第二話:魔王の命
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頭がクラクラする
ここは…どこだ…
さっきの壺は…
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朦朧とする意識の中、周囲の状況を観察する。
どうやらここはどこかの、それなりに広い一室のようだ。
大きなベッドが置かれ、大きな本棚には分厚い本が詰め込まれている。
豪華だがどこか重々しげな雰囲気を漂わせる調度品の数々がランプの炎を反射して煌めいている。
壁に掛けられた絵画には黒いローブを纏った凛々しく逞しい男性が描かれており、その瞳は燃え盛る炎のような赤で描かれているのが印象的だ。
(ここは…誰かの…寝室かな…)
この部屋の主人はおそらく高貴な人物なのだろうと判断した。
その高貴な人物の寝室に、自分は倒れている。
(確か…壺のお札を剥がして…それで…)
そう、壺の封印を解いた。
そして壺から噴き出した闇に飲み込まれ、気がつけばここにいたのだ。
(とにかく、立って、この家の人に事情を説明しなきゃ…)
いまだ覚醒しない頭で、なんとか身体を動かそうとするもうまく身体が動かない。
よくよく見てみれば、自分の周囲にはガラスの破片のような物が散らばりその中心に自分は倒れているようだった。
(なんだろう…光ってる…?)
散らばった破片の一つを手に取ってみると、それは微かに光を放ち丸みを帯びているようだ。
他の破片の形状から、恐らく元は球体だったのだろう。
(もしかして:宝石)
自分は宝石の上に倒れこみ、そして砕いてしまっている。
その事実に全身から血の気が引く音を感じていると、カツカツと靴音が響きこちらに近づいてくるのに気が付いた。
(ああああああああああやばいやばいやばいやばい動け身体逃げろ俺どこに逃げるんだよ誰か助けてええええええ)
ガチャリ、と扉が開き入ってくる人物と目が合う。
恐らくこの部屋の主人なのだろう、絵画で見た男性にどこか似ている。
しかし数カ所違う箇所がある。
あの絵画の男性には、ツノは生えていなかったし、牙も見えていなかった、翼も描かれていないし、なにより
こんなに血にまみれていなかった
「誰だ貴様…」
部屋の主人が静かに口を開き、しかし怒気を孕んだ赤い瞳で了を睨みつけた。
「あ、あ、あのですね、僕は、壺が、札を、あの、だから」
了は必死に説明しようと声を出すが、どうにも伝わりそうにない。
(物盗りか…?だとしたらいつ侵入した?いや侵入されたのなら俺が気付かないはずがねえ。)
部屋の主人は部屋の周囲をぐるりと見渡し、もう一度青年に目をやるとその表情は一変する。
ひ弱な青年と砕け散った宝玉の破片。
(そうか…次はこいつが…)
一瞬表情が曇ったかと思うと、主人の瞳から怒気が消え、再び口を開いた。
「なあ、お前さ、日本って知ってる?」
「え?えっと、あのニホンって、あの、国の、日本ですか?」
「落ち着けよ、取って食いやしねえから。お前、日本から来たんだな?」
「あ、いや、来たというか、ここがどこかもわからなくて、気が付いたらここにいて、あの宝石も気が付いたら…あの、すいませんでした!!!!!」
了の人生初土下座である。
主人は頭をガリガリと搔き、溜め息を一つついた後、困ったような顔で気にすんなよ、と肩を叩いた。
「ただ、今から言うことは嘘じゃねえし、多少ショックな内容も含まれるから心して聞いてくれ。」
一呼吸置いて、主人の口から紡がれた言葉はとても短いものだった。
「ここは七種族の終わらねえ戦争を繰り返す世界-ディヴェル-、お前のいた平和な世界には、もう帰れねえよ」
「ディ、ディヴェ?え?帰れないって」
「あとお前の壊した宝玉。それな、俺の命」
「…ええええええええええ!!!??!すいません!本当に悪気とかなかったんです!気が付いたら割れてて!命とか知らなくて!え!?ていうか帰れないってそういうことですか!?落とし前ってことですか!?」
「落ち着け」
そう言って主人のデコピンを頭に受けた瞬間、壁に叩きつけられた僕はまたも意識を手放すのだった。