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咎魔女  作者: えいど
人魚姫
16/18

15


「……これが、俺の知る『人魚姫』の物語だ」


 そう締めくくられた物語に、セレンは首を大きくかしげた。


「その物語は、誰が書いたの?どうして、人魚姫と宰相しか知らない話しが…その流れだと、二人は亡くなったようだけど」

「いや。この後、宰相は国の漁師に助けられている。元々、この話は人魚姫セレーナが書いたものだ。結婚式まではセレーナが書き、その後は宰相が付け足した」


 ウォルフの補足を聞き、セレンはそっと目を閉じた。

 最後は宰相が都合よく書いたものかもしれないけれど、この話はきっと真実なんだろう。


「馬鹿だね、人魚姫は。子供じみた偽装で、騙せるわけないのに。それに、近衛兵に見つかっちゃってるしさ」


 その近衛兵は、王家の血筋を汲んだ傍系の婚約者だ。そして、今の王族の祖先でもある。人魚姫に捨てられたのが悔しかったのか、なんなのかは知らないが、人魚姫が人間の王子の為に掟を破ったことには変わりはない。


「なんか知りたかったはずなに、いざ知ると、やっぱりおとぎ話みたいで現実味がなくて…へえ、そうなんだー。ぐらいの感想しか思いつかないや」


 肩透かしを食らったような気分にセレンは苦笑して、ウォルフの手を握る。


「人魚姫の愚かな行動を嘆くより、あたしは、ウォルフとの別れの方が辛いみたい」


 おかしいね、と泣きながら笑ったセレンの涙は、円やかな頬に線を作って顎から離れ、真珠となって岩場に軽く跳ねた。

 その様子を見たウォルフは、歯を食いしばってセレンの白魚のような手を握りこむ。


「ねえ、ウォルフ。その後、宰相と王様はどうなったの?」

「宰相は、天寿を全うするまで王を支え続け、王は妻を娶り、妻子に囲まれこの世を去った」


 故人の遺志は推し量れないが、人魚姫の願いどおりにことは進んだのだとセレンは安心した。


「そう…王様が狼人間ってことは、ウォルフはその祖先でしょ?王子様なの?」

「いいや、祖先はそうだが、色々あって今は地方領主だ」

「そっか。やっぱり、あたしの予想は的中したってことね」


 嬉しそうに笑ったセレンは目隠しをしたまま立ち上がり、ゆっくりと数歩後ろに下がってウォルフと距離をとった。未だに二人の手は繋がれたままだ。


「ほんと、人魚が人間と関わるとロクなことがないね」

「そうだな」

「でも、あたしウォルフと出会えて、すごく楽しかった」

「俺も楽しかった」


 別れを惜しむように両手でお互いの手を取り、笑顔で一度強く握り合うとするりと離す。

 別れの抱擁も、口付けもなく、セレンは崖のふちまでウォルフに導いてもらった。その傷ついた足に、尖った岩場はナイフのように突き刺さる。


「じゃあ、真実を知った人魚は、海に戻るよ」

「ああ、気をつけて。達者でな」

「うん、」


 ウォルフに背を向けて目隠しを取ったセレンは、さざ波に揺れる月が海面を照らす幻想的な景色に、吐息を漏らした。瞬く星々を映し出す群青色の海は、まるで夜空の写し身のようで、セレンは夜に包まれた気分になる。


 そして、一息吸い込むと、振り返ることなく崖から飛び降りる。空中で一本の足になった肌にはマリンブルーの鱗が戻り始め、やがて尾びれを作った。


 海に戻る瞬間、身を反転して夜空を見上げると「さようなら」とも、「また」とも、言葉を交わさなかったウォルフの金色が、夜空に煌めいていた。


(泣きそうになるのを見られたくないから目隠しって、バレバレじゃない。バカだな……)


 ウォルフもセレンも、再会するつもりはなかった。セレンを海に戻したいだけなら、海に落としてしまえばそれですむ話だったのだ。けれども、ウォルフは真実をセレンに伝え、人間に関わると不幸になると言外に語った。

