地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その9(後編) あるいは異世界編「息子は、異世界で今も元気に暮らしています」その7
1
(有)クイーンズ・プランニングの昼休み。
見習い社員の片山ヨシタカは、自作の握り飯二個という質素な昼食を摂りながら“タカシの冒険”の最新話をアップした。
(へえ……。今回、『バトル回』だ)
今朝、チカからメールで届いたばかりの原稿は、比較的だが『非日常』の話だった。
いわゆるバトル回――強力なライバルが現れ、知恵と工夫で立ち向かう話だ。
ただ、使われている『知恵と工夫』がなんとも微妙なものであったため、きっと後藤はこのエピソードも貶すだろう。それは片山にも予想がついた。
(熱膨張、か……)
さすがに無理があるだろう。
――そんなことを思いながら、握り飯最後のひと口をお茶で流し込んだ。
事務仕事のよいところのひとつは、温かいお茶がタダで飲めるという点だ。
トラックではそうはいかない。
食事の物足りなさを紛らわそうと、茶をもう一杯飲んでいるうちに昼休みは終わりとなった。
片山青年は業務に戻る――。
「片山くん、もう明細できてる?」
青年は上司にそう声をかけられ、
「はい、できてます」
と、細長く切った給与明細書を持っていく。
今日は、この会社の給料日。
彼の心理は複雑だ。
2
午後2時――。嶋田家の、故・長男の部屋。
まだ真っ昼間であるというのに、嶋田フミエは小説を打っていた。
かち、かち……かち、かち、かち、かち……。
『――勇者タカシと騎士シルヴィアはピンチになった。そんな二人を助けたのは、なんと謎の人物ヨシ――』
と、そこまで書いて、手を止めた。そして、
「……さすがに、そのまんまはよくないかしら」
と二、三分考え込んだ末に、
かちかち……かち、かち、かち……かち、かち……。
『――ュア。謎の人物の名はヨシュアであった』
と再び、続きを打つ。
息子の残したあらすじのメモには存在しない、新たなキャラクターの登場シーンを。
フミエは、やたら気分が乗っていた。書き始めたのは、つい一時間前――朝食の洗いものと洗濯を済ませてからだというのに、すでに普段の一日分は書いていた。
キーを打つ指は、まるで空を舞っているかのよう。一流ピアニストになった気分で、かたかたと軽快に(といって一般的にはまだまだ遅い)タカシの物語を紡いでいた。
ちなみに、心も空を舞うよう。軽快だ。
ファンレターが一通来ただけで、小説というのはここまで気持ちよく執筆できるようになるものなのか。――フミエにとっても驚きだった。
やがて彼女は、きりのいいところまで書き終えると、
「んー」
と大きくのびをする。
その拍子に、壁にかけてある美少女アニメのカレンダーが目に入った。タカシが死んだ年のものであるので、ただのポスターとしてした用を為してないものだったが、それを見てフミエは『今日が何日だったか』を思い出す――。
嫌なことに気づいてしまった。
(ああ……。いけない、今日って一七日だわ)
一七日は、片山ヨシタカの給料日。
だから『家に来る日』だ。フミエの指は、重くなる。
彼女の心理は複雑だ。
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「息子は、異世界で今も元気に暮らしています タカシの冒険」その六
作・しましまエフ
勇者タカシと騎士シルヴィアはピンチになった。
そんなふたりをたすけたのは、なんと謎の人物ヨシュア。謎の人物の名はヨシュアであった。
謎の人物ヨシュアは、顔も何歳かもわからない。それというのも、ヨシュアは仮面で顔をかくしていたからだ。
そのせいで男か女なのかもわからない。ほんとうに正体不明の人物だった。
ヨシュアは、タカシとシルヴィアに言った。
「あなたのファンです。応援しているのでがんばってください」
ていねいな言葉づかいだ。たぶん上品であたまのいい人なんだろう。
タカシとシルヴィアは、たすけてくれたヨシュアに感謝していた。
なんてすてきな人なんだろうと思っていた。こんな人が応援してくれているなんて、なんてうれしいのだろう。
正体が女の人ならタカシの彼女に、正体が男の人ならシルヴィアの彼氏になってもらうのもいいかもしれない。勇者タカシと騎士シルヴィアはそんなことも考えていた。
つづく
※また長考に入りますので、しばらくの間、更新ペースを落とします。
ご容赦ください。