「ほんの偶然」
「おひさしぶり」
「そんなに、がっかりした顔するなよ」
「がっかりと云うより、余りに変わったので」
「お互い様だよ、これが二十年というものさ」
「でも、かっこいいよ、いい歳のとりかたをしたのね」
「ありがとう、二十年は、あっという間だと思ったけど、会って見て、長さに気づいたよ」
「それは、どういう意味」
「もうやめよう、ところで、どこにする?確か、肉食系だったよね」
「えぇ、ワインの揃っている店がいいわ」
「じゃぁ、Nに行こう熟成肉とワインが揃っている」
予約もせず、真っ直ぐに店に向かった。
彼女とは、二十年ほど前、彼女の方からBarで声をかけられ、半年ほど付き合った。
私にとって、商売女以外では初めての女だった。
それまでの私は、自分に自信がなく、自分から女性に声をかけることは考えられなかった。
そういう意味では、彼女は恩人だ。
久しぶりに会って、いろいろ聞きたい事もあったが、無言のまま店の前まできた。
ドアを開け
「予約は、入れてないのですけれど?」
「カウンターなら」
「ありがとう」
中に入ると、中央に自動演奏のグランドピアノ。
私の好きな、as time goes by ぴったしだ。
カウンターに座ると、食事も出来るように、少し幅広な感じだ。
初めは、ビールを呑みたかったけど、彼女に合わせてカリフォルニアワインの赤をフルボトルと、お店の熟成肉の盛り合わせ。
「乾杯!」
「二十年ぶりの再会に」
ピアノの演奏は、ビギン ザ ビギンに。
グランドピアノは、スタイルがいい360゜どこからも魅力的だ。
彼女の左手の薬指のリングについて聞けない。
頭の中は、二十年前のさまざまな場面が、繰り返し流れている。
とりとめもない、無難な会話。
お互い、気を遣いすぎなのか聞きたい事を聞けない。
食事が終わって、外に出て。
「だいぶ、酔いましたね」
「美味しかったわ」
「それじゃあ」
「お元気で」
携帯も交換せず別れた。
結局こんなもんか、もうこんな偶然は、ないだろう。
「神様、ありがとう」