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終幕後 ――妃十五歳②

 国王陛下が『彼女』をこの国に連れ帰ったきっかけは、二月ほど前。

 このトルキア王国の北東を、騎馬民族、兇奴の一団が脅かしているという報告が、伝令兵から伝わった事だった。

 兇奴とは、隆武帝国から北方に広がる高原で遊牧生活を送る部族の、隆武帝国での総称だ。

 トルキアの国境を脅かした一団は、部族間の権力争いにでも負けて、隆武北部から西域へと流れて来たのだろう、と宰相が分析していた。


―とはいえ国の貴重な実りを略奪し、奴隷にせんと民を奪おうとしている蛮族の侵攻を、断じて見逃すわけにはいくまい。……威光を示すべき戦となるな。余も出よう―


 報告を聞いた陛下は、宰相や将軍達との会合後そうおっしゃると、自ら兵を率い戦う御親征を決意なさった。

 その効果をよく理解していた宰相と将軍達は、陛下を必ずお守りすると誓った上で、陛下の御言葉に従った。


―へっ陛下っ! 戦かっ?! 私も戦えるぞ一緒に行くっ!! 行くったら行くっ!!―

―だめっ。妃が何てことをかんがえるんだいっ―

―あいたっ―


 突然の事に少なからず狼狽し、一緒に行くと言った私の頭にいつもの調子でゲンコツを落とした陛下は、やがて苦笑すると、今度は手の平で私の頭に軽く触れながら、言葉を続けられた。


―大丈夫。蛮族などにこの国を荒らさせはしないし、ちゃんと帰ってくるつもりだ―

―や、約束だぞ陛下っ―

―……断言は難しいかな―

―陛下っ―

―だって戦場だしね。負ける要素は今の所ないけど、私が討ち取られる可能性はある―

―そっ……そんな―

―……妃、そうなっても君がいれば、この国は大丈夫だ―

―え……―

―君はこのトルキアの、正当な王家嫡流。……君と、隆武帝国皇族の血が受け継がれた王が産まれれる事で、この国は隆武帝国での立場を確立できる。……つまり、皇族血筋は私じゃなくてもいいんだ―

―なっ!! なんて事を言うんだ陛下!!―

―事実だ―


 想像もできない事を、陛下は私におっしゃった。


―妃、もし私に何かあったら、私の事はすぐに忘れるんだよ―

―な……っ―

―忘れて、次の国王(おっと)と結ばれ男児を成し、この国を護りなさい。それがこの国の王族として産まれた、君の責務だ―

―そんなの絶対嫌だっ―


 想像もしたくなかった事を言う陛下に、私は駄々をこねた。


―私の夫は陛下だけだっ。私に男児が必要なら、今陛下が残して下されば良いっ!!―

―え……―


 思わぬ言葉だったのか、陛下は驚いたような顔をされた。


―……い、いいいいや、まま、まだ君は、ここっ、子供っ、だろうっ?―

―もう子供じゃないっ!! 先日子を産める身体になったし、準備万端ばっちこいだっ―

―そっ……っっ!! ………………ああもうっ!! 今は無理。忙しいから絶対無理無理っ!!―

―陛下っ!!―

―か、帰ったらねっ。そういう事は帰ったら相談しようっ!!―

―逃げたぁーっ?!―


 ……そしてそのまま逃げられてしまったっ!!

 くそうっ、誘い方かっ?! 子供残そうじゃ駄目だったのかっ?! 直接的表現は避けて、それとなく優雅風雅で艶やかに、『雨に濡れた梨の花は、今宵貴方様に暖められたいと存じます』とか言えば良かったのかっ?! 

 私にはそっちの方が恥ずかしいがなっ!!

 ヤらないか? アッー! の方が、簡単でいいじゃないかっ!!


