有りえない存在
リビングのような部屋で藤白はリナヴェルナという人物と向かい合っていた。藤白の表情は固く、対するリナヴェルナは微笑みを浮かべている。
「それで、説明をしてくれるのよね?」
藤白は言った。感情を押し殺した冷たい声だった。
「ああ、もちろんだ。私がわかる範囲で、だけどね」
「まず、ここはどこ」
「アルスナの森の東、ライカル滝の裏側にある洞窟だ」
「どこよそれ……」
「どこと言われても、ライカル滝の洞窟だよ」
「まあいいわ。で、あなたは誰?」
「リナヴェルナ・エリオル。23歳。魔法遣い。訳あってここに住んでいる。君の名前は?」
「藤白美夜美」この人物はなにを言っているのだろうと藤白は思った。魔法?
「フジシロミヤビ。意味はわからないけど、素敵な響きだね」
「どうもありがとう。私はどうしてリナヴェルナが住む、ライカル滝の裏側の洞窟にいるの?」
リナヴェルナは顔にかかる前髪を両耳の後ろにかけた。そして上を向き、しばらく考えるようなそぶりを見せた。
「いささか込み入った事情があるのだが……。かいつまんで説明しよう。昨夜、この近くでダリアナ皇国の秘密部隊がなにやら不穏な動きをしていた。私は何を隠そう、お尋ね者というやつでね。この場所が見つかるといろいろ具合が悪い」
リナヴェルナはいったん言葉を切り、藤白を見つめた。
「だから全員を迷わせて森から追い出そうとした。まあその策はうまくいったんだが、少し想定外のことが起きた」
「それが私」と藤白は口をはさんだ。
「その通り」リナヴェルナはニヤリと笑った。
「奴らの一人が君を肩に担いでいたんだ。滝に落ちたのかずぶ濡れだった。私は自分の勘に従って君を助けた、というわけさ」
「服はそのときに脱がせたの?」
「悪いとは思ったけど、あのままだと体温が奪われて死んでいただろう」
「いえ……ありがとう」
藤白は感謝の意を伝えた。リナヴェルナの言うことを信じれば、彼女はまさしく命の恩人だ。お仕置きなどしている場合ではない。
魔法だの聞いたこともない地名だので混乱はしているが、とりあえず目の前の人物は直感的に信頼できると藤白は思った。隠していることはあるが、嘘はついていない。
「フジシロ。君はどこの出身だい?」
「K県名首市よ」
「ふむ、聞いたこともない……。やはり迷子か」
「迷子? まあ確かにそうだけど、子どもじゃないんだから……」
藤白が不服そうに言うとリナヴェルナはやんわり否定した。
「いや、そうじゃない。君みたいな“有りえない存在”を、我々はアイダナエの迷子と呼ぶんだ」