異世界転生した俺は……
交差点で信号待ちをしていた俺、セイヤは居眠り運転のトラックに猛スピードで突っ込まれて、十七歳にして人生を終わらせた。
死んだ俺は俺を自覚する俺すらも消えて、なにもない存在になる筈だった。だが、『俺』はまだ存在していた。俺がこうして独り語りを出来ているのも、俺を認識できる俺がいるからだ。
今まで気にも留めていなかったが、俺は不思議な空間にいた。空間を色が泳いでいる。一体なんなんだ。俺はどうしてここにいる?
「やっと気が付いたかの?」
いつの間にか、目の前に長い髪をツインテールに結っている幼女が立っていた。それにしてもこの幼女、やたらと落ち着き払っていて幼女らしくない幼女だ。
「初めまして。儂は神じゃ」
この幼女、厨二病患者だった。どうみても六、七歳にしか見えないのに、厨二病を発症するとはレベルの高い幼女だ。
「儂の事、今厨二病だとか思ったじゃろ? 筒抜けじゃ。ほれ、これならどうじゃ?」
突然、可愛らしい幼女が威厳たっぷりなジジイに姿を変える。自分でも正気を疑うが、目の前でやられちゃ信じるしかない。
「アンタはジジイなのか幼女なのか、どっちなんだ?」
「ようやく喋ったと思えばそれか……。儂は神。決まった姿なんぞ無いわ。質問に無理矢理答えるなら、ジジイであり幼女でもある、という事かの」
変幻自在って事なのか……? なんか凄い事はわかった。一つ言うとしたら、呆れた口調で喋られるなら幼女の姿がよかった。でだ、とジジイが話に軌道修正をかける。
「セイヤ、お主は死んだ。それは覚えているか?」
「ああ。勿論だ」
あんな痛い思い、そうそう忘れられないし、もうしたくない。最期まで痛いし寒いしで最悪だった。誰だ、死ぬ前は楽になるって言った奴。
「本来はそこで魂さえ消えて、お主を構成するものは存在しなくなる。だが、それでは面白くないじゃろ? それで、気が向いたら賽子をふって一が出たら転生させているんじゃよ」
だいぶ話が見えてきた。つまり俺は、神の気まぐれとやらに巻き込まれたらしい。だがそれで転生出来るのなら儲けものだ。小説なんかじゃ、どんな人間でもチートな能力を手に入れ、ハーレムを作っていた。顔も頭も下の上、彼女いない歴イコール年齢の童貞君な俺からしたら、まるで夢のような話だ。
「最近の若者は話が早くて助かるの。で、転生先なんじゃが、二つから選べる。お主が今まで生きてきたこの世界と、剣と魔法のファンタジーな世界、どちらが良いかのう?」
「ファンタジーで!」
即答だった。剣と魔法の世界! なんて素晴らしい響きなんだ。
「そうか。ではもう直ぐに転生させるぞ。向こうでお主は生まれたての赤ん坊になるからの。それでは楽しんでくるといいわ」
ジジイがそう言うと、俺は強い光に包まれた。眩し過ぎて目を閉じてしまう。
次に目を開けたら、俺は知らない所にいた。視力が物凄く落ちていて、周りの様子がさっぱり分からない。それに体も動かしづらい。一瞬パニックになりかける俺だったが、転生される直前にジジイに言われた言葉を思い出す。生まれたての赤ん坊じゃ目が見えにくいのも、体が動かないのも仕方がない。
「んー、セイヤ君どうしたの?」
優しい声がして、不意に抱き上げられる。どうやら俺の名前は転生前と変わらないらしい。どうせならエドガーとかロキとかそんなイケメンっぽい名前がよかった。まあ、もっとダサい名前になるよりはマシだが。それにしても、これが俺の新しい母さんか。安心する甘い匂いだ。見えないがきっと美人なんだろう。
「眠れないのかなー?」
母さんが俺の背をぽんぽんと叩きながら、軽く体を揺する。それだけで赤ん坊の俺は眠たくなってきてしまう。これから俺はチートでハーレムな道を突き進むんだろう。そんな期待を胸に抱きながら俺は眠った。
月日は流れ、俺は七歳になった。チート能力とハーレム展開はまだ訪れていない。だが、周りに女の子はいなかったし、チートを発揮するような場面は全く無かったため、まあ良い。それより七歳になるまでに絶望した事が一つある。それは俺の顔面が平凡だったことだ。転生前と顔面偏差値的には変わらないが、母さんが超絶美人で、更に隣近所の人間が美男美女揃いだったせいで、前よりもブサメンに見える。まあ、小説ではブサメンでもハーレム展開になっているから気にしない事にする。そう、大事なのはハーレムだ。
この世界では七歳から学校に通う事になる。学校では戦闘術や魔法、冒険術等、色んな事を学べる。つまり、俺のチートを遺憾なく発揮できる場所だ。学校には女の子も沢山いるだろう。転生前も合わせると中身は二十四歳になるから、七歳の女の子には正直あんまり興味がないが、今の内から将来有望な女の子を選んでおくのもまた一興だ。
