壁を越えるものはいない
街の名前はソランといった。四方を壁に囲まれており、そのなかで暮らす人々は安心しきった顔をしている。
「そりゃ、魔物が来ないからね」
魔物、という単語が藤白にはやけに非現実的に聞こえた。
「壁を越えるものはいないのかな」
「飛ぶやつはいる。けど、飛ぶやつは虫ほどの力しかない。龍なら話は違うけど、龍はこのあたりには生息していない」
リナヴェルナはターバンで顔全体を覆っていた。そのせいでたまに声が聞き取りづらい。指名手配されているから目立たないようにしているらしいが、逆に目立つのではないだろうか。藤白はそう思っていたが、街中で同じような格好の男女を多く見かけたので、そうでもないらしい。
「この格好は何か宗教的なもの?」
「ランダリナ教さ」
当たり前だが、聞いたこともない名前だった。
測魔師は街の外れに住んでいた。正確に言えば、路上で暮らしていた。服はボロボロであちこちが擦り切れていた。髪伸び放題。年齢はおそらく三十代。そして予想外なことに、女だった。
「さ、やってくれ」
「もらうもんもらってからだよ」
リナヴェルナは胸元から皮袋を取り出し、中の貨幣を渡した。
「ケチ野郎」
「あいにく、野郎じゃないんでね」
測魔師は私に向き直り、肩に手を置いた。垢の匂いが漂ってきた。
「あたいの目を見な」
嫌悪感をこらえて見つめる。目は深い海のように暗く、澄んでいた。
と、測魔師は突然倒れた。白目を剥き、身体は痙攣している。さらに股間から液体が漏れ出し始めた。口から泡を吹き、痙攣によって周囲に飛び散りだしたあたりで、周囲が異変に気付いた。
リナヴェルナは舌打ちし、藤白の腕を引っ張ってその場を去った。尿と泡を撒き散らすだけの存在が後に残った。