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地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その6(中編)

 いつかのファミレスの禁煙席――。

 小学生の嶋田チカは、もとトラック運転手の片山と会っていた。


「あのね、片山さん――。なんていうか、気軽に呼び出すんじゃねえわよ」


「ああ、ごめん……。けど、チカちゃんに話したいことがあって」


 奇しくも前のときと同じ席だ。テーブルの向かいに座る片山を、チカはじろりと睨みつけた。


 彼女は前回会ったとき、片山にメールアドレスを教えていた。

 ただし、それは

嶋田家(うち)に来るときは、必ず事前に連絡するように。いきなり来るんじゃない』

 という意味でしたことだ。仲良くなったわけじゃない。


「あたし、友達気分でメールしていいなんて言ってないでしょ? いい? あんたは大人だからわかってないかもしれないけど、小学生にとっちゃ『いっしょにファミレス行く』って行為はイコール『デート』なんだからね? それとも、なに? あたしをデートに誘いたかったの?」


「いや、そういうわけじゃ……。ごめんよ。前回はそっちからファミレス誘われたから――」


「人のせいにすんな! 女の、しかも小学生のせいに! こないだは、そういう気分の日だったの! タダでドリンクバー飲みながら愚痴言いたい気分の日!」


 我ながら、滅茶苦茶なことを言っている。

 それはチカもわかっていた。


 今、彼女がしているのは八つ当たりだ。


 母親のことで頭を悩ましていたから、多少は他人にきついことを言ってもいいだろう。まして原因となった男にならば。

 ――そんな想いが、彼女に暴言を吐かせていたのだ。


 一種の甘えと言えなくもない。


「ごめん、チカちゃん……。じゃあ、やっぱりいいよ。呼び出してすまなかったね」


「はあ? なんで、あんた帰ろうとしてるわけ? 謝ってんじゃないってば。だれが『今日はタダでドリンクバー飲みながら愚痴言いたい気分の日じゃない』って言ったの?

 いいから、話があるなら言いなさいよ。先に聞いてあげるから。――そのかわり、あたしの話もちゃんと聞くのよ?」


「う、うん……」


 人に言えない悩みを抱えるチカにとって、兄の(かたき)のはずの片山は、数少ない

『秘密を打ち明けられる相手』

 であった。


 もちろん、この関係は新たな秘密だ。こんな光景、絶対母親(フミエ)には見せられない。




 余談だが、片山青年は会社のおつかい(・・・・)のついでに来たらしい。

『外出ついでに三〇分くらい休憩を取っていい』と上司から言われているのだそうだ。


「届け先が、ちょうどこの近くでね」

「ふうん? 大人でもおつかいなんてあるのね。幼稚園児みたい」


 チカはストローでメロンソーダを吸いながら、適当に話を聞き流していたが――、


「まあね。それで……こないだの小説、チカちゃん、ファミレスに忘れていったじゃないか。悪いと思ったけど、あれを会社の人に見せたんだ」


 あまりに捨て置けない発言に、



 ――ぶふっ



 と緑の液を噴き出した。


「けほっ! げほっ、げほっげほっ、けほっ!」


「チカちゃん、平気かい?」


「平気じゃない! はああああ!? ちょっ、あんた……なに、勝手に見せてんの! 人んちの恥を!

『悪いと思ったけど』っていうけど、さすがにそれは悪すぎでしょ!? 極悪よ! なんで悪いと思ったのにそういうことするの!?」


「いや、でも……。その人、小説に詳しい人なんだ。プロなんだよ?」


「だから、なによ! プロだから、どうだってぇの!?」


「いや……。そうだね、言われてみれば――。ごめん! 僕がどうかしてた! 僕、なんてことを……」


「まったく」


 チカは、テーブルに飛び散ったソーダ水のしずくを紙ナプキンで拭きながら、


(こいつ、うちのお母さんと似たような嘆き方を……)


