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地球編「トラックに息子を奪われた母ですが、『小説家になろう』と思います」その5(前編)

 西暦二〇〇〇年代――。通称、ゼロ年代。


 ある学者は、日本のこの10年を『人類史上、もっとも文化的に空虚な10年』と呼んだという。彼らが生きていたのは、そんな時代だ。




  【あらすじ】

   ひきこもりで無職の青年タカシは、久しぶりに外出した際、

   トラックに轢かれてしまう。

   彼は異世界に転生して勇者となり、地球の記憶で大活躍するのであった。

   それと、美少女たちにモテモテであった。




(なんだ、これ……?)


 後藤ミツルは三四歳。

 そこそこの歳だが、このクイーンズ・プランニング(有)には去年入社したばかりだ。片山の一年先輩ということになる。


「これ、片山(きみ)が書いたのか?」

「いえ、なんというか……。ちょっとした知り合いです」

「そうか……」


 彼は今、困っていた。


 そもそも、彼は『編集者』などではなかった。

 ただの見栄だ。かつて出版社でアルバイトをしていたことは本当だが、郵便物の整理やアンケートの集計などの担当で、作品を(じか)に目にしたことすらほとんどない。


 とはいえ、そんな彼でさえ、一目でわかる。

 ――この小説は、駄作であると。


「あの……。どうでしょう、後藤さん?」


 小説を持ってきた片山は、怪我したチワワのようにビクビクおっかなびっくりとした目で、彼の方をじっと見ていた。


 たいへんに、やりづらい。


「ん……そうだな、なんというか……」


 率直な感想を言えば、



(――こいつ、高校中退のトラック運転手のくせに、ずいぶんオタ臭いもの持ってきたな?)



 であった。

 てっきり、もと不良(昨今のネットスラングでいうところのDQN)であるかと思っていたのに。


(まあ、大人しそうな顔してるしな……。背は高いが喧嘩は弱そうだ。そういや、『いろいろ苦労してるやつだ』って前に社長が言ってたな)


 学校の成績は優秀だったが、両親が事業で失敗し、家が貧しくなって中退して働くことになったと聞いた気がする。

 その後、運転手の仕事をしながら通信制で勉強し、簿記の資格を取ったのだとか。この会社に入ったのは社長のコネであったらしいが、苦労人であるのは間違いあるまい。


 そもそも学歴や前職だけで他人の人間性を判断すること自体が、よくないことであったのだろう。後藤もその点は反省した。


 ――が、その分、図に乗った。

 怖くないなら率直な意見を言っても構うまい。


「片山くん、俺はね、今は辞めた身ではあるけど、今でも業界の人たちと交流があるんだ」

「はい。すごいです」

「それに、プライベートでもマンガやライトノベルをよく読んでる。俺、詳しいんだよ。ある意味、プロみたいなもの……いや、事実上、本職のプロと言っていい」

「はい」


「その俺にさ――こんな書きかけ読ませるって、どういうこと? せめて全部書き終わってから持ってこいよ。こんなのマナー違反だ。よくないね」


「――っ!? そういうものなんですか? すいません。短いうちに読んでいただいた方が、簡単に読めると思って……」

「ふん。まあ、そのへんは素人サンだから仕方ないか。ただ、それを抜きにしても、これはちょっとひどすぎるぞ? ()(てい)に言ってクソだ。本物のクソ小説だ」


 これでも、まだまだ甘い感想だ。

『こんなキモいの初めて読んだ』『さすがに話が都合よすぎ』『これ書いたやつ、なにか悩みでも抱えているのか?』、とっさに数々の罵倒語が頭に浮かぶが――、


「そんなに、ひどいですか……?」


 この後藤は、底意地こそ悪いものの、他人に面と向かって強気に出られるタイプではない。

 例の震えるチワワの目を見たら、そこまでひどい言葉を口に出すことはできなかった。


「まあな……。なんというか、『恋○』以下だ」


 これが今の彼にとって、精一杯の悪口だ。


『恋○』は最近流行っているらしいOL向けケータイ小説で、“等身大の主人公”とやらが、都合よくモテて、都合よく恋に落ち、都合よく不幸な目に合う、という話だそうだ。きっと都合がいい程度の悲しい結末を迎えるのだろう。


 後藤は読んだことはないが、ひどい出来らしいとネットで聞いた。彼もその手の話は大嫌いだ。

 彼のようなアマチュアレビュアーたちの間では、あの作品の悪口を言うのが挨拶がわりになっていた。


 だが、それでも、この後輩社員の持ってきたものよりはマシだろう。そのくらい、これはひどい。


「これは、さすがにな……」

「そんなに駄目でしょうか?」

「ああ。割と『そんなに駄目』だ。――まずジャンルが悪い。今どきファンタジー小説なんてないだろ」


 ファンタジー小説なんて前世紀の遺物だ。

 一九九〇年代にブームが終わって、今ではマイナージャンルとなっていた。確かに今でも絶滅したわけではないし、オンラインゲームのRPGなどでは相変わらず剣と魔法の世界を舞台とするものが主流だったが、それでも新人があえて選ぶ題材ではない。


(まあ、これから改めて流行することもあるかもしれないが……)


 たとえば――過去に流行していたと知らない若者たちが、先述したようなオンラインゲームの周辺展開として受け入れることもあるかもしれない。

 また現在、ネットでは世代も趣味嗜好も違う人間同士が交流するようになっているが、そのためニュース以外では『過去に一度大流行したもの』しか共通の話題がない。そこで初期のド○ゴンクエストなどが、ときたま雑談のネタにされていた。


 そこから再びファンタジーブームが来る……そんなことも絶対ないとは言い切れまい。


(いや――さすがにないか。バカバカしい)


 いくらなんでもあり得ないと思い、口にするのはやめにした。


「じゃあ後藤さん、これはジャンルが悪いということなのですか? 内容はともかく?」

「いいや、内容も全然よくない。『現代日本人がトラックに轢かれて、ファンタジー世界に行って大活躍』なんて……。昔のアニメか!

 こんなの、さすがに今風じゃなさすぎる。昔はこういうのよくあったんだよ。ファンタジー世界でロボットに乗ったり、テレビゲームの世界に入ってしまったり。けど、そんなのは九〇年代でも『昔っぽい』『トレンディじゃない』と言われてた」


 彼の感想に、青年はしょげた顔をしていたが――、


「そうでしたか……。こういうのって古いんですね」

「まあな。ありきたりと言っていい。――とはいえ、多少珍しい部分もある」


 この一言で、ぱあっ、と片山の表情が明るくなった。


 のっぽのくせに、相変わらず仔犬みたいな顔をする青年だ、と後藤は思った。こんな表情の男に話の続きを聞かせるのは、さすがの彼にも気が引ける。


「喜ぶな。褒めたわけじゃない。『珍しいくらい駄目な部分』があると言ってる」


 片山青年は、またショボンとした顔に戻った。



 二人の話は、まだ続く――。



【作業メモ(自分用)】

//時代演出の確認。(舞台となる時代を明記しない方がよかったか?)

//『ニート』という言葉、当時あったか確認する。以前に書いた部分も調整。

//『無双』という言い回し、同じく確認。

//本当は『なろう』、『恋〇』ブームより先にあったが、そのあたり、すぐにツッコまれないか様子を見る。(場合によっては、『チョベリバ』『た〇ごっち』の話題などで、時代性をウヤムヤにする)


//書籍版では、舞台となる時代の話、第二話くらいでやっておく。

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