―待て陛下ーっ!!―

―行ってくるよ妃ーっ!! 私が帰るまでに、少しは淑女らしくなってなさいーっ!!―

子種(タネ)おいてけーっ!!―

―淑女はそんな事言わないーっ!!―


 結局捕まえようとしたが逃げ切られ、陛下は戦地に行ってしまった。

 思わず追いかけようとしたら、乳姉妹と赤毛君に捕まってしまう。どうやら陛下に頼まれていたらしい。くそう。


―御妃様、ちゃんと淑女らしく待っていたら、陛下も御妃様を見直しますわ―

―俺もそう思うんで、暴れないで下さい王妃様、……逃げる王妃様を追いかけまわしていた、祖父の腰がそろそろ限界です―

―こっ腰がっ……腰がぁっ―


 強引について行ってしまおうかと一瞬だけ思ったが、当然そんな事ができるわけもなく。ついでに、私のせいで悪化してしまったらしい腰痛持ちの宰相を、これ以上イジメるわけにもいかず……私は大人しく、王城で陛下の帰りを待つ事になった。


―……陛下、今元気かなぁ? ……怪我してないかなぁ……病気してないかなぁ―

―大丈夫ですわ御妃様。国王陛下が御崩御あそばされましたら、真っ先に伝令の早馬が城へと戻って来ますから―

―怖い事言うな乳姉妹ぃ!! ……お、お前だって、飛刃が心配だろう?―

―……………………ええ、まぁ―

―なにその間?―

―ほら、刺繍の御手が止まっておられますわよ御妃様。陛下が魅了されてしまうような、淑女になるのでございましょう?―

―うぅっ!! 判っているっ!! 淑女になって陛下をおびき寄せるのだっ!!― 


 そして私は宰相の補佐の下国王代理で公務をこなす一方、淑女修行に励んだ。

 ……子供だからまだ早いというならば、一人前の大人、つまり立派な女となっていれば問題無いだろうと思ったからだ。


―他の夫なんて、想像もできない。私は陛下の妃として、陛下の御子を産みたい―

―……御妃様―

―だから……一刻も早く、陛下の理性がブチ切れるような淑女となってやるのだっ!!―

―淑女はブチ切れなんて、言わないと思いますけどね……でもまぁ、そのお気持ちはご立派にございます、御妃様―


 そんな私にちょくちょく毒舌を挟みつつも、乳姉妹は付き合ってくれた。

 私は女児学校の復習のように刺繍や料理に励みつつ、髪を結い上げ簪で飾り、紅を差し、大袖三重の淑やかな深衣で装う事にも慣れていった。


―とても、お美しくあられます。御妃様―

―そっ、そうか乳姉妹っ? この姿なら、陛下を一撃で落とせるほどだろうかっ?―

―……御妃様が言うと、別の意味で陛下が一撃必殺されそうですが―

―違うっ―

―存じております。……ええ、今の御妃様ならば、どんな堅物もイチコロです―


 もしかしたら、普段し慣れない事に励む事で、遠い戦地におられる陛下への不安や心配から、少しだけ目を逸らしたかったのかもしれない。

 絶対に帰ってくる。そう何度も心の中で呟きながら、私は陛下の留守を守る者達皆と、王城で陛下達の帰還を待った。

 そして。


―我が国の、大勝利でございます御妃様。国王陛下もご無事と、早馬が参りました―

―本当か宰相っ?!―


 陛下達が出兵してから約一月後、吉報があった。


―国王陛下率いる護国軍は、国境の防衛砦にて兇奴の一団を殲滅。一団の長及び指導者達を討ち取り、逃げ帰った兵及び、その場にいた、女子供達の捕縛にも成功したとの事でございます―

―我が方の被害は?―

―死者八名、重軽傷者三十三名。……この規模の戦闘としては、最小限の損害と言えましょう―

―そうか、本当に大勝利だったんだな……王妃として、全ての将兵に謝意を送ろう。よくぞ国王陛下に従い、働いてくれた―


 後から聞いた所によると、十四、五年がかりで強化されたトルキア北東の砦及びその周辺一帯には、乳姉妹の義父こと発明家が研究を重ねて考案した、様々な対騎馬罠が仕掛けられていたんだそうだ。

