地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その6(前編)
1
――拝啓、息子へ。
母です。お元気ですか。
ごめんなさい。ジャガイモのことで貴方に迷惑をかけてしまいました。
ですが、私が朝まで泣き続けていたら、チカがいいことを教えてくれました。貴方のいる世界は異世界なので、地球の中世ヨーロッパと違い、ジャガイモがないとは限らないのです。
いえ、それどころか、そのあたりに自生しているのに、地元の人たちは、それが食べられるとは知らないかもしれません。そういうこともあるかもしれないと、やはりチカが今朝、言っていました。
ですので貴方はこの前、ポテトサラダを食べていたかもしれません。お体に気をつけて。
最近涼しい日が続いていますので、風邪などひかぬよう魔王退治の旅をしてください。
母より
ある晴れた午後――。ポテトの件があった日の、さらに翌日のことになる。
「お母さん、ただいまー」
嶋田チカが学校から帰ってくると、母親がまた手紙を庭に埋めていた。
その光景の前に、チカは、
「おやつない? 午後、体育だったから、おなかすいた」
落ち着いたまま、いつもの調子でそう言った。
もう二度目だ。今さら狼狽などしない。
「はいはい、木曜だったわね。昨日作ったマドレーヌが残ってるから、それで紅茶でも淹れましょうか。それとも、新しくクッキーでも焼く?」
「マドレーヌでいい。早く食べたい」
お菓子の味だけは、昔の母と変わらない。
おやつの時間だけは、この少女も家で安らぐことができた。
死んだ兄タカシは、フミエの手作り菓子を嫌っていたため(というより母親自体を嫌っていたのだろう)いっしょにおやつを食べたことがほとんどない。――その意味では、母のマドレーヌやクッキーはチカだけの思い出の味だ。
「じゃあ用意するから、チカはちょっと待っててちょうだい。――ああ、その前に、貴方に手伝ってほしいことがあるの」
「なあに?」
「ええ、実はねー―」
フミエは、スコップで手紙を埋め終えると、微笑みながらこう言った。
「タカシのことで、ちょっと実験がしたいのよ。あの子の残したあらすじのメモに書いてあったんだけどね。
ホームセンターで金属の棒を買ってきたから、本当にお湯をかけたら熱膨張で曲がるか確かめたくて……」
にこやかな母の言葉と共に、チカはみるみる不機嫌になっていく――。
「それ、おやつより先にすること? あたしが帰ってきてからすることなの?」
「えっ……。でも、チカ、そのくらい手伝ってくれても……」
この母は、なぜ自分が不機嫌なのか、ちゃんと気づいてくれるだろうか?
『空腹で、早くおやつが食べたいから』などと、勘違いするのだろうか?
少女は苛立ちを露わにしていたが、そのとき……、
――ぶぶぶぶっ、ぶぶぶぶっ
スカートのポケット内で、携帯電話が震えた。
メールの着信だ。チカは携帯をぱかりと開いて中を読む。
「だれからだろ? …………ん~~? うわぁ……」
文面を読んだ彼女は、『うわあ』と露骨に眉をしかめた。
「あら、チカ、メールだれから?」
「……別に、だれでもない」
だが、チカはそう言いつつも――、
「あたし、遊びに行ってくる! おやつ、やっぱりいらないから!」
鞄を置いて、そのまま外へと飛び出していく。
行き先も告げずに、どこかへと。
「まあ、あの子ったら……」
残された母は、不服そうに膨れていた。
2
チカが携帯電話を買ってもらったのは、半年前と少し前のことになる。
誕生日でもなんでもない日に父親から買ってもらった。
――あとにして思えば、そのころから父は離婚を考えていて、娘の機嫌を取っておきたかったのかもしれない。
母は『小学生に携帯電話なんて』と渋い顔をしていたが、『なにか事故でもあったときのため』と父に言われ、それ以上は反論しなかった。
そもそも当時は、長男を失ったショックが今以上に癒えておらず、食い下がる気力も持っていなかったのだろう。
すでにチカのクラスでは携帯を持っている児童も5~6人いたが、いずれも『親が金持ちで甘やかされている子』か『親が貧乏のくせに甘やかされている子』であったため、彼女自身は、この父からのプレゼントを照れ臭いものとして持て余していた。
彼女にとっては“しつけのなってない子”の象徴であったのだ。
もちろん、当時や現在の家庭環境を思えば、自分こそそれであったのだろうが……。
ともあれチカは自転車に乗り、メールに書かれた場所へと急いだ。
10分後――。
「あのね、片山さん――。なんていうか、気軽に呼び出すんじゃねえわよ!」
「ああ、ごめん……。けど、チカちゃんに話したいことがあって」
いつかのファミリーレストランの禁煙席。
ここが、メールの場所だった。
【作業メモ(※自分用)】
・ジャガイモの話、ラノベに詳しくない人でもニュアンスが伝わるか確認。
・熱膨張の話、ラノベに詳しくない人でもニュアンスが伝わるか確認。
・前話の後藤(もと出版業界人の先輩社員)、どのくらいイヤなやつにするのか(あるいは実はいいやつにするのか)考える。いっそ、20代の女性キャラに変更するか?