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6 僕と妃と発明家

 もりもり食べて眠って沢山汗をかいた妃は、あっという間に快癒した。

 そして少し時間が経って段々暑くなる頃には、すくすくと育った妃はもう七ヶ月だ。


「ぶ……おぉおっ」

「はぅっ、はぅっ、はぅっ」

「……手足で、動こう、としているのかなぁ」

「寝返りコロコロで動いた方が早いっすね」


 僕は乳姉妹と一緒に、短い手足を動かし、あちこちに転がって動こうとする妃を見ていた。……本当に育ったもんだ。出会ったばかりの頃は、寝っ転がる事しかできなかったのに。

 

「あぶっ」

「ぶ……うぁ」


 あ、妃がおすわりした。もう自分一人で長い時間座ってられるようになっているな。一方乳姉妹ちゃんの方は、もう少し時間がかかるのか、うつ伏せでバタバタしている。

 でも物を素早く掴んだり、何かを注意深く目で追ったりするのは、妃より乳姉妹ちゃんの方が上手いんだよね。子供の個人差って、結構あるものなんだなぁ。


「うぁ、うぁ」

「ん? 妃、僕にだっこして欲しいのかい?」

「うぁいっ」

「そうかそうか~」


 それから、段々人に区別をつけだすようになっている。これが人見知りって事か。

 妃は知らない人を見て泣くような事は無いけど、やっぱり僕や乳母殿、それに飛刃のような身近な者達に、だっこされたがる。

 特に僕に。僕に。大事な事だから二度言った。

 うん、やっぱり僕が一番だよね妃?


「うぁい~、うぁい~」

「……あら、お妃様。……よろしいでしょうか、陛下?」

「…………勿論だ乳母殿。もうすぐ政務の時間だからね。妃をよろしく頼むよ」


 ……に、二番でもいいんだよ妃。……やっぱり色々と柔らかい方が抱かれ心地も良いのかい? 確かに乳母殿は、がっちりしつつも福々しく柔らかそうなおばちゃんだけどさ。


「うぁう、うあぅ~」

「ああ、乳姉妹。あなたもなの? ……少し待ちなさい。今お妃様をあやして差し上げているのですから」

「ふぁう~……」


 あ、乳姉妹ちゃんがあぶれた。妃を優先してくれるのは乳母殿の職務だから仕方ないとはいえ、まだ赤ちゃんの乳姉妹ちゃんにはちょっと可哀想なんだよな。


「乳母殿、構わないから乳姉妹を一緒に抱っこしてしてくれ。乳母殿なら二人くらい大丈夫だろう?」

「いいえ、なりませぬ陛下」


 あれ、駄目かな?


「二人とも抱く事も、運ぶ事もできます。ですが僅かなりとも、事故が起こる可能性は高まります。私はお妃様の乳母として、お妃様を出来る限り安全に、お育て申し上げなければなりません」

「……なるほど」


 確かにそれはそうだ。


「ほーら乳姉妹ちゃん、オイラが高い高いしてあげるっすよ~」

「……うー……」


 よし、そのまま機嫌を取れ飛刃。

 ……とはいえ、そんな母親の事情なんかまだ判らないのが赤ちゃんというものだ。

 乳兄弟や乳姉妹は、そのまま共に育った主に仕える場合が多く、乳姉妹ちゃんにもできる事なら、身近で育った友人として妃を支えてもらいたいんだ。諍いの原因になっても嫌だし、なるべく、妃のせいで寂しい思いはさせたくない。

 ……あ、そういえば。


「……飛刃、お前母親を僕に独占されて寂しくなかったか?」


 飛刃の母は飛刃が乳離れして、しばらくしてから僕の乳母になったが、僕より年上とはいえ、勿論飛刃もまだ小さかった。


「いや~ほら、オイラ美幼児でしたし。皇宮務めの若い下女の姉ちゃん達大勢に、可愛がられて育ったっすから~」


 ……お前に聞いた僕が馬鹿だったよ。

 というかそうか。確かに後宮に男は生殖機能を奪われた宦官しかいなかったが、皇宮には通いの下女から(女奴隷)まで、普通の女達がそこそこ仕えていたっけ。


「ちなみに下女姉ちゃん達は、全体的に鍛えられてて身体に張りがある上薄着だったんで、おっぱいの感触が最高っしたっ」

「本当にどうでもいい事を覚えているんだな、お前」

「小さい頃の記憶は、案外残ってるもんっすよ。ね~乳姉妹ちゃん?」

「うー……」


 うーん、そうか……。

 だったらなおのこと、妃と乳姉妹ちゃんが、二人一緒に乳母殿にあやしてもらえる方法を、考えたいものだな……。



「そうっすねぇ……じゃあ陛下、こいつの力を借りてみたらどうっすか?」


 結局良い考えも浮かばなかったので、政務の中休みに飛刃の知恵を借りてみると、飛刃は少し部屋を外した後に、誰かを連れて政務室に戻って来た。


「こ、国王陛下?! ごごっご尊顔を拝し、恐悦至極に、ぞ、存じ……ますですっ」


 そう言って僕の前に平伏したのは、クシャクシャな黒髪と多少日に焼けているが帝国民に多い黄色い肌を傷だらけにした、ガリガリに痩せた小男だった。

 年の頃は……乳母殿より少し下、くらいか? 見た感じ僕より背が低い。……ちょっと好感を感じたが、誰だこいつ?


