短編 陸耶麻 狂逸(おかやま きょういち)
携帯端末のメモ機能で二時間くらいで書いたものを改良しました。
「どうした?」
『あ、もしもし?』
部下からの電話にでると部下ではない軽い声が返ってきた。
「誰だ、お前」
『誰って…お宅のお仲間を誘拐した犯人ですよ、葛沼さん。いやー、麻薬の密売って儲かるですねー。財布の中札束ぎっしり』
「俺の仲間を誘拐したという証拠を見せて貰おうか」
葛沼は聞いた。
『ん?あー証拠ね。はいはい』
相手がそう言うとプツッと電話が切れた。誘拐なんかハッタリかと思っているとスマホに一枚の画像が送られてきた。
「!!」
そこには傷だらけで椅子に縛りられた部下の池尻が写っていた。池尻は葛沼の部下の中では一番の古株で柔道有段者だ。ゆえに池尻を倒せるはそうそういない。
『そういえば俺が何で名前知ってるか聞かないんですね』
再度かかってきた電話からは同じ軽い声が聞こえてきた。
「部下のスマホから俺のスマホにかけてるんだから名前ぐらいわかるだろ」
『そりゃそうか』
相手は納得したようだ。
『で、わかって貰えました?』
相手は聞いてきた。
「ああ、そいつは確かに俺の部下だ。返して貰おうか」
葛沼は冷静を装ったが、実際の声は震えていた。
『返してもいいですけど、生きたままは無理かもですね(笑)』
「は?」
『は?って(笑)』
「生きたまま返せないって?」
最悪の状況を想像した葛沼は聞いた。
『そのままの意味ですよ』
相手がそう言った瞬間、撃鉄をおろす音と銃声が電話から聞こえた。
「池尻!」
葛沼は電話に向かって叫んだ。
「おいお前! 誘拐と傷害ぐらいだったら半殺しで許してやったが、仲間殺したとなったらそうはいかねぇぞ! それ相応の覚悟は出来てるんだろうな!」
葛沼の体にはかつてないほどの怒りが満ちていた。
『おー、怒ってんねー。怖い怖い』
言葉とは裏腹にその声からは全くと言っていいほど恐怖という感情を感じなかった。
『まあまあ落ち着きなされ。殺してなんかいない。』
「は?(怒)」
さっきの音は間違いなく銃声だった。こんな商売をしているのだ、銃声など嫌でも聞きなれる。
「嘘つけ! じゃあ、さっきの…銃…声…は…」
葛沼の言葉を詰まらせた。なぜなら電話から聞きなれた声が聞こえたからだ。
『ボス…』
二文字で、かなり弱々しかったが、葛沼にとってはその二文字で声の主を特定するには十分すぎた。
「池尻…」
葛沼はホッと安堵の息を漏らした。『な?死んでなっかたろ?』
含み笑いをする相手。
声からして未成年者。なぜ断言出来るのかというと、葛沼達は電話でのみ麻薬を販売している。その中には当然未成年者もいる。声変わりしていれば別だし声変わりしてもなお、子供っぽい声をしている大人もいるが、未成年者の声は言わずとも幼い。だから未成年だと断言したのだ。
しかし、未成年者だと仮定するとひとつの疑問が浮かび上がってくる。それは未成年者のくせに犯罪に対する声が軽すぎる事だ。殺人を楽しむ感情の化け物といってしまえばそれで終わりなのだが、この電話越しの相手はなんとなくそうじゃないような気が葛沼はしていた。それにこの声…
「お前、名前は?」
何かわかるかもと思い、名前を聞いた。『俺? そーいやー名乗って無かったな。最初に名乗るのが俺の礼儀なのにぃ』
「お前の礼儀など、どうでもいい。名前を」
葛沼はせかした。
『キョウイチ。俺の名前はオカヤマ キョウイチだ』
名前を聞いた葛沼は全身に鳥肌がたった。
「(オカヤマだと!? いやでも…)漢字は? (頼む! 同姓同名でいてくれ!)」
『陸と耳へんにおおざと、麻薬の麻で陸耶麻。それに狂うと逸脱の逸で狂逸。』
漢字を聞いた葛沼は放心してスマホを落としてしまった。オカヤマと名乗った電話越しの相手は自分が知っているオカヤマで間違い無かった。
陸耶麻 狂逸
初犯で殺人した男。10歳の時の事だ。虫も殺せないような顔をしているくせに動機がえげつなかった。「なんか楽しそうだったから」それが動機だった。両親はとっくに死去し、兄妹はいない。子供なのに不気味なオーラを放つ陸耶麻を引き取る親戚はおらず、少年院をでても殺人の経歴をもつ陸耶麻を受け入れてくれる施設は、あるはずも無く陸耶麻は一人ぼっちだった。一人になりたくないから、警察しかかまってくれる相手がいないから、人を殺した。二件目からはそれが動機だった。しかし殺したのは全員連続殺人犯など、世間的に悪影響を及ぼした犯罪者だけだ。決して通り魔のように無差別に殺した訳ではない。
