出会いからフォルティッシモ
「……はぁ」
「うう……さぶい」
連れて帰ってしまった。見捨てるにはあまりにも申し訳なさすぎてつい助けてしまった。
助けた女の子は金色、いや明るいヒマワリのような色の長い髪をして、目が覚め浅い青色をしていた。吸い込まれるような外見。見た目の幼さと相まって、とても可愛らしい。日本人離れしている。
そんな彼女は冬の寒さにガタガタと震えていた。理由は明白、この女薄着だ、あまりにも薄着だ。
バカだ、マヌケだ、池沼だ、足りない人だ。
見ただけでわかるアホっぷり。関わらない方がいいと、俺の日常を求めるセンサーが働く。
クーラーの暖房をつけ、古いストーブのスイッチを入れる。灯油はまだ残っていたはずだ。このあと取りに行くから、ここで使い切ってもいいだろう。
「く、くさい……」
「おい、贅沢言うな」
ストーブなんて最初はくさいに決まってるだろ。暖炉とかであったまっていたお嬢様か、この人は。
そうなると更に不味い。鶴の恩返し的な感じで恩返してくれるなら嬉しいけど、こんな権力ありそうな人間とあんまり関わりを待ちたくない。あとが怖いからな。
凍えてるお嬢様に対する配慮がまるでなっていない! 国家反逆罪で抹殺する!
とか言われそう。無いか。
「へくちっ!」
「おおう、大丈夫か。ホットミルクでも作ってやるよ」
「あ、ありがと……」
コタツの中に入り込み、俺の部屋から大量に取り出した毛布をかぶり、震えながら返事をした。風邪ひいてなきゃいいけど。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注いでレンジにぶち込む。牛乳温めのオートにして、あとはレンジがなんとかしてくれる。
さてこの女の子。一体何者だ。
近所に小学生なんていたっけ……いやよく考えろ。近所の子供がこの雪国の寒さの恐怖を知らないはずがないだろう。
つまるところ、こいつはおそらく引っ越してきた……いや。それもおかしい。
引っ越してきたなら、それなりの報告が入ってくる。俺の耳に入ってないのはおかしい。でもまぁそれはうちの家族の悪ふざけの可能性もあるから……。
聞いた方が早いな。
「なぁ、ここじゃ見ない人だけど、引っ越してきたの?」
「あ、え、えっと……はい。そうです、遠くから来ました」
……今の戸惑いに、怪しい人センサーが反応した。
まさかこの女もしかして泥棒とかそんなんじゃ無いだろうな。
それならばと思い、おもむろにケータイを取り出す。
「……あんた、どこに住んでんだ? 親呼ぶから、電話番号教えてくれ、それか住所」
「あっ、そ、それは……」
怪しい!!
いいとこのお嬢様だと思ってたけど一気に疑わしくなったぞ。盗難の容疑で抹殺する!
……盗難、か。
また、悪い癖だ。
俺の視点からで物事を勝手に決めつけるな。真実がいつだって正しいものだとは限らないんだ。
間違っていることが、その場でなら正しいことになることだって多いにある。
そして、普通の男子高校生というものは、倒れている女の子を救うだろうしなぁ。
レンジの音がした。おおさすが。程よくあったまっている。俺が飲みたいぐらい。
「ほら、飲みな」
ホットミルクを手渡す。彼女はそれを震える両手で包み込むように受け取り、口元に送った。
「あったかい……美味しい」
ほっこりとした表情を浮かべた。なんか和む。
「そりゃよかった」
しかし、雪の中に埋もれていたとなると、結構服も濡れてるはずだ。
ここは気前よく「シャワーでも浴びてこいよ」とかいうところなんだろうけど……そんなとこ親に見られた日には、死んでしまう。殺されてしまう。ただでさえ薄っぺらい信頼がズタズタに引き裂かれる。
見た目はかなり可愛い女の子だ。でももしかしたら事情を話せばわかってくれるかもしれない。
「本当にありがとう……えっと」
「設楽田だ。設楽田奏音」
「シタラダカノン……シタラダカノンさん! ありがとう!」
最初から比べれば幾分かマシになったけれど、またブルブルと震えながら、彼女は言った。
しかし、久しぶりに感謝の言葉をもらった気がする。悪い気はしなかった。
「……どういたしまして」
だから少し照れくさい。
「わたしは、アコール・レーラって言います。気軽にアコって呼んでください!」
「お、おう」
初対面の人にここまで話せるっていうのも素晴らしいが、気になる点が一つあった。
「なに、お前外国人なの?」
「おっ! よくぞ聞いてくれましたねシタラダさん!」
急に凍えて寒そうだった顔に笑顔が灯った。待ってましたと言わんばかりのいい声だ。
ホットミルクを机において、布団すら投げ捨てた。そして今まで座っていた椅子にスタンダップ。おい人のもの投げ捨てんな。おい人の家のものをそんな風に扱うな。
「そうですね、初めてあった人に伝えようと思ってたんです。シタラダさん! 今日からあなたはわたしと一心同体です!」
「ちょっとなに言ってんのか分からない」
しかも上から目線で一心同体ですなんて言われてもなぁ。その位置からなら「下僕になりなさい」の方がまだ理解出来る。なるわけもないけど。
そんな意を込めて言った言葉を飲み込めたのか、流石に端折り過ぎていたと反省したようだ。首を傾げて口をへの字に折り曲げて、悩みながら新しく言葉を作ろうとしている。
少し時間がたって、彼女の悩んでいた表情が電球でも浮かんだように閃いた。みたいな表情になった。
「えっとつまりですね」
「はい」
「わたしをここに居候させてほしいんです」
「帰れ」
「なんでぇ!?」
「こっちのセリフだ!」
なに言ってんだこの女、しかも俺の質問とまるで噛み合ってねぇ!
「まずな、俺がお前に聞いたのは外国人かどうかってだけ! お前と同居人にも一心同体にもなりたいとは思わねぇよ。初対面だろ俺たち」
「えっ……?」
だからなんでそこで疑問系なの? 前世の恋人同士なの俺たちは。
でも俺は過去がアレだからもう振り返りたくないわけ。前世で恋人だろうが奴隷だろうが関係ない。俺とお前はただの赤の他人だ。
「まぁそうなんですけどね。わたしもあなたのことなんて全然知らないですし」
「絶望的に話が進まない……」
「では話を戻しましょうか、わたしを居候させてください!」
「そこじゃねぇ! せめて俺の疑問に答えてからにしてくれよ!」
「……あぁ! わたしが外国人かどうかってことですね!」
やっと思い出してくれたらしい、はじめの印象を完全肯定するぐらい、彼女はバカのようだ。
「えっとですね、信じてくれないと思うんですが……」
急にモジモジとしだした。なにをそんなに改まる必要があるんだろうか。
「わたし、異世界から来たんです!!」
「……やっぱお前、帰れ」