 と苛立った。


 だが、同時に――

 この、のっぽの青年がテーブルに手をつき頭を下げる姿は、なにやらひどく憐れっぽくも感じていた。


 まるで高い身長を折りたたむように、小さくなって謝っている――。そんな姿を見ていると、さすがに怒りを持続させにくい。


「片山さん、頭上げて」


「えっ……。許してくれるのかい?」


「図々しい! テーブル拭けないから、頭どかしてって言ってんの! それとも、謝るフリして小学生の唾液入りソーダをペロペロしてるんじゃないでしょうね?」


「い、いや……。ごめんよ、チカちゃん……」


「はいはい! のっぽの大人のくせに、チワワみたいに震えてないの! ――で、なんだって?」


「えっ? なにが?」


「プロはなんて言ってたの!? 見せたからには感想くらいあったんでしょ?」


「ああ、うん。それなんだけど――」


 片山は、もと編集者である後藤とのやりとりを、正直に全てチカに話した。


『キモい』『都合よすぎ』『有り体に言ってクソ』などと言われたこと。

 設定、ストーリー、登場人物、全てにわたって徹底的に否定されたこと。

 そもそも『ありきたりで古臭い話』であるということ。


 ――もちろん、彼なりにオブラートで包んで伝えようとはしていた。

 ただ、彼生来の不器用さと、悪い意味での真摯さにより、ほぼ後藤の言葉をそのままチカに伝える形となってしまった。


「チカちゃん、気を悪くするかもしれないけど、でも詳しい人の言ったことだから……」


 きっと傷つくだろう。怒るかもしれない。それどころか、泣くかもしれない。

 そんな反応を予想し、身構える片山の前で――、




「よしっ! やった、片山さん偉い!」




 チカは椅子から飛び上がって喜んだ。


「……? チカちゃん、ちゃんと聞いてたかい? 面白くないって言われたんだよ?」


「だから喜んでるんだってば! やっぱりねえ。あたしもアレ、クッソつまんないと思ってたのよ。今の感想、お母さんに伝えなきゃ。『プロもクソ小説だって言ってたよ』ってね」


「いや、それはやめときなよ……。それに、これ。ほら――。そのプロの人が、仕事の合間にまとめてくれたんだ。『あの小説のどこが悪くて、どこを直した方がいいか』って」


 片山は、A4用紙の束をチカに差し出す。


 数えてみれば、計一二枚。

 ――フミエが書いた枚数より多かったのは、なにやら皮肉めいていた。


「その人、怖い人かと思ってたけど、意外といい人だったみたいだ。あんまり話したことなかったのに、親切にしてくれた」


「あんまり話したことない人に、殺した遺族の小説読ませるあんたの感性、ちょっと怖いわ。その人だって、プロなこと自慢したくて長々と書いただけかもしれないし。なんてったっけ、承認欲求っていうの?

 ――ま、いいわ。その『あの小説のどこが悪くて、どこを直した方がいいか』のメモね、『どこが悪くて』の部分だけ貰ってくから」


「なんでだい? 全部持っていけばいいのに」


「だって、直す必要ないもん。あたしはね、お母さんにあのキモい小説書くのやめさせたいの! 別に、いいもの書いてほしいわけじゃなくって! もし感動の名作だとしても、とにかく夜中にカタカタやってほしくないの!」


 だから『どこを直した方がいいか』の部分は必要ない。チカは、はっきりとそう断った。


 だが、そんな彼女の言葉に片山は――、


「……チカちゃん、聞いてほしいんだ」


「な、なによ……?」


 神妙な面持ちで、こう告げた。


「僕はね、チカちゃんのお母さんの小説、面白いと思ってるんだ」


 この前も、彼は同じことを言っていた。

 このファミレスのこの席でだ。そのときチカは怒ったというのに、こののっぽの青年は忘れてしまったのだろうか? 少女はむっ(・・)とした顔で、聞き返した。


「はあ? あんた、なに言ってんの? プロの人がキモいクソって言ったんでしょ? なのに、どうして面白いなんて思うの?

 だいたいね、あんたは特に、この世界で一番、あれを面白がっちゃいけない人間なんじゃないの? どうなわけ?」


「いや、それは……。たしかに、チカちゃんの言う通りだと思う。

 でも、聞いてくれ! 紙の本なら、きっとそうなんだろう! でも、紙でないなら――ネット小説やケータイ小説なら、話は違ってくるかもしれない!」


「ケータイ小説ぅ? あたし、あれ嫌い。面白いと思わないんだよね。学校じゃけっこう読んでる子いるみたいだけど」


「ああ。あれで流行ってる作品は、どれも『キモい』だの『都合がよすぎる』だのと言われてる。でも、『けっこう読んでる子いる』じゃないか。たぶん、紙の本とは人気の出るポイントが違うんだ。だったら、きみのお母さんのだって!」


「あのね……。あんた、本気で言ってる?」


「本気だよ。だから――」


 彼は真剣なまなざしでチカを見つめ――そして、言った。




「チカちゃん……お母さんの小説、ネットで発表してみないか?」




 片山の目はまっすぐで澄んでいて、一点の曇りもない。善意と情熱に満ちた、純粋そのものの瞳といえた。

 だが、チカは、



「バーーーーーーカ!!」



 テーブルの下で、彼の足をがんがんと何度も蹴りつけた。そのまっすぐな眼差しが、やたら腹立たしく感じたからだ。


「あたし、帰る! お金払っといて。あと、もう二度とメールしないで」


「ああ、うん……。ごめん」



【備忘メモ(※自分用)】

 今回、特に台詞の掛け合いが多いので、実験的に台詞ごとに一行開けてみた。(普段はここまで開けていない)

 どっちが読みやすいか、あとで考える。

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