【断片】（夏希の夢）

昔語りに云う。

お彼岸には、霊が帰ってくる。よいものもよくないものも帰ってくる。暖かな灯にはよいものが帰ってくる。くれぐれも、「ひとつ火」を灯してはいけない。よくないものが帰ってくるから。

夏希は朱鷺子に、夢の話をした。

「なぜ、そんなところで火を灯したの？」

「わからへん。気ぃついたら、学校にいて……」

「踊り場でライターの炎を見て……なんか変なもの見た感じして……家のベッドで目が覚めてん……」

「変な夢……」

「夢と違うかも知れへん……制服のスカートにメチャメチャ錆びたライターが入ってたから……着替える時に、気ついてんけど。」

その夢は、なぜか日付がはっきりしていた。秋のお彼岸の中日だった。

夏希は、去年のその日に、N高校の西階段３Fと４Fの間にある踊り場で、落とし物をした。そのときには、日がすっかり暮れていた。なぜか校舎の電灯は全て消えていた。

夏希が落としたのは、持っていた懐中電灯だった。その衝撃でなのか、懐中電灯の明かりが消えた。あたりは闇に包まれた。

「灯。」

夏希は、なぜか制服のスカートのポケットに、ライターが入っていることを思い出した。これは、女子トイレの個室に誰かが忘れていったものだった。

「なんで学校で……」

夏希は関わりになりたくはなかったが、ふと好奇心と冒険心のようなものを感じて、その錆びたライターをポケットに入れたのだった。

夏希はライターを灯した。闇の中で小さな炎が、妖しく揺れた。夏希はふと寒気を感じた。

ぞくっ……ぞくっ……ぞくっ。

なんだろう。

炎が「ぼゎっ」と、膨らんだ。熱くはなかった。炎は青白くゆっくりと揺れるように灯っていた。

夏希は不思議にも、こんなに美しい炎はもう見ることはないだろうなと思った。

知らずに、闇に灯したそれは「ひとつ火」だった。

その火影に、ちらっとなにかが見えたように思った。夏希は見てはいけないと思った。それは髪の長い少女のように見えた……。

一部、文言修正しました。