ここからがまたベクレムト
「奏音、入ってきていいわよ」
姉さんからの許可が下りたので、放り出されたリビングに向かう。正直言って追い出されることは覚悟したほうがいい。俺が。
「うっす……って、なんだよ、服貸しただけか」
さっきの春夏秋冬の理解が足りない格好ではなくなっていた。しっかりとした厚着を姉さんはさせていたらしい。昔の姉の服のサイズがぴったりで少し面白い。
「へっへっへ、似合いますかシタラダさん!」
簡単な普段着、長袖のTシャツにただのジーパン。オシャレとは程遠いファッションだが、アコール自身が普通に可愛い女の子だからか、似合っている、という言葉がまず先に浮かんでしまう。
くるくる回ったり、ぴょんぴょん跳ねたりしてる。テンションが高い。長い髪も伴って動き回る。
「うん、似合ってると思うぞ。よかったな服まだ取ってあってて」
「はい! シタラダさんがシスコンでお姉さんの服に欲情してくれていたおかげです!」
「おいクソこの話が終わったらちょっと話したいことがある」
「私はないから結構よ」
このクソ姉貴は俺を一体どうしたいのだろうか。ついていい嘘と悪い嘘があるだろう。
「しょうもないことするよなぁ……」
「安心しなさい。それ以外にも色々話したから」
安心する要素は一体どこにあるんですか。睨んでも何も変わらないけど、憎しみを表さずにはいられない。
「シタラダさんシタラダさん!」
そんな俺の肩に、アコールが指をつんつんとつついてきた。ニコニコ笑っている。何がそんなに面白いのか分からない。
「これから……よろしくお願いしますね!」
握手を求めているのか、手を前に差し出してきた。
俺はそれに向けて、手を伸ばそうとする。握手なんだし、向こうからしてくるならやらない理由もない。
でも……。
「あぁはい……よろしく」
俺はその手を握らなかった。握らずそのまま回れ右して自分の部屋に向かう。冬休みだし、もう一回寝る。
その時ちょっとだけアコールの悲しげな顔が見えた気がした。
もしかしたら次にに目を覚ました時にアコールがいなくなってるかもしれないしな。
「あぁ奏音、どうでもいいことだけど言っておきたいことあったわ」
後ろから姉が俺を引き止まるような声が聞こえた。でもどうでもいいことならば聞く価値も無い。歩みが緩んだだけ。
「あんたの部屋をアコちゃんに明け渡しなさい」
「は?」
流石にその一言には足を止めざるを得なかった。家ではなくまさか部屋から俺を追放させるなんて、なんというか灯台下暗し? いや、なんていうんだこういうの。
暖房の効いた部屋だというのに冷や汗が噴き出してくる。顔も引きつる。俺には分かるのだ、うちの姉は冗談でこのようなことを言う人間では無いと。
だがだ、姉には逆らえない身分とはいえどうしてこの家に住んでた俺が居候なんぞに部屋を貸さなきゃならんのだ。
「ちなみに回答権は『はい』または『屋根裏でおとなしく暮らします』だけ」
「……はいにした場合、俺の部屋はどこになるの?」
「屋根裏」
言い方が回りくどすぎるんだよなぁ。
「いいでしょ別に、あんたのことだから見られて困るようなものもないだろうし部屋はちゃんと綺麗だし」
「そういうことじゃ無い。別にあんたら二人で一つの部屋でいいじゃねぇか同性なんだし。いやもういいはっきり言ってやる屋根裏はいやだ」
「屋根裏で勘弁してるって分からないの? 部屋からじゃなくて家から追い出されたいの?」
最低な姉とははこう言う人のことを言うんだな。
「クソ姉貴が……わかったよ、屋根裏に行きゃいいんだろ」
「さっすが私の弟、物わかりが早くて結構!」
死ねよ俺の姉。わがままももういい加減にしろ。
言いたくても言えないことってあるんです。殺されるかもしれないし、今度は俺が雪道に放り出されるかもしれないわけだし。
「えへへ、仲がいいんですねおふたりさん!」
「あっはっは、アコール」
「……そうね、アコちゃん」
「「それは無い」」
×××
「……とまぁ、うちはこんな感じだ」
「了解です」
一連のゴタゴタも治ったから、取り敢えず彼女を引き連れて回りながら家の説明をしていく。
外に出て裏方の確認、家の鍵のありか。いろいろ説明する。これで裏切られたらたまったもんじゃないからな。
ちょっと他の家より大きいだけで、そんなに回る場所なんてなかった。そして空いてる部屋がないのもまた事実だ、今日から熱い屋根裏生活が始まるのか。
「ねぇねぇシタラダさん」
「ん、なんだ? なんか気になるところとかあったか?」
