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第六話:継承

僕の手からグラスが離れ、砕け、水が飛び散る。

それと同時に、僕は湧き上がる力と記憶の奔流に飲み込まれた。


「ぐっ、あああああああああああああああ!!!!!」


斬られた刺された殴られた打たれた削られた

焼かれた凍らされた感電した押し潰された切り刻まれた

毒に侵された麻痺した腐食した

爆散した貫かれた噛み付かれた溶解した

罵倒された蔑まれた疎まれた畏怖された拒絶された


あらゆる痛みが意識を手放すことすら許さない。

身体が痙攣を起こしベッドで跳ねる。

戦争での負傷、居城の防衛、魔物との戦闘、人々からの排斥。

恐らくその過程で受けたダメージを経験したのだろう。


身体中を痛みが支配している。

あまりの痛みに舌を噛み切ってしまいたい衝動にかられ、痛みに耐えようと力を込めると、両の目の毛細血管が切れて赤く染まっていく。

痛みに雄叫びをあげ、逃れようと暴れ、終わらない地獄に涙が止まらない。


魔王が生きた歳月はなぜここまで血に濡れた道だったのか。

暴力、恐怖、死…彼をここまで追い込んだものはなんだ。

なんでこんなに苦しまなきゃいけないんだ。

『俺』が一体何をしたっていうんだ。

『俺』は守ったじゃないか。救ったじゃないか。

『俺』はバケモノなんかじゃない。

『俺』は…『俺』は…僕は…


僕の中に魔王の絶望が流れ込んでくる。

自分が感じた事のない、紛れも無い絶望。

生を否定され、死を望まれることがこんなにも辛いのか。

どんどんと流れ込む絶望と苦しみが僕をゆっくりと死へと誘っていく。


どれだけ耐えても終わらない。

時間の感覚が無くなって、それでも続く苦しみと絶望の流入。

一年?一日?一時間?

どれだけ経った?

どれだけ残ってる?

どこまで苦しめば絶望したら、この地獄を抜け出せる?


(もういい!もうやめてくれ!!!もう、殺してくれ…!!!)


それでも地獄は終わらない。






ーーーーーーー

(っが、…あ、ぐ…)


精神は崩壊寸前。瞳は血に濡れ、口の中もズタズタだ。

しかし、遂にその時は訪れた。

全身が苦しみから解放され、継承が完了したのだ。


(お、わっ…た…のか…)


どれくらいの時が経ったのだろう。

先ほどとは対照的に肉体と精神が急激に回復していくのがわかる。

だが全身に気だるい感覚がまだ残っていて、今はまだ指一本動かせそうにない。

大量の汗を吸ったシーツや衣服が体に張り付く感触が不快だ。

軽く視線だけ動かすと窓の外に赤い月が浮かんでいる。

引き裂かれた枕や布団から羽が散乱し、差し込んだ月明かりも相まってどこか幻想的だ。

こっちの月って、赤いんだな…そんなことを考えながら僕は意識を手放した。


ーーーーー


「んー…あぁ、生きてた…」

窓から差し込む日の光に目を覚ました僕はとりあえず生きていることを確認した。

魔王に「死ぬほど辛い」と言わせるほどの衝撃は確かに死ぬほど辛かった。

あれで1/4というのだから、このリングがなかったらと思うと恐ろしくてならないな、とふと指輪を見やると指輪がかなり細く磨耗していた。

恐らく身代わりになってくれたのだろう。


「ありがとう…本当に助かったよ」

手のひらでギュッと包み込むと手の中で淡く光り、役目を終えた指輪は砕け散った。




砕けたコップや引き裂いてしまった枕や布団を濡れたシーツに包んで片付け、部屋を出る。

魔王の指示によると、まず目指すは玉座の間だ。

ここで契約を行うらしいのだが…


5分ほど歩くと黒い門に赤い装飾が施された大きな門が見えてきた。

押してみると扉の隙間に光が走り、重々しい音を立てながら自動で開いていく。

そして、扉からまっすぐ伸びた道の先に、彼の纏っていたローブがかかった玉座が、僕を待っていた。


玉座の前に片膝をつき、魔王に報告をする。

「継承、終わりました。たった1/4だけど吾郎さんの言ってたことちょっとだけわかったよ」

あらゆる戦場で戦果をあげ、その中であらゆる傷を負い、英雄ともバケモノとも呼ばれ、信頼する者や愛する者にさえ剣を向けられた魔王。

その苦悩が流れ込んだ時、体の痛みと同じくらい胸が締め付けられたのを覚えている。

「でもさ、なんとか、うまくやっていくよ。だから安心しておやすみなさい」

僕は終末の魔王に別れを告げ、立ち上がるのだった。






「さて、と…玉座の間にきたはいいけど」

何もない。

玉座、柱、石像、柱、石像、柱…玉座。


「玉座になんかあるのかな、っと」

階段を上がり玉座の前に立つ。

玉座には肘掛けに龍、足元に髑髏、背にカラスなどがあしらわれており、毒々しい色合いも相まってこの玉座が襲いかかってきてもおかしくない雰囲気を持っている。



そしてそこには白と黒、左右で色が分かれた石板と鈍色のカードが置かれていた。

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