 そして、セレンはウォルフの願いを汲もうと思っていた。別れ以上に彼を悲しませるのは、本意ではない。


(でもね、ウォルフ。あなたが傍に居てくれって言ったら、あたしも、どんなに辛くても頑張ろうと思ってたよ……)



「さよなら。あたしの、王子様」



(最後くらい、名前を呼んでくれればよかったのに)



 人魚は、海に溶けるように姿を消していった。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆




 海に戻ったセレンは、海の魔女のもとに向かった。



「ひさしぶり。元気だった?」


 長い黒髪に包まれながら眠る魔女を揺り動かすと、気だるげな声が漏れた。


「んぅ、だれ………セレン?」


 しょぼつく目を擦りながら眠りを妨害した人物を見て、魔女は人魚の名前を小さく呼ぶ。


「帰ってきちゃった」

「真実は見つかったの?」

「うん。それを、伝えようと思って」


 最初のころと打って変わって友好的な態度に魔女は首をかしげ、まあいいかと気にしないことにした。


「そう、じゃあ、教えて。僕の知らないセレーナの物語を…」


 魔女が瞼を伏せてそいうと、セレンはゆっくりとウォルフから聞いた物語を話し始めた。時間は、いくらでもある…




「―…って感じだったよ。『裏切りの人魚姫』の真実は」


 全て話を聞き、魔女は閉じていた目をそっと開けた。


「……セレーナの願いは、叶ったのかな?」

「多分ね。愛した人間は結婚して穏やかに眠ったみたいだし、人魚姫も満足だったんじゃない?最期は海に還れたわけだし」

「そう、それならよかった……」


 セレンの返事に魔女は穏やかに笑ったが、それを拒むように黒い巨体が二人の間に割って入る。


「……全然よくねーよ。結局さ、お友達にいいように利用されて、騙されて、捨てられた、ってことだろ?あーあ、かわいそうで、ひとりぼっちな海の魔女」


 どこから嗅ぎつけたのか、使い魔は憎たらしく一句一句を切りながら、それに合わせるように意地の悪い鼻で魔女の体を押した。


「さ、鮫っ!?」

「鮫じゃねえよ!あんな魚類と一緒にすんじゃねえ、この小娘!!」


 かつて、食べられそうになった記憶にセレンは恐怖に身を引くと、使い魔はそのギラついた歯を間近で見せつけながら、外見に似合わないハスキーなアルト声でドスを聞かせて悪態をつく。


