情報はなによりも尊い
どうやら私は、名首市からわけのわからない世界へ移動したようだった。藤白はそう結論づけた。
何もかもが藤白の常識の埒外にあった。
藤白が運び込まれたリナヴェルナの隠れ家は、洞窟のなかを改造して造られていた。洞窟は、しばらく奥へ進むと行き止まりになる。一見、なにもないただの洞窟だ。しかし壁のあるポイントに、リナヴェルナが「魔力」を流し込むと、床に階段が現れる。そこを下りたところが、この隠れ家だった。
ただ床をくりぬいただけではなく、壁や天井は「魔法」で補強され、ドアもあり、トイレも風呂もキッチンすら完備されていた。壁の各所にランタンがかけられ、適度な明るさを保っている。空調も快適な温度・湿度に調整されており、そこは5LDKの心地よい住処だった。そして驚いたことに、リビングの壁には、森の各所に仕掛けられた隠しカメラ(リナヴェルナは『蜘蛛の目』と呼んだ)による映像がリアルタイムで流れていた。これで私を見つけたのだろう。
「たまに逢引する男女も見られるよ」
説明をしながら、リナヴェルナはいやらしい笑みを浮かべた。
魔法。リナヴェルナは魔法を使える。体内の魔力を燃料に、精霊の力を借りて任意の現象を引き起こすことさ、と言われたが藤白にはよくわからなかった。正確に言えば、想像できなかった。目の前で指先から炎を出されても、俄かには信じられなかった。
リナヴェルナは自身が住む世界のことを「アズルナー」と呼んだ。「地球」みたいなものだろう。アズルナーに関することを聞いているうちに、藤白はだんだんと異世界というものに移動したのではないかと思うようになった。
オーケー、私はいま、異世界にいる。
次に考えたのは、どうやって来たのか、ということだった。来た方法が思い出せれば、変える方法もわかるかもしれない。だが、記憶は未だあやふやだった。雪のなかを、誰かと歩いていたような気がする……。かすかに見えた光景はしかし、手のひらに降った雪のように溶けていった。
「アイダナエの迷子という人たちはよくいるの?」
もし他にも同じような境遇の人がいれば、なにかわかるかもしれない。藤白はそう思ってリナヴェルナに聞いた。
「いや、ここ数百年は記録にない。どうやって来たか、どうやったら帰れるのか、それはわかっていないんだ」
「そう……。なら仕方ないわね」
リナヴェルナの目が少し開いた。藤白の切り替えの速さに驚いたのだ。
「私としては、ここにきてくれてもいいよ。話し相手もいなかったし、ちょうどいい」
藤白は考えた。なにもわからないままここを離れるのは危険だ。異世界ということは、モンスターみたいなものもいるかもしれない。地球の感覚で安全そうな草花が、つよい毒を持っているかもしれない。死の可能性は、どこにでもある。まずはこの世界ーーアズルナーのことを知らなければ。情報はなによりも尊いのだ。
「あなたさえよければ、お邪魔させてもらうわ」
「ようこそアズルナーへ、フジシロ」
リナヴェルナが腰を折って芝居掛かったお辞儀をした。
「美夜美でいいわ」
藤白の言葉を聞いたリナヴェルナは、「ならば私のこともリナと」
「わかった、よろしく、リナ」
「よろしくミヤビ」