 そして何も知らずに、罠地獄へと攻め込んできた騎馬戦闘民族は、見事それらにひっかかり、散々な被害を被ってしまったらしい。

 ……特に西南方から取り寄せたという、火の薬とやらを使った罠は……かかった人馬を粉々に爆殺させたとか。

 ――発明家、どんな武将よりももしかしたら、敵に回すと恐ろしい男かもしれない。


―それで……国王陛下は?―

―そうそう城を空けるわけにもいきませぬしな。後々の蛮族対策もございますし、十日後にはお戻りになられるそうです―

―そ、そうか……っ―


 それはそれとして、陛下が戻られるという宰相の言葉に、私は深い歓びと安堵を覚えてため息をついた。

 戦地に残る兵や、死傷者の事を思えばそう喜んでばかりもいられないが、それでも嬉しいものは嬉しい。


―十日後か……― 

―そして、お帰りの際には、客人をお連れとの事です―

―御客人?―

―なんでも撃退した蛮族に捕らえられておられた、高貴な身分の方々とか。……ふむ?―

―そうか。それは丁重にお迎えしなくてはならないな。……宰相、私もがんばるぞ―

―御意。国王陛下がおられぬ今、御妃様が城主代理にございますからな。国王陛下をお迎えするまでがんばりましょうぞ―

―うんっ―


 それから陛下が帰ってくるまでの十日間、私は宰相と共に陛下達を出迎える支度をしながら過ごした。


―よしっ、陛下がお好きな羊肉のスープを作るっ―

―羊を捌く所から始めようとしないで下さいませ御妃様―

―沢山作ったら、みんなに出せるではないかっ。……飛刃も、好きだったよな?―

―……つまり、手伝えと?―

―がんばろうなっ―

―はぁ……やれやれでございます―


 宰相がまとめた留守中の報告書を理解できるよう呼んだり、料理をしたり、陛下の私室を整えたり、陛下の好きな香を焚いたり。

 一日一日が無性に遅く、でもそれがどこか楽しく、私は着々と準備を進めながら、陛下の帰りを待った。


―どうだ乳姉妹?―

―はい、とても慎ましやかで、それでいて王妃のお立場に相応しい、お美しい装いにございます―


 そして当日。私は精一杯王妃らしく、静々と城門で陛下の帰りを待った。


―……ど、どうだ乳姉妹?―

―しつこくなければ、とてもお美しい装いにございます御妃様―

―う、うぅ……―

―……心配など、するだけ損でございます。今の御妃様は、立派な淑女にございます―


 乳姉妹の言葉で、不規則に胸は高鳴り顔は強張る。――私は、急に緊張していた。

 考えてみれば、陛下と一月も離れた事など無かった。

 これほどまでに待ちわびて、自分の意志できちんと装って、陛下をお迎えした事も無かった。

 ――そんな人物(キャラ)じゃないだろ君は。と、陛下に笑われてしまったらどうしよう。そんな事を私は本気で悩んだ。気が付くと、顔が熱い。


―御妃様―

―たっ!! たたいちょうふたちしまいっ!! わたしはせっこうちょうたっ!!―

―……緊張のあまり、濁音が抜けてます―

―なっ……なんたと……っ?―

―……あ、もう遅いです―

―え――っ―


 慌てて振り返ると同時に、国王陛下御帰還という先触れの声が響き、戦勝の銅鑼や太鼓、笛の音が大きく近づいてくる。


―……陛下っ―

―……妃―


 大勢の武将達を従えた、一際豪奢な馬車から、鎧姿の陛下が降りてこられた。

 疲労は隠せなかったが怪我も無く、しっかりとした御姿に私は安心した。

 近寄っていいだろうかと、私は陛下を見つめた。公の場では、許可が無くては駆け寄ることもできない。 


―…………ああ、ただいま―

―……っ?―


 ――がっ、陛下に視線を逸らされ、私は衝撃を受けたっ。

 まさかの冷淡な態度だっっ。

 やっぱりこの恰好は似合ってないのか、それとも出がけにやらかした追いかけっこが尾を引いているのかと、私は焦る。


―……―

―……―


 衝撃に強張る私と、視線を私に向けながらも、やはりどこか強張った様子の陛下が睨み合う事数秒。


―……………ああ、そうだ妃―

―は、はい陛下―


 気まずい沈黙を破ったのは、陛下だった。

 よかった、と気分が明るくなった私は、陛下が呼び寄せた一団に、目を見張る。


―西のハティア王国は知っているね? その国王の妹姫ティーナー殿と、侍女達だ。……妹姫、彼女が私の妃虎娘です―

―お初にお目にかかりますわ、トルキア国王妃様。……妾はティーナー、侍女共々、国王陛下に大恩を受けた者。……ああトルキア国王陛下。この御恩をどのような御礼で返せば良いのか、妾は判りませぬ―

―お気になさらず。当然の事をしたまでです―


 陛下の傍らに呼び寄せられたのは、黒い髪と瞳を持つ、小柄で華奢な美しい姫君だった。その姫君を取り囲むようにして、長身の侍女達が控えている。

 

―……ようこそトルキア王国においでくださいました、ティーナー様。トルキア国王陛下昂令様が妻、虎娘と申します―


 陛下のお側に立つその姿に、何故かぐっと胃が重くなるような痛みを覚えながら、私は陛下と客人を迎えた。

 ……客人を連れ帰ってくるって、聞いていたのに。それが若く美しい女性だったというだけで……その女性が陛下の隣にいるというだけで、こんな気分になるなんて。私も大概、心が狭かったようだ。


