引用文・虎の呼吸・ほか4編
引用文
誰しも毎日毎日誰かの言葉を借りている 辞書のうねり
倦んだ言葉 蔑んだ言葉 明日になれば死んでゆく言葉
君はしっかりと抱き抱えた言葉を持っているか 柱の言葉
純緋の血を搾り 清冽の香を匂う 誰にも引用されぬ言葉
言葉を放てよ 他人の煙草に撒かれながらも
言葉を注げよ 季節に映うる花のごとく
誰にも渡すな 彼奴の胃袋に溶かされることなく
けして安酒を飲むな けして生温い水を浴びるな
絹織に漉された 尖った研がれた言葉だけを求めよ
脂肪の如き異物を捨てて おのが言質を放り出せ
虎の呼吸
虎一匹、その烈しい品格
虎一匹、瀕死の客人を食い殺す
銃先に恐れず 凛と貴い蝋を燃やせ
砂の一粒はお前のシモベだ 脚頸を捻らせ牙を光らせ
掻把で引き裂き 鋭い慧眼で射殺す
しかしそんなお前も
死の破撃には勝てない
衰獣はかつて斃した種族に殺されるのみ
虎の最期のひと呼吸
嗚呼!宇宙の叫びだ 裂帛の耳鳴りよ
哭き声を荒げ、癒えぬ傷を引っ掻く
地を震わす 孤高の薨去
誰にも知られず
そっと逝く
黙殺
人生というのは
全生命全存在を賭けて
狂っていくようなもの
人生というのは
地獄とこの世を
語彙に窮して
声も出せずに
履き違えたようなもの
精神をすべて壊して
残った粘っこい絡みこそ
純粋な己が屍
飲めぬ真実
まるで不良品の人工声帯
あとは
黙殺されるのみ
セイレーンの抱く人は
ひとりふたりと
未明の海に溺れていく
此処は羅針盤の効かぬ沖
ほどけた帆布も
壊れたマストも
波がすべてを攫っていく
魔術的な人さらい
淫靡的な人ごろし
嗚呼、転覆の夜
嗚呼、転覆の夜
女に抱かれて人が死ぬ
どうでもいい
血液
射幸心
履きなれた思想
砂浜に無造作に落ちたコップ
獣脂を溶かした祈り
瑪瑙の煩悩を破り
現出したのは他人のかたまり
どうでもいい
どうでもいい
大事なのは大事な自分だけ
シワよせが来る自分だけ
さよならに向けて
千羽鶴を焼いた
悲しみが煙となった
その灰を吸って
私の行く末
もう駄目になりそう