地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その8(前編)
1
ある平日の午後――。
『――こうして、しつこくていやな町内会の役員を殺し、勇者タカシと騎士シルヴィアたちは、またたのしく冒険の旅を続けるのだった。つづく』
チカはひさしぶりに母親の小説を読み、なんとも言えない顔をした。
「えーと……お母さん、なにこれ?」
「なにって、小説の続きよ。おとといは忙しくって、疲れて一行も書けずに寝ちゃったでしょう? だから私、ゆうべはがんばって、いつもよりたくさん書いちゃったの」
嶋田フミエのためのホームページ“エフの小説部屋”が開設されてから、すでに半月ほどが経過していた。
小説のタイトルは
“息子は、異世界で今も元気に暮らしています”
から
“タカシの冒険”
に変わっていたが、これはフミエの身元を隠すためだ。
もとのままでは『これを書いたのは息子を交通事故で失った母親である』とわかってしまう。
インターネットの世界は物騒であり、自衛のために少しでも正体を隠すものである。
――チカが熱心にそう説いたため、フミエはしぶしぶと題名を変えた。(とはいえ、主人公の名前をタカシから変えることについては頑として譲ろうとしなかったが)
いずれにせよ“エフの小説部屋”ができて以後、彼女は晴れ晴れとした顔でキーボードに向かうようになっていた。
(お母さん、すっかり明るくなっちゃって……。前はいっつも辛そうな顔して小説書いてたのに)
チカもその点については安心している。
いつぞやなどは苦悶の表情で歯を食いしばりながらコメディ調のシーンを書いていた。
そのときは見ているチカの方が辛くてお腹が痛くなったが、そんな状態よりはずっといい。
(やっぱり自己表現の場を手に入れたからかな? インターネットすごい!)
本当はそれだけが理由ではない。
母親の小説を真面目に読んでいないから、そんな風に考える。たった今読んだ最新話の前半にちゃんと答えが書いてあるのに。
ただ、いずれにせよ……。
(まじめに読まなくてもわかるわね。今回の話、ちょっとマズいかも)
不真面目な読者であるチカが気づいていなかっただけで、だいぶ前からこんな調子だ。
「あのさ、お母さん……これって、おととい本当にあったことでしょ? なにこれ? 異世界の話じゃないじゃん」
しかも、口ではバザーのことを
『楽しかった』
『たまには町内の人たちとおつきあいするのもいいものね』
などと言っていたくせに。
「こういうの、あんまり感心できないなぁ」
「あら、ファンタジー世界の話よ。ただのお話。物語だってば。チカ、この最新話、いつもみたいにお友達にメールで送ってちょうだい」
「うん……。まあ、いいけどさ」
フミエの書いた小説を、チカが“インターネットに詳しい友達”にメールで送り、その友達がホームページを更新する。
――フミエは毎回、この手順で“エフの小説部屋”に小説をアップしていた。
この時代、自サイトに小説をアップするというのは、主婦や小学生にはまだまだ敷居の高い作業であったのだ。
一生秘密にしなければなるまい。
“ネットに詳しい友達”の正体が、息子を殺した片山青年であることは。
このフミエは厄介な母親であったが、とはいえ娘がひそかに長男の仇とつるんでいるなんて、そんなひどい真相を聞かされるほどの罪は犯してないはずだ。
「じゃあチカ、お願いね」
「うん……」
“ネットに詳しい友達”の話題が出るたびに、チカの顔はわずかに曇った。
「ああ、そうだ。いけない。私、チカに頼みたいことがあったんだわ。おやつの前に、ちょっと手伝ってちょうだい」
「手伝い?」
「ええ。ちょっとした実験。前からずっと言ってたでしょ?」
逃げ損ねた。
罪悪感で隙ができていたせいだ。
チカは、ちっ、と聞こえぬように舌打ちをした。
2
チカとフミエは庭に出て、その『実験』とやらをする。
「いやいやいや……お母さん、する必要ないって。普通に考えて、そんなこと起こるはずないもん。絶対に」
「でも、タカシのメモに……。とにかく、やってみるわね?」
――とぷとぷとぷとぷ
ホームセンターで買ってきた鉄パイプに、フミエはやかんの熱湯をかけた。
そしてパイプの穴に、やはりホームセンターで買ってきた金属の玉を入れる――。
「チカは、熱膨張って知ってるかしら? タカシによれば、これで玉が詰まるはずなのよ。見てて……」
「だ~~か~~ら~~!!」
金属の玉は、鉄パイプの中をころころと転がっていき、やがて……。