―あっ……あぁ……怖い……っ―

―……え?―

―どうされました、妹姫殿?―


 突然、姫君が裾で顔を覆い陛下へと倒れかかった。


―お……御妃様の鋭い目が……野蛮な馬賊の王を思い出し……ああ……身が震え……っ―


 ……まさか、この嫉妬が顔に出ていたのか? ……なんという事か。


―妹姫殿、妃は優しい娘です。そのような事をおっしゃいますな―

―ああ……お許し下さい国王陛下。妾は……妾はただ恐ろしいのです。……貴方様に支えていただかなければ……呼吸もできぬほど……ああ……恐ろしや……―

―ああ、おいたわしや姫様っ―

―姫様ぁっ―


 楚々とした様子で国王陛下の腕に抱き留められる姫殿と、その姿に涙を浮かべる侍女達。物語の一場面のように、美しく――はある。


―……侍女なら、主人の一人くらい支えたらどうなんですかねぇ―

―乳姉妹、よせ―


 冷めきった乳姉妹の小声に慌てて私は気を取り直し、顔を上げた。

 自国の王と王に支えられる異国の王妹の様子には、周囲の兵たちも、出迎えの家臣達も何も言えず、次の行動に入れないようだった。

 これではいけないと、私は一際明るく返す。


―これは失礼いたしましたティーナー様っ。私は生来気が強いようで、目の力も強くなってしまっておるのですっ。野生の子虎のようだと、良く言われておりましたっ―

―ああ、そうだね妃―


 私の言葉に陛下も反応してくれた。そうでしたな、と家臣や武将達からも和やかな小声が聞こえてきたのを見計らって、陛下が言葉を続ける。


―大変な奇禍に遭われ、さぞお疲れでしょう。王妹殿。どうぞ我が国でゆるりとお休み下さい―

―……陛下、陛下は妾の側にいて下さりますか?―

―客人の心が落ち着くならば、喜んで―


 陛下が姫君を客人と断言する事で、周囲の者達の対応も決まったらしい。


―客人達を部屋にご案内しよう。女官長、案内を頼む―

―おおせのままに、国王陛下―

―陛下っ陛下は一緒にいらしてはくれませぬのかっ?―

―……落ち着かれませぬか?―

―知らない方ばかりで恐ろしいのですっ。……どうかお側に……っ―

―トルキア国王陛下、姫様はとても恐ろしい目に遭われたのですっ―

―どうかこのか弱き御方を、お見捨てにならないで下さいませっ―

―お側にいていただけるだけで、姫様はご安心なさいますっ―


 わかった、と小さく頷き陛下は私へと視線を移し言う。


―……すまない妃。宴席に武将の皆を案内してくれ。私もすぐに行く―

―……おおせのままに、国王陛下―


 私が断れるはずもない。

 陛下と、陛下に抱きかかえられるようにして寄り添う姫君とすれ違い、私は王妃の役目である労いの言葉をかけるため、、兵士達の元へと向かう。


―……まぁ、なんてしっかりとした、()()()()()


 侍女の誰かか? ……すれ違い様小さく聞こえてきた声に、乳姉妹が舌打ちし、やはり小さく返す。


