異世界編「真人間転生」その1
「真人間転生」その1
作・あなぐまのまま
井田カオリ(仮名)が死んだのは、34歳の冬になる。
彼女は無職だった。いわゆるプー太郎のたぐいと言っていい。
これまでいくつかの職に就いたが、どの仕事も長くは続かず、気の弱い両親や姉に当たり散らしながら家でゴロゴロとする生活を続けていた。
ハローワークに行くふりをしてはパチスロで有り金をすり、それどころか資格を取るだの投資で食べていくだのと浮ついたことを言ったあげく、逆に借金を作る始末。
そんな彼女は12月のある日のこと、家族と大喧嘩をして家から飛び出し、そのままあっけなく命を落とした。
死因は凍死だ。数日は隣町の公園で浮浪者のようなことをしていたらしいが、飢えと寒さでそのまま死んでしまったのだそうだ。
彼女にはホームレスすら務まらなかったのだ。
だが、そのカオリは目を覚ます。
なにもない、漆黒の闇の中で。
「そうか、あたしは死んだんだ……。思えば、ろくなことのない人生だった。でも、それというのも親が悪い。あんな貧乏な家で、親は不細工で頭も悪くて、姉ばかりを贔屓して……」
もし、あの家以外に生まれていれば、もっと別の人生があったのではないか?
金持ちの家の子なら、立派な仕事に就けただろう。
顔がよければ男にちやほやされただろうし、頭がよければ大学だって行けたろう。
そうでなくても、せめて塾に行かせてくれれば。欲しがったとき、姉にしてやったようにゲーム機やおもちゃを買ってくれていれば。
「もしも生まれ変われるのなら、次はもっといい家に生まれたい……」
そんな彼女の目の前が、ぱあっと金色に光り輝く――。
「――カオリよ、その願い叶えましょう」
暗闇の中に現れたのは、美しい姿の女神だった。
その名も、転生の女神チュートリアル。
「――カオリ、お前は生まれ変わるのです。遠き異世界の、お前の望む裕福な家庭に。そして、お前の夢を叶えるのです」
次の瞬間、彼女は生まれ変わっていた。
剣と魔法のファンタジー世界の、裕福な家庭の赤ん坊として。
見目麗しく、聡明な両親の間に生まれていたのだ。
34歳の日本人、井田カオリとしての記憶を持ったまま!
(やった! これで夢が叶う!)
おぎゃあ、と涙を流して泣いていた。
一度死ぬ前の34歳だったときも泣いていた。彼女の夢が、決して叶わないと知っていたからだ。
世の中のほとんどの人間は、だれでも簡単に叶えていながら、しかし彼女にはできなかった……そんな、あまりにも遠き夢。
しかし、今なら叶うのだ。
今の自分は、恵まれた家庭を持っている。
今の自分は、赤ん坊のときから大人の頭脳を持っている。
今の自分は、異世界人でありながら現代日本の知識を持っている。
そして、なにより一度失敗した経験がある! 後悔がある! 決意がある!
だから、絶対に叶うはずだ。
死ぬ前は、泣くほど夢見た、彼女の夢。それは――。
(あたしは……真人間になる! ちゃんとした人間として生きるんだ!)
もとのままの自分は嫌だ。
どこにでもいるような、普通で当たり前の人間になりたい。
それこそが、カオリの儚き願いであった。
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きっと、彼女には苦難の道だが。
※お知らせ:
長考中につき、もう一本だけ、フミエさん以外のお母さんが書いた異世界ラノベをお楽しみください。
明日の深夜こそは、本編を更新する予定です。




