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地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その3

「タカシ、今のは一体・・・?」

「あれは火薬だ。黒色火薬だ」

 騎士シルヴィアの危機を救ったタカシは、その後シルヴィアに故郷である日本の料理を作って振舞った。

 タカシにとっては極普通の物だったが、初めて見る珍しい御馳走だ。彼女の心は少しづつだが揺れてゆく。











 かち、かち、かち……。



 その夜、嶋田フミエはいつものように、息子の部屋でデスクトップパソコンのキーボードを叩いていたが――、


「あら……?」


 急に“あること”に気づき、人差し指の動きが止めた。



「……あの子、料理なんて作れるのかしら?」



 それに、火薬も。

 一度気になってしまうと、もう、これ以上キーは打てない。





「……おきて。……ねえ、チカ、起きてちょうだい」


 午前2時の子供部屋――。

 嶋田チカは、母親の声で目を覚ました。

 ドアの外から差し込む光が、彼女の目をしばしば(・・・・)させる。


 枕元の目覚ましは、信じられない時刻を指していた。

 11歳で小学6年の彼女にとって、深夜は一種の異世界だ。こんな時間に起きていたことなど、人生でほんの数えるほどしかない。


 そんな『起きていたら親に叱られる時間』であるはずなのに、起こしたのも、その親だった。


「なによ、お母さん……? なにかあったの?」

「ええ、実は……」


 母の声は真剣だ。

 チカは、眠くてこめかみが痛くなりそうだったが、それでも必死に目を開き、話に耳を傾ける。

 この真夜中に、幼い娘に聞かせようというのだ。重要なことがらに違いない。


 そして、母フミエは曰く――。




あの子(タカシ)って、お料理作れると思う……?」




「……はぁ? なに言ってんの?」

「だから、お料理よ。それに火薬も。あの子(タカシ)、ファンタジー世界で火薬とお料理を作るのだけど、本当にそんなことできると思う? 敵の兵士に囲まれたところを、ひそかに作っていた黒色火薬を使って脱出するのだけど、火薬って本当に作れるのかしら? それに、ピンチを切り抜けたあと、お料理をシルヴィアちゃんに作ってあげなきゃいけないの。でも、あの子はお料理なんてできるかなって心配で……。日本のお料理で、向こうの世界にはないもの――タカシが作れて、シルヴィアちゃんが珍しがってくれるものって、なにがある? ねえ? チカ、どう思う? ねえ? タカシはシルヴィアちゃんに、なにを作ってあげればいい?」


 チカは最初、なにかの冗談か、あるいは悪戯であるのかと思った。


 母はそんなことをするような面白みのある大人ではなかったが、しかし、冗談の方がまだ納得できる。

 まさか、小学生の娘を深夜2時に起こして、


『タカシはシルヴィアちゃんに、なにを作ってあげればいい?』


 だとは。しかし――、


「ふわぁ……。お母さん、そんなのどうでもいいじゃない……」




「い い は ず な い で し ょ !!


 も っ と 真 剣 に 考 え な さ い !!」




 母が本気だと知り、チカの眠気は一気に引いた。


「チカ! 貴方、なんでそんなこと言えるの! どうでもいいだなんて! タカシがシルヴィアちゃんと仲良くできるかどうか大事なところなのに! なのに、どうでもいいですって!?

