I
なぜこの世界はこんなにも生き辛いのだろう。
いつしか"I"はそう思うようになっていた。そこに至るまでに劇的なきっかけがあったわけではない。ただ、世界はこんなにも生き辛いのかをぼんやりと考えていた。
この世界は恐ろしいほど生き辛いのだ。
朝起きて夜寝るまでの間に何度死んでしまいたいと思ったことだろうか。それでも"I"が自死を選んでいないのは、それはただ来月発売される新刊が楽しみであったからである。
生き辛さと楽しみは全くの別物なのだ。楽しみなことがあるからといって、それは死にたいと思うことを否定しない。逆もまた真なり、である。
"I"は考える。なぜこんなにも生き辛いのかを。人間関係がうまくいっていないからだろうか。勉強や仕事に疲れているからだろうか。趣味で満足していないからだろうか。
「いいや、どれも違うよ」
"僕"は言った。
どれも違う?
「そう。なぜなら、どんなによい人間関係を保っても、全てを投げ出して寝ていても、どんなに有意義な趣味の時間を持ったところで、"I"は満足なんてしたりしないし、むしろかえって不安に怯えるようになってしまうからだ」
不安。そう、不安だ。"I"は確かに不安を抱いている。それが何に対するものかもわからない不安を抱いている。
「それを知りたいと思うかい?」
"I"はわからない。知らないことがあれば知りたいと思うのは普通ではないのだろうか。
「人間、どうでもいいと思うことに対しては興味をなくしてしまうものさ。もっとも、"I"も"僕"も人間であるかどうかすらわからないんだけど。さらに言えば、この問いに答えるうちに自分でも見たくなかったものを見てしまうかもしれない」
見たくないもの?
「そうだよ。誰にだって見られたくないところや見たくないところ、逆鱗が存在するだろう。それは不安と似たような場所にあって、"I"が不安を知ろうとすればいずれ引っかかるだろうね」
果たしてそんなものはあるのだろうか。"I"にはわからない。
「わかりたい?」
"I"は思う。こんな違和感を抱えたまま生きていくのは辛いと。
「なら、"僕"たちは君を歓迎しよう。底知れぬ思考の森へようこそ。いつか"僕"たちが求めているものが見つかるよう、共に祈ろう」