「はーい、それでは皆さん、今日は初めての剣術を学びますよー」
にこやかにそう声をかける若い女の先生。温和な雰囲気だが、ゴツい鎧を纏った彼女は幾つもの争いを勝ち抜いた凄腕の戦士らしい。剣術は実践によって成長する、というのが彼女の持論だ。だから授業は初っ端から生徒同士の手合わせが行われる事になった。今までは教室で冒険術の座学ばかりだったから、皆ワクワクしている。
俺の相手はクラスでも一番小さい男子。見るからに弱そうだ。これなら俺にある筈のチートを使わなくても楽に勝てそうだ。
「はい、これは訓練用の剣。切れはしないけれど、当たると少し痛いから気を付けてねー」
先生が一人一人に木刀のような物を手渡していく。ずっしりとしたその重みを手に感じた途端、俺はふと我に返る。……これを人に振り下ろすのか? こんな物が当たったら子供の力でも少し痛いじゃ済まないだろ。当たり所が悪かったら死んでしまう。
「それじゃ、始めっ!」
困惑していたら先生の合図を聞き逃してしまった。相手がそんな大きな隙を見逃してくれる筈がない。相手の男子はあっと言う間に距離を詰めると、躊躇無く木刀を振り下ろしてきた。ガッと鈍い音が体に響くのを聞きながら、俺は意識を手放した。
目を覚ましたら、先生が膝枕をして優しく頭を撫でてくれていた。
「セイヤ君、大丈夫?」
「大丈夫……です」
痛む頭を押さえながら起き上がる。美人な先生に膝枕して貰えるなんて、中々に嬉しいシチュエーションだが、足も鎧で包まれているため、寝心地は最悪だ。
遠くで子供の楽しそうな声が聞こえる。どうやら今は昼休みらしい。手合わせは朝だったから、大分気絶していたらしい。
「ねえ、セイヤ君。真剣な話してもいい?」
先生が急に真面目な顔になる。もしかして、先生は俺のチート能力に気付いたとか、そんな話だろうか?
「さっきの手合わせを見ていて確信したんだけどさ、セイヤ君は……剣術に向いてないよ。嫌、剣術だけじゃない。槍術も格闘技も、人を傷付けるものは皆向いてない」
先生の言葉に俺はカッとなる。
「嘘だっ! どこにそんな根拠があるんだよ!?」
「眼だよ。セイヤ君の眼は戦う者の眼じゃない」
「っ!?」
俺の眼を指し示す先生の眼の色は今まで見たことがないくらい暗く、冷たかった。あれが戦う者の眼だとすると、俺には一生出来ない。出来る筈がない。無理矢理にでも理解させられるような、そんな眼だった。
「大丈夫。戦えなくても回復魔法とか後方支援で活躍することも出来るよ」
先生は俺を優しく慰めながら、小さな水晶を取り出す。
「これは?」
「これは魔力の量と質を調べる水晶。本当はもっと後に教えるつもりだったんだけど、セイヤ君は特別だよ」
握って御覧、と先生が水晶を渡してくれる。……そうだ、所詮俺は平和な日本で生きてきた。戦いなんて危険な物に馴染める筈がない。だからきっと俺は魔法チートの持ち主なんだ! そう考えると少し元気が出てきた。俺はこれからの展開を考えながら、水晶をギュッと握った。
だが、いくら待っても水晶に変化が現れない。俺の計算だと、俺の魔力量に耐えきれなかった水晶が弾け飛ぶ筈だったんだが……。この水晶、壊れてるのか?
チラリと先生の様子を窺う。先生は有り得ない物を見たようなポカンとした顔をしていた。
「そんな……魔力が…………ない?」
それだけ聞くと十分だった。俺は水晶を投げ捨てると、その場から逃げ出した。先生の制止の声が聞こえたが、止まることなんて出来なかった。戦う事も出来ない。魔法も使えない。なら俺はどうすれば良い?
気が付いたら学校図書館の奥にいた。古い紙の香りとカビ臭さに満ちた静かな空間にいたら、少しずつだが落ち着いてきた。さっきはチートが無いことがわかって気が動転してしまっていたが、俺の望みはもう一つある。ハーレムだ。もしかしたら、無力な俺を強い女の子達が守ってくれるという展開かもしれない。男として弱いのはどうかと思うが、女の子に囲まれるならまあ良いだろう。すっかり元気になった俺は教室に戻ることにした。きっとクラスの女の子達が俺の事を心配しているだろう。
「それにしても、剣術の授業凄かったねー。セイヤ君だっけ?」
教室に入ろうとしたら、女の子達が俺の話を中でしているのが聞こえた。一体どんな事を言うのだろう? 俺は扉の近くで耳を傾ける。
「ああ、あのヘボ? 凄い弱かったよね」
「ホント、笑っちゃったわ」
「弱い男子とか有り得ないよねー」
彼女達のかしましい声を聞きながら、目の前が真っ暗になった。
色が泳ぐ不思議な空間。そこに心底楽しそうな声が響く。
「チートだのハーレムだの……転生した所で人間が変わる筈がないのにのう。有り得ない高望みをしては、現実に絶望する……これだからこの遊びは止められんのじゃ」