「オイラの部下っす」

「部下いたのかお前?」

「ちょっ陛下、一応国王付近衛武官長の将軍位権限として、国王近衛の武将達は、全員オイラの部下っすよ?!」

「それはあくまで、名目上じゃないか」

「だから、こいつは本当にオイラの部下っす。オイラの俸禄の中から、こいつの給金を支払ってるっす」

「へぇー……」

「きょ、よえつしご……きょうえつしご……しご……」

「ああ、もういい。許す、発言も許すから顔を上げろ」


 小男はビクリと震えるが、飛刃に促され恐る恐る顔を上げる。

 ……特に不細工でも美形でもない。あえて言うなら貧相、の一言がぴったりな、本当に弱そうな小男だ。

 ……飛刃の部下と言うが、こいつに何ができるというんだ? 実は見かけによらず、飛刃ばりの戦武者だったりするのか? すごい傷だらけだし。


「あ、多分陛下が考えてる事は間違ってるっす。コイツの傷跡は、大体コイツの仕事中に付いた、自業自得のものっす」

「じ、実験の時に……色々と……お、お見苦しい……」

「良く判らんが……実験とは?」

 

 は、はい。と、どもりながら小男は、自己紹介する。


「わ、私は飛刃様の部下で、発明家にございます」

「……発明家」


 発明……とはなんだろう? あまり聞かない言葉だ。


「ぐ、具体的に申し上げますと、飛刃様の武具や、暗器(隠し武器)などの設計、製作などを、さ、させていただき……」

「ああ、鍛冶屋なのか?」

「い、いえ……その他、こ、攻城戦用の投石機や、携帯治療用具なども……」

「……建築家……医者……でもない。……つまり、色々作っているという事だな?」

「は、ははっ。その通りでございます」


 へぇ~。そういうのを生業にしている者もいるのか。それは知らなかった。


「こいつは、科谷の戦で拾ったんっすよ」


 飛刃は若干十五歳にして、地方有力者である父親に付いて帝国勢力として戦争に行き、半年で三つもの戦(内乱)を転戦し、大手柄を立てて帰ってきた。

 その若武者ぶりは父帝直々にお褒めの言葉をいただく程で、お前にはもったいない武将だと、兄達から嫌味を言われた事もあったっけ。

 ――とにかく、科谷の戦というのはその内の一つで、確か谷を根城にしていた山賊が一大勢力となり、その山賊と帝国有力者の衝突で、内乱に発展したものだった。


「あの時こいつは、科谷を含むあそこら一帯を治める貴族に仕えていた従者だったんっすけど、クビになってぼんやり道端に座り込んでいたっす」

「馘首? 何故だ?」

「ご、御主人様の戦い方では犠牲が増えます。この新兵器を作れば……と、お勧めしたら、む、鞭打ちの末、放り出されました」

「……だろうな」


 やり方が間違ってると従者に真っ向から言われて、はいそうですかと聞く貴族もいないだろう。


「で、そんなコイツをオイラが見つけて、設計図を見せてもらって用途を聞くと、ものすごく使えそうだったんで、親父の金で、一番簡単な奴を作らせて、戦で使ってみたっす」

「れ、連射弓機です!! あれほどまでに使いこなして下さる御主人様に出会えて、あの子も喜んでいました!! あの子は飛刃様に嫁ぐために生まれて来たのです!!」

「武器っす。武器っすからね陛下。オイラは独身っす」


 あの子って武器か……まぁとにかく。


「使える男だったんだな?」

「とても使える男でしたっす。オイラの家の大手柄と数々の大将首は、こいつの道具無しではありえなかったっす」

「私も飛刃様に拾われたこそ、数々の娘息子達を生み出す事ができたのです!! あの子達が戦場で活躍する日々が、どれほど誇らしかったか!! 感謝申し上げます!!」


 物騒な子沢山男だ。


「……とにかく、そんな発明男に相談するという事は、だ」

「はい。乳母殿がお妃様と乳姉妹ちゃんを一緒にあやせる道具とか、こいつに作らせたらどうかと思ったんっすよ」


 道具……ねぇ?