「質問なんですけど、シタラダさんはわたしがいて邪魔じゃないですか? わたしはお姉さんに気に入られてるから住めるようになってるみたいなところあるんで、シタラダさんはどうかなって思ったんですが」
ほう、それを聞いてしまうか。
こいつの言葉は本当にストレートだ。音に一切の震えを生じない。自分に絶対の自信があるものにしか出来ない芸当だ。
「別に、なにも気にしてないよ。お前はお前で普通に暮らしてくれ」
俺たちはただ一緒に住んでる他人だ。それ以上でもそれ以外でもない。黄色く引かれた車線のように、こちら側の事情に入って来なければそれでいい。
俺もお前に強く何かを求めたりはしない。
一緒に暮らすのはいいが、俺は是非とも不干渉主義を貫きたい。
意図を察してほしい、異世界勇者だってのを信じてやったんだ。だから俺のこのお願いぐらい聞いてくれ。
「あ、じゃあ、じゃあもう一つ! シタラダさん、あなたって、かっこつけですね!」
「……あぁん!? え、何いきなり」
とんでもなくどストレートに失礼なことを居候から言われた。驚きを隠せない。
そんな俺に彼女も「はっ!」と何かに気がついたような動きをした。
「いえ、なんかシタラダさん、ずっと俯きがちで、目つきが悪いじゃないですか。わたしそういう人何度も見て来てましてですね?」
あぁそういうことね。異世界の勇者という言葉を信じれば、まぁその言葉も多分嘘じゃあるまい。
「そのことをお姉さんにも話して見たんですけど……気にしなくていいよの一点張りで……」
「ならその言葉どおりでいい。気にすんなって」
「それはダメです!」
キッと俺を睨みつけて、少しあった距離を大幅一歩でぎゅんと縮めて来た。
俺の両手を包み込むように、小さな両手で握りしめて来た。
ひんやりとしていた。そして俺を見上げて。
「勇者として、わたしは困ってる人を放っておくわけにはいかないんです!!」
そう、叫んだ。
勇者、だからなのだろうか。凄みが伝わって来る気がした。これがオーラというべきものなのか。真っ直ぐに俺の目を見つめる瞳、強く握るその手も、力強い。
目を合わせていられなかった。視界から彼女を外す。俺には彼女が眩しすぎる。
「べ、別に俺は困ってるわけじゃない。人生楽しく生きてる」
「いいえ、わたしには分かるんです。あなたの心には暗くて深い何か悪いものを感じるんです」
「黒だから悪いとかそういう考えを捨てようぜ」
「誤魔化さないでください! わたしは本気なんです!」
急な話だ、本当に急すぎて脳も追いつきそうにないぐらい。
確かに、嫌な思いはしたことはある。集団でいじめのようなものを受けたこともある。
だが、俺はその経験を悪いものだなんて考えたことは一度もない。
あの経験があったから今の自分がいるし、あの経験がなかったらずっとイキり続けて来た哀れな人間になっていたと思う。
だから言おう、はっきり言ってやろうと思った。
「いいか、俺はな
「というわけでですね! わたしはあなたを助けたいんです! ここであったのも何かの縁! ここに住まわせて貰う恩返しとして、捻くれ気取ったあなたを真っ直ぐに構成させ立派な人類にして見せましょう!」……は?」
なんか、被せられたんだけど。
「おい今の俺の話を聞」
「問答無用です! 勇者のいうことは絶対です! 大人しくわたしに救われなさい!」
ちっこい体のくせにやけに上から目線。ビシッと指を俺に突き立てて、ニヤッと歯を見せ笑った。
自信満々の、声だ。俺とはまるで違う、ブレのない音だ。
「……はぁ」
そんな声で言われると、なんかもう何言っても無駄な気がしてならない。
この瞬間をもって、俺の普通を愛し、普通に生き、普通な高校生活を遂げるという願いは破綻した。
多分、こっちが無視したとしても、あったから襲いかかって来る。
ダメだ、詰んだ。
「さてそれじゃあリビング行きましょう! 初めてここ来た時から目つけてたものがあるんです! わたし実はてれびげーむをするためにこのニホンに来たんですよね!」
「お前自分が言ったことぐらい覚えてないのかよ!?」
……不安だ。全てにおいて不安でしたかない。
こんちくしょうめ、神様め。
今は朝の8時。そろそろ起きてるんじゃないかな神様も。
今度は聞こえないようにじゃない、聞こえるように言ってやる。心して聞くがいい。平民で愚者な、俺の叫びを。
「……死ねっ、神様」
これで一応プロローグ終了となります!
学園生活の始まり……と行きたいところですが、もう少し愚者と勇者の生活を一章として書かせていただきたいと思います!
それでも面白く書いていこうと思うので、どうかご期待ください!