やがて警察の間で陸耶麻は犯耶麻と呼ばれるようになった。
五度目の留置所生活の時、ある刑事が「陸耶麻を引き取りたい」と言って来た。その刑事の養子になってひん曲がった心が、真っ直ぐになった陸耶麻は犯罪の世界から足を洗い、その刑事の手伝いをしているらしい。
大きな犯罪グループや凶悪犯罪者の中には「足を洗うまでの10年間の経歴だけは尊敬に値する」と言って信仰に近い尊敬を抱く者も少なくない。「犯耶麻教」なるものがあるくらいだ。しかし、絶対敵にまわしたくない相手だった。
終わった…そう葛沼は思った。相手が誰だかわからないとはいえ、陸耶麻に喧嘩を売ったからだ。犯耶麻教信者でなくとも犯罪者なら誰でも陸耶麻の恐ろしさはよく知っている。
『もしもーし、葛沼さーん? 聞こえてます?』
落としたスマホからは絶えず陸耶麻の軽い声が聞こえてきた。
「ボス? 大丈夫ですか?」
電話にでてから様子がおかしい葛沼を心配して部下が声をかけた。
「あ…ああ、大丈夫だ」
部下に肩を叩かれ、離れていた心が戻ってきた葛沼は落としたスマホを拾い、電話にでた。
『名前聞いたのそっちなのになんでビックリするかなー』
「相手があんたなんだ、心臓に毛でも生えてなきゃ驚かない奴はいない」
『そうなの? 俺ってそんなに有名? まぁいいや。とりあえずさー部下さん達がたむろっているその先の扉の中まで来て貰えます?』
そこで電話が切れた。まさか、と思った葛沼は駆け足でその先の扉に向かった。深呼吸をし、意を決して扉を開けるとそこには縛られた池尻と陸耶麻がいた。
「まさかこんな近くにいるとはな」
「ビックリしたっしょ?」
陸耶麻は穢れを知らない子供のように笑った。アジトにしている建物は壁が厚く、隣の部屋でドンチャン騒ぎをしても気付かない。だからさっきの銃声は葛沼の耳には直接届かなかったのだ。葛沼は他の部下に知られまいと扉を閉めようとドアノブに手をかけた。
「あ、扉は閉めないで全開にして下さい」
「なぜだ?」
「なぜって…なんとなくですかね。俺大勢の人が視界に入ってないと寂しいんですよ」
子供っぽい理由に葛沼は内心舌打ちをしながら、閉めかけた扉を言われた通り全開にした。
「お前の目的は何だ?」
「目的ぃ? 目的もクソもこれが仕事だからさぁ」
今度は可愛らしく笑った。
「くっ! 全員逃げろ! ここに犯耶麻がいる!」
葛沼は部下に向かって叫んだ。
『とりあえず部下をこの場から逃がさなければ』
そう思ったゆえの行動だった。
『えっ!』
その言葉に一瞬戸惑った部下達だったが、すぐに全員出口に向かって駆け出した。
「無駄なのになぁ」
「何?」
陸耶麻がニマァと笑った理由はすぐにわかった。
「ボス! ドアが開きません! 窓もです!」
「てめぇ…」
葛沼は陸耶麻を睨みつけた。
「逃げられないように窓や扉にあらかじめ細工をする、当然のことだよ」
さっきと同じように陸耶麻はニマァと笑った。依頼された場所に侵入し、敵を片付け、拘束し、外に待機している警官隊に引き渡す。それが陸耶麻の仕事だ。
「(さてと、さっさとこいつらを片付けて)」
陸耶麻が構えた時、バリーンと窓ガラスが割られて何かが複数個投げ込まれた。投げ込まれたそれは丸いボールの形をしていた。よくみると無数の穴が開いている。部下の一人が
「何だ、これ?」
と覗き込むと同時にボールから白い煙がふきだした。勢いよく出た煙を顔面で受けとめた部下は驚きの声をあげる間もなく倒れた。
「おい! しっかりしろ!」
いくら体を揺さぶってもそいつはピクリとも動かない。さすがに堪忍袋の緒が切れた葛沼は陸耶麻に掴みかかった。
「てめぇ何しやがった!」
「何もしてない」
胸ぐらを摑まれても陸耶麻は冷静だった。
「嘘付け! じゃあ、あれは何だ!」
葛沼は部下が倒れている部屋に充満している煙を指した。
「あれは外にいる警官隊の仕業だ。そういえば指揮官が変わったって言ってたなぁ。少ぉし白ぉくなっているところをみるとぉ、だぁいぶガスが濃いみたいだねぇ。突入の声もさっき聞こえたしぃ、もうすぐ警官隊が入ってくるよぉ」
陸耶麻は情けなく語尾をのばしまくりながら説明した。
「何のガスだ!」
毒ガスだったら殺してやると葛沼は思った。
「怒鳴るなよぉ、ただの催眠ガスだよぉ」
陸耶麻は眠たそうに言うと数秒後にはスースーと寝息をたてて寝てしまった。ガスは葛沼達がいる部屋にも充満しかけていた。いつの間にか池尻も寝てしまっている。