「それは素晴らしいお考えです!! 流石は飛刃様!!」


 こいつ、自分の領域の話題になると、数倍雄弁になるな。


「そんな事が、できるのか発明家?」

「お任せ下さいませ国王陛下!! 発明道具とは、人間にのみ許された叡智の結晶!! できない事などないのです!! いいえ!! 今できない事でもきっと、いつか遠い未来に成し遂げてくれる発明家がおりましょう!! 道具とはそれほど奥深く万能なものなのです!!」

「こいついつか、発明品で人間が空飛ぶ事だってできるはずだって言ってるんすよ」


 なるほど、わからん。

 わからんが……まぁ、一度試してみるのもよいかもしれないな。駄目元で。


「じゃあ、頼む」

「お任せ下さいませ!! 御婦人お一人が使いこなす小児用育児補助道具でございますね!! ――よし、試作品の戦車を改造して、防御力を高め、反撃に転じる場合……」

「おいちょっと待て」


 乳母殿がいつ何に反撃するんだよ。流石に王宮に賊なんか入ってこないぞ。


「陛下にっすかね?」

「お前になら許すよ!! むしろ女の子にちょっかいかけて反撃されろ!!」

「まぁまぁ、腕は立つ男っすから」


 腕以外の何か大切なものを、頭から色々取りこぼして見えるのは気のせいだろうか……。



 ――という事で、発明家が数日で作ってきた。

 なんでも元々製作していた戦車(!!)を改造して試験を繰り返したもの、らしい。


「強度と防御力は、保証いたします」

「……あら、これは……よろしいですわね」

「ばぶーっ」

「きゃーいっ」


 不穏な発明家が作ってたのは、赤ちゃん二人を乗せて、後ろから乳母殿が引く、小型の四輪車だった。あえて言うなら――乳母の車かっ。


「ここの部分。座席の下のバネにより、揺れを吸収いたします」


 柔らかい敷布の座席に、開閉可能な日差し避けが付いた車に揃って乗った妃と乳姉妹は、乳母殿を見上げてご機嫌だった。

 一緒に抱っこは無理だと言った乳母殿も、これなら二人一緒に乗せて散歩させてやれると、丸顔に笑顔を浮かべている。


「さ、さらに、です。これを……こう、しますと」


 乳母車の前に取り付けられたのは、小さな鈴がいくつも入った籠だった。車の揺れで、鈴がコロコロと転がる度可愛い音を立てて、赤ちゃん達に好評だ。


「……すごくまともじゃないか」

「だから、腕は良い男なんっすよ。まぁ、それ以外は色々駄目な男っすけどね」

「お前が言うな。……だが気に入ったぞ発明家、よくやった」

「お、お褒めに与り……きょ、きょうえつ、しごく」


 発明家は照れたようにそう言うと、会った時と同じように平伏した。


「お妃様、乳姉妹。これでお城の中を軽く、お散歩しましょうか?」

「あぁーいっ」

「うぁーいっ」


 とても楽しそうな、二人仲良く座っている妃と乳姉妹ちゃん。

 ……うんうん、よかったね。発明家には何か褒美をやらないといけないな。

 という事で、僕もちょっとあの車の側に行ってみようか。


「妃~、よかったね面白い車に乗れて」

「うぁ~いっ。あ~いっ」


 ほほう、この鈴は銅で出来ているのか。風鈴のような、きれいな音だな……。


「……あら? ……発明家殿、この出っ張りはなんですか?」

「は、はい乳母殿。この出っ張りはですね、緊急用でしてね。……まず上のこれをぐっと押しますと、この車がしっかり地面に停止して、簡単に動かなくなりまして……」


 ――おや、鈴籠の下に付いている、この扉のようなものはなんだろう? ……妃達は横の扉から中に入ったけど、前からも出入りできるって事かな……。


「――そしてこの下の出っ張りを押すとですね、ええと前からですね、こう――」

「前? ――待て発明家!! 今前に陛下がしゃがみ込んでて――」

「え――」


 発明家がその出っ張り(ボタン)を押すのと。

 飛刃が制止しようとするのと。


「ぼっ――ごほぉおおおおおお?!!!」


 ――そして僕を、前の扉から飛び出して来た巨大拳型(パンチ)が殴り付けるのは、ほぼ同時だった。

 吹っ飛び、背後の壁にぶつかる衝撃が炸裂し、意識が遠のいていく。


「陛下ぁああ?!!」

「えっ、あれっ、前に誰かいたんですか?!!」

「きゃああ?!! 陛下!! だだ誰か!! 誰かある!!」

「あぷぅ?!」

「ぶぅう?!」


 ……だから……反撃は……いらないって……ぐふっ。



 数日後、発明家が仕込んでいた数十個の反撃装置を取り外し妃達の使用を認めた僕だが――僕が『褒美は貴様の首だ』と発明家に伝えたのは、言うまでもない。


「陛下!! 今度こそ安全な!! 安全な戦乳母車を!! これが全身剣山形態です!!」

「いるかぁ!!」



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