 貴方がそんな子だなんて思わなかった!! チカはお兄ちゃんのこと嫌いなの!? 貴方、いったいどういう子なの!! お兄ちゃんが可哀想だと思わないの!!!」

「そういうわけじゃないけれど……」


 実際には、チカは兄のことなど好きでなく、さほど可哀想とも思っていない。


 ただ、それを正直に口にするほど、彼女も如才なくないわけではなかった。空気の読める賢い子だ。真夜中の子供部屋で、母フミエの瞳は爛々と輝いていた。


「ええと……。あー……あのね、お母さん、お兄ちゃんは火薬作れるよ」

「いいかげんなこと言わないで!!」


 チカが早く寝たくて、適当に話を合わせていると思ったのだろう。

 母は、牙を剥く獣のような顔で声を荒げた。だが、


「本当だってば。お兄ちゃんの持ってた漫画に火薬作る話あったもん。イオウと炭と、ええと……あと、硝石だっけ?」


 そのチカの言葉に、母の怒気は一気に鎮まる。


「チカ……。それ、本当?」

「うん。けっこう詳しく描いてたもん。作れるよ。

 火薬作るって、お兄ちゃんのメモに書いてあったんでしょ? 例の設定の長いメモに。作り方知ってるから書いたんだよ」


 それどころか、その漫画の影響(パクり)で『火薬を作る』と書いた可能性もある。

 ――チカはそう思っていたが、やはり口には出さなかった。


「そう……。ああ、ごめんなさいチカ、怒鳴ったりして……」

「ああ、うん。いいよ、いいよ……。じゃあ、あたし寝ていい?」

「ええ……。でも、あと、ちょっとだけ――。お料理の方も……。

 あの子、お料理なんてしたことないはずだし……」


 兄はニートで、いつも家にいたというのに、家事を手伝ってはいなかった。

 それはチカも知っている。きっと電子レンジだって満足に扱えないに違いない。


 それなのに、料理だなんて。


 設定資料とあらすじのメモには、兄タカシはまるで自分が料理を作れるかのように書かれていたという。

 彼女は今、兄のことを心の底から軽蔑した。


(ううん……。それ言うなら火薬もそうか。ただ漫画読んだだけで、そんなもの作れるはずがないのに)


 実際には、そんなに簡単なものではないだろう。

 そのくらい小六のチカにもわかることだ。


「ねえ……。チカ、どう思う?」


 母の問いに、少女は答えた。


「ん~、そうね~。そうだ、からあげなんかいいんじゃない? だってお兄ちゃん、からあげ大好きだったもん」


 うんと子供っぽく、そして馬鹿っぽい調子で言った。

 本当は、大人びた知恵の回る子であったのに――いや、そんな子であるからこそ。


「からあげ? あの子、そんなの作れるかしら……?」

「うん。平気だよ。だって、お兄ちゃん、前にお母さんがからあげ作るところ、じーっと見てたし。恥ずかしいから、こっそり覗いてたみたいだけど」

「まあ……。本当に?」


 嘘ではなかった。

 一度だけ、そんな姿を目にしたことがある。――ただ、本当は作り方に興味があったわけではなく、『夕食はまだか』と見ていただけであったろう。


 それをわかった上で、チカはこう続けた。

 やはり、うんと子供っぽく。

 今までで一番無邪気に。幼稚園児に戻ったように。



「お兄ちゃんってば、お母さんのからあげ大好きだったんだね! だから、きっと作れるよ!」

「まあ……。チカったら……!」



 母であるフミエは、突然、


 ぎゅうっ


 と、娘の体を抱きしめた。

 チカはパジャマの背中に、じわり、と熱い感触を覚える。これは涙が垂れたためだ。


「…………? お母さん、なんで……」


 母は泣いていた。

 大粒の涙で。両腕もぶるぶると震わせながら。

 小6の少女の背中や肩に、ぽたぽたと涙の粒が落ち続けた。



「チカ……。ごめんなさい、ごめんなさい……」

「お母さん……」



 なぜ泣いている? なぜ謝る?


 正気に戻って、先ほどまでの自分の行いを悔いているのか? 夜中、理不尽に娘を怒鳴ったことを?


 それとも、もっと複雑で身勝手な心理によるものなのか?


 その答えは、娘であるチカにもわからない。

 でありながら、彼女は――、



「……ううん、いいよ。だいじょうぶだから」



 とだけ、返事をすることにした。


 母は、そのまま20分ほど泣き続けたあと、無言で子供部屋を出ていった。








 本当は、チカは(フミエ)を赦してなどいない。

 面倒だから『いいよ』と答えただけのことだ。


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