幕間2
つまるところ、彼こそが魔族の中において至高かつ最強である。
それは他の者達も大いに認めるところであり、道をいけば仰がれ口を開けば傾聴される、彼はそういった存在であった。
だと言うのに、彼の上に立つものが居る。
魔族達を統べる魔法に長けた唯一の一族である、という出自にのみすがり、唯一彼の上に座す者がいる。
魔王である。
突然フラりと現れたかと思えば国を支配し、そしてまたフラりと姿を消す実に責任感にかけた生き物だ。
当然利に叶っていない。
よって魔王などと言うふざけた存在は、断固として許してはならない物なのだ。
彼は、語った。
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少し、魔族について説明しておこう。
魔族とは、魔法と術法のうちの、魔法に長けた器官を持つ生き物達の事を言う。
魔法がそのまま大気の魔力を自身へと取り込み呪文やら術式、魔具などを介して発動させるのに対し、術法は精霊と契約を行い、その力を一時的に譲り受けることで術式などを用いず即時発動させるものだ。
故に魔族は“生まれながらにして”魔族だし、術師は“後天的”に術師となる。
ただ人間は魔法が使えない、よって大半が術師を目指すため、魔族の対立が人間、のような図になっているだけで、そもそも全く異なった概念なのだ。
ならば、魔族の“ランク”はどのようにして定まるか。
それは勿論使える魔術の程度で決まる。
そしてそれは、具体的に言って、その外見に現れた。
人間は、交配して子孫を残すのに対し、一部を除き大半の魔族は、マナが溜まった闇の中から自然発生する。
そしてゴブリンやオーク、ドワーフ、スケルトンと言った形に自然と変化して行くのだ。
よって、そこに親子と言う概念はない。
勿論ドラゴンだとか言った種族のように、子を為す物もあるが、基本的には血を継ぐといった発想はない。
ぼんやりとした闇の塊の成長系は、その塊の魔力の程度によって定まる。
能力値が高ければ、それまでにない新しい生き物の形を手にいれる物もあった。
けれど、どんなに形が新しかろうが奇抜だろうが、ランクの判断基準は明確である。
己の“形を変えられる者”が、魔族の中では極めて上位の存在とされていた。
理由は簡単だ。形を変えられると言うことは、その生き物は極めて“マナ”そのものに近い。
だから、もしゴブリンというランクにいたとしても、そのゴブリンの中に、自分の見た目を蛇に変えられる者がいたならば、そいつは別格の扱いを受ける。
ドラゴンのように、人間に近い形と竜としての形を持つものは極めて高位とされた。
また魔族は皆当然、人間とは異なった形をしている。
でありながら極めて人間に近い見た目をしているものは、当然その見た目を“変えている”事になる。
よって、自然とヒトガタをしているものも上位と判断されていた。
そして圧倒的に最高位として君臨しているのが、“彼”のような、スライムのうちの“亜種”とよばれる存在である。
通常スライムは、魔族の中でも下層に位置する。
姿を明確に一つに留めることが難しい彼らは、魔族でありながら魔法のコントロールを得意とはしていない。
けれど時おり、亜種とよばれる黒いスライムが、ごくごくまれに存在することがあった。
膨大なマナをその身に蓄え、時に竜の姿を模しては天を駆け、時に人の姿を捉えては容易く道具を扱って見せる。
動物も、虫も、ありとあらゆる“カタチ”を手にして居るその亜種こそ、魔族の最高位と言えた。
魔王を、除いて。
「だからな、俺様自ら殺してやることにしたわけだ!魔王様って奴をな!」
「えー…」
その日彼…、黒い亜種スライムの中でも一際才に溢れていると唄われる伝説のスライムこと、ロマノフ・クロウスウェル・ガイスタロット・ウィン・オペラ、は遂に、魔王を消し去るべく城へと乗り込んだところであった。
魔族の最高位に属する彼を止める門番なども居なかったし、出だしは好調だったと言える。
幾つか聞き込みを重ね、魔王が良く出没するという裏庭で待機していた彼であったが、あいにくとそれらしい影は見えなかった。
居たのはやたらと過剰装飾な小娘一人で、その上ずいぶんと陰鬱とした顔をしていて鬱陶しいことこの上無い。
頭に大きな黄色い花飾りをのせているのをみたときは、頭のでも狂っているのかと思った。
とは言え、彼は死ぬほど暇であり、魔王はいっこうに来る気配がない。
だから暇潰しとして、奇妙なことを言う娘に話しかけてやったのであった。
「つまりー、くろぽよはめっちゃ強いの?」
「当然だな!…というかおい、くろぽよってなんだ」
「え、あだ名?親しみと敬意を込めた?」
「それはお前的にかっこいい名前なのか」
「え、ちょーイケてるよ、めっちゃ流行なうだよ」
「…ふん!ならゆるしてやる!くろぽよでいいぞ」
「やーんくろぽよ超ちょろ、…超懐ひろいじゃーん!」
「ふふん!」
第一印象としては、頭の悪そうな娘だな、位のものであった。
スカート丈は短いし、化粧が下手とは言わないが濃いのは間違いない、語尾を伸ばした気の抜けた話し方も頭が良さそうには見えない。
けれど自分と会話ができて、しかも名前にかすった“あだな”をつけてくる辺り、自分の事を知っておりまたそれなりに見聞はあるのか、とも思った。
黒くてぽよぽよしてるからくろぽよ、とは当然知りもしない。
ここに来るに至った経緯を話してしまったのは、本当につい口が滑ってだった。
ついつい頷かれるがままに喋ってしまったのである。
巷では黒き閃光、だとか深遠なる者、だとか中学生男子も顔を赤らめそうな二つ名で呼ばれている彼は、当然恐れられお喋りなんてできないと遠巻きにされているが、存外、自分の話を聞いてくれる人が大好きだった。
「えー、魔王様殺すのやめよーよ…」
「なんだ、おまえ俺様の敵にまわるってのか」
「そしたらウチ瞬殺じゃねー?、生き残るのむりぽ」
「当然だな」
小娘の膝にてぽよんぽよんと跳ねながら、彼は素早く肯定して見せた。
当然歯向かうならば殺す。
とは言え、それなりに話の分かる娘だから、従うならば殺さないでおいてやろうとも思った。
恐らく、この城で働いているのだろう。
魔力の欠片もうかがえないが、外見から判断するに、それなりには魔法も使えるに違いない。
己が城を手にいれた暁には、そのまま雇用してやってもいいかもしれない。
「ウチ死にたくないわー」
「従えば殺さないでおいてやってもいい」
「魔王様も?」
「そいつは殺す」
えー、と気だるいブーイングを向けた娘は、もちもちと彼の体を揉む。
鬼守、と名乗った娘は、一応魔王に仕えている自覚があるらしい。
そういうのは美点だな、すぐに頷くやからは信用できない。
彼は満足した。
「それにしても、魔王の奴遅いな」
「…今日はもう来ないんじゃない?」
「む…」
仕方ない、明日にするか。、
「お前、明日もここに来ることを許してやろう、また俺様の相手をするといいぞ」
「はーい」
「明日こそは、魔王を始末してやろう」
「ウチも心構えしとく」
「おまえは殺さないでおいてやると言っただろ、頭のかるいやつだな」
「…えー…」
もちもち、もちもち。
こいつ、なかなかにいい手つきをして居る。
なにかパンだとか、捏ねた経験があると見た。




