいい(とし)して、あんな子供なんかと対等になれるね。」

 刺々しくとも正論過ぎて、返す言葉も無かった。先程の、探し物が見つからなかったときよりも深く肩を落とした男は、何か思い詰めるように目を伏せた。不自然なくらいにはっきりと線の入った二重瞼が、また人形を連想させる。



「………やっぱりだめだったんだ、」



 ぽつりと溢された言葉は、俺に向けられてなかった。たぶん独り言だ。

 来客を報せる音が響いたのは、その直後だった。


「ちょっとおっさん、今日は佐喜彦、帰ってこないんじゃなかったの、」

 インターホンに嫌な予感を巡らせたのか、男は抗議してくる。


「一週間も帰ってこなきゃ、今日だって帰ってこないって思うだろ、普通。つーか俺おっさんじゃねえから。まだ二十代だから。おまえも大してかわんねーから。」

「一週間? ばかじゃないの。なんで警察なり連絡しないの。本当ばかじゃないの、」

「うっせ、二回も言うな、」

「実際ばかだろ。あんた、未成年置いてるって自覚あんの、」


 俺たちがくだらないやりとりを交わしている間じゅう、ピンポンピンポンとしつこくインターホンは鳴り響いた。

 仕方なく確認もせずにドアを開けると、そこには案の定、佐喜彦の姿があった。

 しかし胸を撫で下ろす暇も無く、佐喜彦の背後から別の影が姿を現す。

 女だ。



遠野(とおの)史世(あやせ)さん……のご自宅で間違いない?」



 冷たく尋ねる女の顔には、どこか見覚えがあった。


 確か……そうだ、佐喜彦のバイト先でレジに立っていた女だ。

 俺は挨拶もそこそこに、「ああ、はい、」と返した。


「お宅の不良少年を返しに来たわ。」

 女は明らかに憤慨していた。以前見たとき同様、雰囲気自体涼やかな女であるが、それとは別に、沸々と静かな憤りをみせている。


「変だとは思ってたけれど、まさか十五歳だなんて。父の店を潰す気ですか、」


 よくみると、佐喜彦の背後で奴の首元辺りを掴んでいる。まるで捕獲された猫だ。

 ここに来るまでの間、そうとうこってり叱られたのだろう。あれだけ口達者な佐喜彦が、俯いたまま一言も発さない。


「うちの夜間業態は一応酒場よ。日によっては深夜閉店もあるし、こんなことが外部に漏れたら、あなた達、どう責任とってくれるの、」

 女は、俺と佐喜彦を交互に睨みながら、二人まとめていっぺんに咎めた。



 どういうわけか、俺は頭を下げた。

 なんでこんなことになったのか、どうしてそんなことしなくちゃいけないのか、解っていないまま頭を下げた。


「すみませんでした、」

 出来る限り深く下げて、そのまま喋った。



「言えた立場じゃないって解っていますが、この件は、俺達のせいじゃなくて、俺の責任です。本当、すみませんでした。」



 女が次に口を開くまで、頭を上げてはいけないと思った。



 僅かな間を挟んで、冷たい声が降り注ぐように静かに届く。


「こちらも、大ごとにする気は無いの。とにかく今後一切、彼にはうちに足を踏み入れないようにして。父には、私から話をつけておきます。」

「……でも、りささん、来週の団体予約……」

「あなたは黙ってて。」


 ようやく声を発した佐喜彦を冷たく一蹴し、もう一睨みしたあと、俺に小さく会釈を残して女は去っていった。

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