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家族ごっこ  作者: 悦司ぎぐ
第3章 オーバーアゲイン
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十話 第三の男




 佐喜彦が首根っこを掴まれて()()されたのは、奴が(へや)を飛び出して七日後のことだった。


「まさか十五歳だなんて、」


 女は沸々と、静かな憤りをみせながら玄関先に佇み、佐喜彦を掴んだまま俺に押し返す。当の佐喜彦はきまり悪そうに黙り込んでいた。


 どうして物事ってのは、こうも一気に押し寄せるのか。

 俺は後ろ頭をかきながら、平穏にすごせなかった今日一日を、整理し始めた。







 朝一番に姉から連絡が入った。父がまた、入院するのだという。


「余計な心配掛けるなって止められてたんだけど、一応ね。」

 電話口で姉は、あくまでただの報告だと念を押す。

 前回の退院を機に、久しく実家に顔を出したのが、俺の誕生日前日だったので、あれから三ヶ月程度しか経っていない。


「やっぱり先立たれるとだめね、男の人は。」

 母が亡くなってから体調を崩しがちになった父について、姉はため息と愛想笑いの中間くらいの語調で、そう溢した。

「押し付けてばっかで、ごめんな。」

 俺は姉に謝罪と礼を告げるばかりで、父に関して触れることはさけた。



 父との関係は、あまりよくない。

 おそらく俺が他人に対して寛大でいられる背景には、父の影が色濃く残っている。



 別に殴り合うほど険悪な仲でもないし、勘当された過去があるわけでもないけれど、俺が幼い頃から一方的に、腑に落ちないと感じる場面が度々あって、小さな事が積み重なった結果、いつしか傍に居たくない存在となっていた。


 決して悪い父親ではなかった。

 仕事が半身みたいな人で、常に節義を重んじ、専業主婦の母と二人の子供を養い、ひいては子供二人とも私立の中高、大学まで入れてくれた。男として、尊敬に値する人生を得た人間だと思う。

 それでも俺は、いつも心根のどこかで彼を遠ざけていた。





「いつでも会える距離なんだから、無理して顔出す必要ないわ。」

 姉は笑い飛ばしながら、今回は仕事を優先させなさい、と説教を取り繕って見逃してくれた。彼女は彼女で、幼い頃から察しがいい。

「センセーは大変なんだよ。」

 本日が休日であることを伏せ、俺も笑い飛ばした。


 その後は特に世間話をするでもなく、多忙なふりをして電話を切った。姉は、また都合よく応じてくれたけれど、彼女のその察しのよさが、時折、胸をざわつかせることもある。



 自分でも、どうかしていると思う。他人より家族が苦手だなんて。



 人付き合いは嫌いじゃない。

 これまで人間関係で苦労したこともないし、プライベートでも仕事でも、むしろ楽しんできたくらいだ。しかしその中から、家族という人間たちだけが、常に除外されていた。

 俺の場合、他人と『諍いを起こさない』ことはプラスの傾向でも、家族と『諍いを起こさない』というのはマイナスの傾向だ。


 諍いは起こさない。

 プラスであれマイナスであれ、それが俺の定着した生き方だったのに、どうしてやらかしてしまったのだろう。


 あれからもう一週間だ。

 目覚めると、いつもより広く感じる(へや)に思い知らされる。端正な貌の剣幕を、胸ぐらを掴む震えた手を、抑制の効かない子どもの激情を。あの夜の佐喜彦を、思い出させる。




 朝の空気を吸いたくて、散歩がてらコンビニへ歩いた。缶コーヒーとチョコレートを買って、家に戻り二度寝した。昼ごろに目が覚めて、今度は本屋へ歩いた。外で昼食を済ませ家に戻り、少しだけ仕事をした。夕方ごろ、電球が切れていたのを思い出し、また外に出た。

 億劫だとは思わなかった。何か行動さえしていれば、佐喜彦を忘れられる気がした。


 視線に気づいたのは、電球を買いに出た帰り道だった。


 正確には一昨日くらいから、それとなく感じていた。ただ、後を付けられていると確信したのが今日だった、という話だ。


 この三日ほど、おそらく俺は尾行されている。


 心当たりがまったく無いと言ったら嘘になるが、少なくとも仕事は至極平凡にこなしているし、多少問題のあったプライベートに関しても、この尾行疑惑は別件だと言い切れる。視線からは、月乃とも佐喜彦とも違う気配を感じたからだ。


「……何か用っすかね、」


 考えても仕方がないので、直接聞くことにした。こうすれば、ついでに犯人の顔も拝められる。


 マンションの裏口から犯人の背後に回りこみ、手首を捕らえて強制的に振り向かせた。しかし、肝心の犯人の顔に見覚えは無かった。

 年若い男だ。まだ少年の域も脱していないかもしれないくらいに、若い。念のため、予備校の生徒たち一人一人の顔を思い出してみたけれど、やはり知らない男だ。


「ちょっと、気安く触んな変態。お金取るよ、」

 じたばたと弱っちい抵抗をしながら、男は手首を振り解く。


「ストーカーに変態呼ばわりされる筋合いはねえよ。」

 逃がさない程度に威圧をかけて詰め寄ると、男は髪を耳にかけながら、横柄な態度で目を据わらせ、無気力に吐き捨てた。


「俺だって、おっさんをストーカーする趣味なんて無いよ。ねえ、今日は佐喜彦と一緒じゃないの?」


 不躾なおっさん呼ばわりよりも、突然耳に飛び込んだ「佐喜彦」の名にはっとした。虚を衝かれた俺などお構いなしに、男は続ける。


「おっさんでしょ。今、あいつと住んでるの、」

「ああ、まあ。えっと、あいつな、ちょっと、しばらく出掛けてんだ。」

 反射的に、つまらない嘘をついてしまった。

「じゃあ今日はいないんだ?」

 男は案外食いつかなかった。むしろ淡々と、語調を弾ませる。


「それなら都合いいや。すぐ帰るから、あいつの持ち物調べさせてよ。ここまで運んできてくれるなら外で済ませるし。」


 おそらく遠慮のつもりなのだろうが、やはり横柄にしか聞こえない。佐喜彦とは違ったタイプで可愛げが無い。しかし、これが本来年相応の生意気さなのかもしれない。


「いや、あがれよ。俺も色々聞きたいことあるし。」

 少々悩んだが、招き入れることに決めた。

 ああ、そう。男は当然の事ながら無遠慮に頷く。俺は一週間ぶりに他人を連れて、マンションの正面玄関をぬけた。

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