「だって、その姿、まるっきり鮫じゃないか!!」


 岩壁に張り付くセレンの反応がよかったのか、使い魔はニタァ、と喜んだ。


「鮫じゃねえよ。アイツらに、こんな知性はねえだろ?なあ、小娘」


 じりじりと逃げ回るセレンを追いかけ、楽しそうにゲラゲラとはしゃぐ使い魔に、魔女は大きなため息をはく。

 そして次の瞬間、魔女が指を鳴らすと、たちまち使い魔はオレンジ色のフウセンウオになった。


「あ、てめえ、またこんな姿にしやがって!!」

「…ぷっ」


 甲高い声で抗議する使い魔に、セレンは懸命にひれを動かすその体を手の中に収める。


「確かに、これは鮫ではないね」

「馬鹿にしてんのか、この小娘がぁ!!!」


 巻き舌でドスを効かせても、笑いが止まらないセレンには全く通じなかったし、逆に可愛らしく感じていた。


「ねえ、この子、なんなの?」

「それは、僕の使い魔だよ」


 手のひらに吸盤で張り付く使い魔を差し出してセレンが尋ねると、魔女は興味なさそうに一瞥する。


「へえ、魔女の使い魔なんだ。すごいね、」

「タダの使い魔じゃねえ、咎魔女を監視する優秀な使い魔だぜ」


 褒められたことに気をよくしたのか、使い魔は胸を張ってセレンに自慢をした。


「咎魔女って?」

「そこの、海の魔女のことだよ。爪弾き者の、独りで寂しい、引きこもりの根暗魔女さ」


 ニヤニヤと小さいひれで我関せずな魔女を指さし、使い魔は唄うような調子で告げる。そして、セレンは素朴な疑問に首を傾げた。


「独り?」

「ああ、海底の洞窟で、孤独に身を縮めてる、独りぼっちの可哀想な魔女」


 自分で言っていて楽しくなったのか、左右に身を揺らしながら使い魔は笑う。


「じゃあ、あなたは?」

「はあ?」

「あなたが、いるじゃん。いつも一緒なんでしょ?だったら、それは1人とは言わないよ」


 馬鹿だな、と明るく笑うセレンに、使い魔はその身を真っ赤にしました。


「別に、あんな根暗、一緒に居たいわけじゃねえよ!この馬鹿人魚!!」

「でも、一緒に居るんでしょ?」

「そうだけど、だけど、あいつは独りだ!!」


 自分でも、そう言ってんだからな!と魔女を睨みつける使い魔に、セレンは目を見開きました。

 そして、なんだ、と言って笑いを漏らす。


「構ってもらえないから、そんな意地悪をしてるの?素直じゃないね」


 クスクスと笑いながら真っ赤になって震える使い魔を指でつつき、大窯をかき混ぜる魔女に声をかけた。


「ねえ、この子、名前は何て言うの?」

「名前?使い魔だよ」

「…それは、名前じゃないよ」


 当然のように答える魔女に、セレンは呆れたように苦笑する。


「じゃあ、あなたの名前は?」

「僕の名前は、マーリン。セレーナがつけてくれたんだ」

「…そう、じゃあ、マーリン。あなたも、この子に名前を付けてあげたら?名前がないと不便だよ」

「べ、べつに、名前なんていらねえよ!勝手に話を進めるんじゃねえ」


 使い魔は勝手に進んでいく話に、セレンの手のひらから離れ、すべらかな額に何度も体当たりで抗議した。


「使い魔も、そう言ってるよ?」

「……マーリンって、すかたんだよね」


 憐れむような目を使い魔に向けて、セレンはマーリンを非難した。


「ほら、ちゃんと名前を考えて!あたしが、不便なの!!」


 ほらほらと急かされ、マーリンは大人しくセレンの肩に居る使い魔を一度見て、顎に手を添えて考え始めた。その様子をそわそわと待つ使い魔にセレンは笑いかけ、名づけの瞬間を今か今かと待つ。


「……ファミリアー・スピリッツのミリア」

「ミリア?ファミリアー・スピリッツって、……」


 使い魔って意味じゃなかったっけ?とセレンは続けようとしたが、体を桃色に染めてもじもじする使い魔の姿に、野暮なことはやめようと口をつぐんだ。


(ちょっと、安直だけど、本人が喜んでるしいいよね?それに、ファミリア―は『親しい』って意味だし。マーリンは分かってて付けたのかな?)


「ミリア…」


 小さく自分の名前を呟いて、舞い上がりそうな使い魔に、セレンはニコリと笑う。


「よかったね、ミリア」

「全然よくねえよ!適当な名前をつけやがって!!」


 顔を背けるミリアに、嬉しいくせに。とセレンは素直じゃない使い魔を微笑ましく思った。


「なら、違う名前を考えようか?」

「…仕方ないから、ミリアって呼ばれてやる」


 マーリンの申し出に、ミリアは唇を尖らせてセレンの髪の中に隠れ、小さく消え入りそうな声で了承をする。マーリンは「そう」と言って、興味を失ったように再び大窯に視線を戻した。


(マーリンてば、やっぱりすかたん。あの様子じゃあ、この子の気持ち、全然分かってないな)


「よかったね、ミリア」


 もう一度セレンがお祝いを言うと、ミリアはもぞもぞと身じろぐ。


(こんなに分かりやすくて、可愛いのに)


 項の吸盤の感触をくすぐったく感じながら、セレンは髪の上から小さくかわいい使い魔を優しく撫でた。




 そして、セレンとミリアは毎日のように海で難破船探しなどをして遊び、海の魔女の家でしばらく厄介になることになった。





あと1話で完結予定です。




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