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地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その8(後編)

 その夜――。チカは子供部屋のベッドで、プリントアウトされた母の小説をなんとはなしに読んでいた。


(ふうん……)


 嶋田チカは母親の悪癖について、ひとつ気になっている点がある。


 疑問でなく、不快という意味での『気になる』だ。

 ――いや、不快というなら全てがそうであったのだが、特に気がかりで気に食わないことがある。


(……この『エルフ族の大魔法使いランスロット姫』ってのが、あたしなんだよね?)


 主人公の仲間たちの中でも特に出番の多いキャラクターだった。

 ヒロインである騎士シルヴィアの次に台詞が多い。


 もともと兄タカシのやたら長い設定資料にいたキャラだ。見た目は子供でありながら一〇〇歳をこえる高齢で、主人公たちの師匠的ポジションにあたる。

 男の子向けのアクション漫画などでよく見かけるタイプの登場人物であり(チカのクラスの男子はこの手のキャラを“ロリババア”と呼んでいた。未来永劫、絶対によそでは流行らない呼び方だろう)もともとは自分(タカシ)の妹を意識して造形されたものではない。


 ――だが、フミエはそこにチカの人格を当てはめた。


 (チカ)と一緒に旅をする(タカシ)……もしかしてフミエは『ふたりは仲のよい兄妹だった』という幻想の過去を、小説内ででっちあげようとしているのではないか?

 本当はそうではないのに。死ぬ前の一、二年はろくな会話すらなかったというのに。


 いや、それよりも。

 ランスロット姫が、チカであるとするならば――、


(じゃあ……騎士シルヴィアって、だれなのよ?)


 物語のヒロイン――やがてタカシと恋に落ち、最後には結ばれるであろう、この美しき女性騎士は……。


 想像し、チカはげえっ(・・・)という気持ちになった。


(あー、やだやだ! あのババア、やっぱり絶対どうかしてる!)


 夕飯とおやつのクッキーを吐きそうだ。

 チカはその晩、むかむかしたまま眠りについた。




 さらに夜更け――。


 母である嶋田フミエは、いつものように執筆作業にいそしんでいた。

 薄ら暗い長男(タカシ)の部屋に、かちかちとキーボードの音が響く。


 かち、かち……かち、かち、かち……。

『――「勇者タカシよ、おまえの最後だ。水をかければ魔砲が使えなくなると思ったか?」「いいや・・・水でなくお湯だ。これが、どういう意味だかわかるか?」』


 かち……かち、かち……かちかち、かち……。

『――魔傭兵アームストロングが魔砲をうつと、魔砲は大爆発をした。タカシは模試で県内二一位という頭のよさによって、魔傭兵アームストロングをたおしたのだ』


 かち、かち、かち、かち……かち、かち……。

『――「さすがタカシ!あたまいい!」エルフ族の大魔法使いランスロット姫は、さすが、さすが、とまるで自分の本当のお兄ちゃんが勝ったみたいによろこんだ。もちろん騎士シルヴィアもよろこんでいた。つづく』


 フミエは書きあがったばかりの最新話のデータを保存すると、


「ふう」


 と、大きく息をつく。

 今夜はずいぶんと筆が進んだ。このごろは、前よりずっといいペースで小説を書ける。


 これは、やはり慣れであろう。キーボードを打つスピードがだいぶ早くなってきた。――それに、メンタル的なものもある。


 ホームページができてから、彼女は以前よりも気持ちよく執筆できるようになっていた。


 今まで文句ばかり言っていた娘が、友達と協力して自分の作品づくりに協力してくれたのだ。指も軽くなるというものだろう。


 また、そんな主な理由を抜きにしても、インターネットの世界は心地がよい。

 電子の世界は彼女にとって未知なる“異世界”。――現実よりも、タカシが旅をしているファンタジーの国に近い場所だ。


 そんな世界に向けて作品を発信するのは、息子にメッセージを送るのと同じこと。

 少なくとも庭に手紙を埋めるより、ずっと高い確率で、言葉が届くように思えていた。かち、かち、と押すたびに、想いが伝わっていくようだ。


 おおよそフミエは現状に満足していたが、


(でも……。これは、きっと贅沢な悩みなのでしょうけど――)


 たったひとつだけ、物足りなく感じていることがあった。

 欲しいものが、ひとつだけ……。


 彼女は“エフの小説部屋”の『感想用掲示板』をクリックして開く。

 すると、そこにはいつものように、


『素敵な出会いをご案内いたします』

『お得な投資に興味はありませんか?』

『バイアグラ特価!』


 などといった宣伝の書き込みが並んでいた。


 中には『夫がオオアリクイに喰われて半年が経ちました(だから、さびしいので男の人と出会いたいです)』といったような、凝った文面の広告まである。


 こういった宣伝・広告の類は、例の“パソコンに詳しいチカのお友達”が中身を確認したのちに消してくれることになっており、明日か明後日には全て消えているはずだ。ほんの少しだけ寂しくも感じた。


 気がつけば、もう夜も遅い。

 きりのいいところまで書いたのだし、そろそろ寝ないと朝がつらい。明日も娘の朝食を作らなければ。


 そうわかっていながらもフミエは手慰みで掲示板を、何度も閉じたり開いたりを繰り返す。

 だが、その何度目かで――、


「…………あらっ? まあ! まあ、まあ、まあ、まあ!」


 彼女は、がたり、と椅子から立った。











「チカ! チカ、起きて! すぐにタカシの部屋に来て!」


 真夜中の二時――。熟睡中だった小六の娘を、フミエは肩をゆさぶり無理やり起こした。


「お母さん……? なにかあったの?」


 電灯もつけていない暗闇の子供部屋で、彼女は声をはずませ答えた。


「いいから来て! たいへんなのよ! タカシの……タカシのファンって人が掲示板に!」

「はい?」


 母親に無理やり手を引っ張られ、チカはまぶしい画面をしばしばする目で見せられる。



  件名:いつも読んでいます

  名前:YOSHI

  はじめましてYOSHIといいます。『タカシの冒険』毎回楽しく読んでいます。

  あなたの作品のファンです。応援しているのでがんばってください。



 これが、感想の第一号だった。

 簡素な文面のファンレターにフミエは大はしゃぎしていたが、一方チカは……。


(YOSHIって……これ絶対、片山さんよね?)


 片山ヨシ(・・)タカめ、よくもこんな余計なことを。――少女は苛立ちを隠せなかった。

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