「…っ」
陸耶麻と話している間にガスを吸ってしまった葛沼もほどなくして眠ってしまった。
「だーかーら、頼まれたんだよ! 笹垣さんに(怒)」
「お前が先輩と知り合いとか信じられるか! しかもお前、前科かがあるじゃねぇか! あの麻薬密売組織のリーダーはお前なんだろ?」
「違うつってんだろ(怒)」
取調室では陸耶麻と優しそうな、少なくとも刑事向きではない顔をしている刑事の激しい口論が繰り広げられていた。
「おー、やってんねー」
そこに一人の刑事が入って来た。こっちのほうが幾分刑事向きの顔をしている。
「あ、先輩。なんなんすか?こいつー」
「こいつか?こいつは陸耶麻 狂逸だ」
入って来た刑事は陸耶麻の肩に手を置いて言った。
「そんな事は知ってます。俺が聞きたいのは何でこいつが先輩を知っているかです」
「なあ、梅田。俺、前に捜査一課の刑事は情報屋を持っておいたほうがいいって言わなかったか?」
「言いましたけど…え、こいつなんですか?」
「そうだ。まあ、こいつの場合は裏取りが多いけどな」
後から入って来た刑事―笹垣は言った。
「そういえば今回の突入の号令出したのあんただよな? ひどくないか? 俺がまだ何もしてないってのに」
陸耶麻はあのあと100はいる敵を一人で倒す予定だった。
「あーあ、せっかく俺の『犯罪者合法痛めつけストレス解消法』が」
「中にお前がいるって知らなかったんだよ。許してやれ、狂逸。詫びとして報酬に少し色付けるからよ」
ぐちぐち言う陸耶麻を笹垣はなだめた。
「そうだ梅田。お前もこいつを使え」
『へっ?』
突然の笹垣の言葉に陸耶麻と梅田は驚いた。
「情報屋、お前まだ持ってないんだろ?」
「ええまあ」
「なら狂逸を使え」
「ちょ、ちょっと勝手に決めないで下さいよ。何で俺がこんな刑事と…」
「嫌か?」
「いや、金くれたら最低限の働きはしますよ」
笹垣の顔ですごまれた陸耶麻は遠まわしに承諾をした。
「よし、決まりだな。いいな? 梅田」
「はい…」
梅田は少し嫌そうな顔をした。
「大丈夫だ。こいつは定期的に犯罪者を玩具にすること欲求を満たしてる。15年前のようにはならない」
「そうですか? 先輩がそういうなら」
まだ少し嫌そうな梅田の背中を叩いて笹垣はいった。
「心配すんな。狂逸は少し値は張るが仕事は完璧だ。養子だが俺の息子だしな」
「へぇ、こいつが先輩の…ん? 息子!?」
軽く流しそうになった梅田は聞いた。
「あれ? 言ってなかったか? 情報屋を探していた新米の頃、拘留されていた狂逸に会ったんだ。こいつの噂は聞いていたし、隠密技術もあるらしいっていうじゃねぇか。しかも引き取る相手がいないっていうから引き取って養子にした。それだけだ」
それだけだ、と言われても直ぐには理解出来ない。
「とりあえず困った時は頼むな、陸耶麻」
「俺の今の姓は陸耶麻じゃなくて笹垣です」
と陸耶麻は否定した。
「えっと…じゃあ…」
「狂逸でいいんだよ」
呼び方に困っていると笹垣が口を挟んだ。
「じゃあ、狂逸。頼むな」
「お任せあれ。この陸耶麻 狂逸、もとい笹垣 狂逸。必ずや、報酬に見合った働きをすることを約束しましょう」
狂逸はお辞儀をした。
「契約完了だな。梅田、知ってるか? こいつ契約金が最初にいるんだぜ?」
「え? 俺そんな金持ってないっす」
梅田はうろたえた。その様子をみて笹垣は笑いながら言った。
「大丈夫だ、狂逸が望む飯を奢るだけだ」
「梅田さん。俺今、ラーメンが食べたいっす」
「そんなに安くていいのか?」
契約金=高いイメージをもつ梅田は陸耶麻に確認した。
「いいっすよ。俺貧乏育ちなんで逆に高級な物たべると腹壊しそうで…」
陸耶麻は腹をさすりながら言った。
「じゃあ、近場に昼飯時によく行くうまいラーメン屋があるんだ。そこでいいか?」
「十分っす」
狂逸はニッと笑った。
「あ、ちょうど夕飯時じゃん。俺も梅田にご馳走になーろっと」
「え、ちょ、先輩は立場違うくないですか?(笑)」
20分前とは打って変わって和やかな空気が流れていた。
依頼主が増えて陸耶麻は忙しくなった。二つのことを同時進行でやらなければいけないこともしばしばあった。でも楽しいから苦痛ではない。今日もどこかで陸耶麻は合法犯罪を楽しんでいることだろう。
読んでいただきありがとうございました。これは処女作です。これから短編、連載含め更新していきたいと思います。不定期更新ですが、もしこれからも読んでいただけたら嬉しいです。