今の思いはデクレッシェンド
「や、やめてください!! なんでそんなひどいことをするんですか!? さっきまでの優しいシタラダさんはどこに行ったんです!?」
「そんな人は最初からいなかった」
俺のジャンパーを着せて、玄関先に放り出すためにグイグイと背中を押してアコールと名乗る自称異世界勇者を運ぶ。
当然抵抗はしてきた。後ろに体重をかけて押されないように必死に耐えている。だが所詮体格は小学生並みだ、軽すぎてちょろい。未来の普通な男子高校生の敵じゃない。
そう、普通でいたいのだ。そのために、この女性と関わりを持ってはいけない……!
もし仮にこいつが本当に異世界勇者だったとしよう、(まぁほぼありえないだろうけど)単なる男子高校生は異世界勇者なんかと付き合っていいはずがない。
そしてこいつが言ってることすべてが嘘ならそれはそれでこいつは単なる痛いやつ。関わりを持ってしまうと絶対にめんどくさいことに巻き込まれる。
それだけは嫌だ。嫌われてもいいから日常を歩ませてください。
「ほんとなんです! ほんとに元異世界勇者なんですぅぅぅ!!」
「問題はそこにはないんだよ! あぁ泣くな!」
泣き始めやがった。マジ泣き。顔とか腕をぶんぶんと振り回して抵抗を始めた。駄々っ子にしか見えないんだけど、勇者ってこんな感じなのだろうか。
「そもそも、なんでここなんだよ!? 別にここじゃなくてもいいだろうが!」
「それも含めて話をもっと聞いてくださいぃぃぃ!!」
ええい、鬱陶しい! 長い話は嫌いなんだ。
俺はついに玄関まで彼女を押すことに成功した。あとはポイするだけ。
そう、ポイするだけだったのに。
「……あれ奏音。だれその子」
「……あ」
姉が、起きてしまった。
せめて姉の部屋が玄関からもっと遠いところにあればよかったのかもしれません。
外でもないのに、目の前が真っ白になった気がした。
×××
「……なぁるほどねぇ、あなたは異世界から来た勇者……と」
「そうです……なんでこの家じゃなきゃダメなのかも説明しますんで……聞いてください! お願いします!」
「奏音。あんたこんな可愛い子のいうことぐらい聞いてやりなさいな」
「そういうこと言うなよ姉さん、俺のモットーぐらいは知ってるだろ?」
うちの姉の名前は『設楽田 響華』。俺と結構年は離れており、24歳のサラリーウーマン。長い黒髪のポニーテールと好戦的なつり目がまるで番長のような風格を醸し出している。だがそれとは正反対の可愛い物好き、更には結構なアニメ好きでもある。
だから多分、こういった異世界から来た、みたいな展開がすごく好みだ。
そしてアコールは可愛い。ここまでくるともう、俺は姉がこいつを家に泊めるだろうと確信していた。
厄介ごとのタネを家でまかないでください。
「じゃあえっと、アコちゃん? その訳って話して見て?」
ほーら、聞く気満々だ。聞くってことは泊まっていいと言うことと同意議だ、さらに言うとこの家で俺に決定権なんてものは存在しない。
そして極め付けは姉との二人暮らし。俺に決定権がないと言うことは姉がすべての権利を手にしていると言うことだ。
でももしかしたらだ、姉すら納得できない理由で落ちて来た可能性だってある。今となってはもうそれに望みを託すより他ない。
「実は……話すと長くなってしまうんですけど、全部真実なんです。これだけは覚えててください」
そういって、アコールは語り始めた。どうか、姉を納得させないようにお願いします。
「おふたがたも『異世界転生』と言う言葉ぐらい耳にしたことはあると思います。死んだ人がまた新しい人生を違う世界でやり直すって言うアレです。私はそれでこの『ニホン』と言う国に転生したんです。
ですが、あんまり知られていないんですよね、その異世界転生のシステムというか、なんというか」
「シ、システム?」
異世界転生ぐらいなら俺も知ってる、近くの本屋とかで色々そういう本が売られているのは何度か見ていたからだ。読んだことはないけれど。
「これは結構重要機密なんであまり漏らしたくはなかったのですが……仕方ないです。命には変えられません。実はですね、その異世界転生って基本ランダムで世界に転送されるんですが、ある特定の条件を満たした場合のみ、選択制になるんです」
「……へぇ」
あ、ダメだ。姉さんの目が輝き始めた。こうなるともう止められない。アコール、あんたの勝ちだ。
でもまぁ、俺も少し気になってきた。知らないことを知ることができるというのは、気分が良くはなっても悪くはならない。
どうせ聞くなら最後まで聞こう。どちらにしろもう無理なんだから。
「ある条件というのは、送る方の神側の不手際による不運な死を遂げた人。または転生前の世界で、偉大なことを成し遂げた人。このふたつです。
わたしは後者を成し遂げました。魔王の手によって征服されかけていた世界を救済したのです。そう、この勇者アコール・レーラちゃんが!」
「おー」
「……なんですかその微妙なリアクション。肘ついてどうでもいいみたいな感じで聞かないでくださいよ、普通の人間なら足はガクガク汗ダラダラ、終いに奥歯ガタガタレベルだと思うんですけども」
「……別に幽霊とか見てるわけじゃねぇし」
その反応は心霊現象を体験した時に発生するものに近いと思う。まぁ異世界転生もそれに似て非なるものだとも思うが。
「まぁいいです、続けますよ。そんなこんなで世界を救うという偉業を成し遂げたわたしは、とある知り合いとのコネを利用し、神様に伝えたのです。『わたしをニホンに転生させてください!』とね」
「いいじゃなーい、いいじゃない! 奏音。私はこの子を気に入ったわ」
興奮地味に俺の背中をばんばんと叩きながら姉さんがそう言った。痛いアンド呼吸しにくい。姉さんのそれはシャレならないぐらい痛いということを、自覚するべきだと思う。
そして気に入ったことを俺に言わなくたって、姉さんがその子を受け入れることぐらいは分かってる。
「するとですね、以外にもその神様優しくてですねっ! すぐにでもわたしを『ニホンジン』としてあっちの世界へ転生させてあげるって言ってくれたんです!」
「……ん?」
今の言葉、何かがおかしかった。
音は嘘をつかない。そして俺がその音に違和感を持ったら、それは違和感ではなく必然のものになる。
喜びを話していたはずだったのに、一瞬だけ、悲しみが言葉に紛れていた。
でもまぁ、そんなことに気がついたからと言って特に何かに影響を与えるわけでもないし、口出しするつもりもない。
でしゃばらないのが一番だ、面倒ごとを自ら増やす真似だけは絶対にしないと誓ったからな。
「あれ、シタラダさんどうかしましたか?」
「え、いや別に、何も」
何もなかったかのように振る舞って、彼女の話に耳を傾ける。
「そうですか。続けますね、ですがここで問題が発生しました。わたしみたいに強すぎる存在が人間界に影響を及ぼさないか? という疑問が神の連中で会議となり、異世界転生が先送りになってしまったんです」
今この人『連中』とか言いませんでしたか。
「長い長い話し合いの結果、わたしはなんとか異世界天才への切符を手に入れることが出来たのです!!」
学園生活まで結構かかりますごめんなさい