―黙れ狐狸精(尻軽女)が―


 隆武の罵言葉が判る兵達は、乳姉妹の言葉に思わず吹き出していた。こらこら。



 こうして、トルキア王城には帰ってきた陛下と共に、客人が来た。

 蛮族に襲われ誘拐されたという姫君は、とてもか弱い方らしく、心の安定を求めるように、国王陛下に懐いておられるようだった。

 そして一方、私の事は怖いと怯えていた。

 ……勿論、思う所が無い訳ではないが、これでも王妃だ。客人を迎えるため、友好的になろうと何度も試みてみたのだが。


―ティーナー殿、ご気分はいかがですか?―

―あ……っ! ご気分……なんて……あの恐ろしい野蛮人共の夢を見て、苦しくて苦しくて……仕方がありませんのに……っ―

―そ、そうですか。それは失礼いたした。……では……そうだ、美味しい果物をお持ちしましょうか?―

―食欲なんて……とてもございませんわっ……見るからに肌の色艶の良い王妃様には、お判りいただけないでしょうね……っ―

―で、では……楽などはいかがでしょう? 好きな曲をお弾きしますよ?―

―ああ、王妃様は楽を嗜まれますのね……なんの苦労も無い、その白い手で……なんとお幸せな事でしょう……幸せな御自分を、誇りたくもなりますわよねぇ……っ―

―……―


 ……なんというか、言いたい事が全く伝わらず、だめだった。


―お加減はいかがですか王妹君?―

―国王陛下っ……ああ、お許し下さいませっお許し下さいませぇっ―

―ど、どうされたのです?―

―妾は……王妃様の御不興を買ってしまったのですっ―

―えっ? ティーナー様何を……―

―いいえいいえ王妃様!! 妾が全て悪いのです!! 王妃様が妾を疎ましく思われても仕方がないのです。ああ、国王陛下。王妃様は何も悪くないのです。王妃様の言葉に傷付く妾がいけないのです……っ―

―……―

―……―


 その様子に、国王陛下も戸惑い顔で私を見た。


―……妃、王妹殿のお世話は他の女官達にさせるから、もう行っていい―

―っ……陛下、私は―――

―いいから。……あとは、私が彼女を落ち着かせよう―


 そして、彼女の側にはいかなくて良いと、言われてしまったのだった。

 ……もしかして、陛下は私が彼女をイジメたと思われたんだろうか?

 ……確かに、嫉妬はした。

 ……でもそんな失礼な事……するつもりなんかなかったのに……。

 ……陛下……。



 ――そしてしばらく時は過ぎ、今に至る。

 あの日以来、国王陛下はできる限り王妹君の側におられるようになり、その際私を遠ざけられるようになった。


―当然ですわ。姫様の美しさならば―

―確かトルキアの国王陛下は、隆武帝国に住む同族のような、黒髪黒目で清楚可憐な令嬢をお好みとか―

―それでは王妃様は……ねぇ?―


 ……王妹君の侍女達の話を立ち聞きしてしまったが、言い返す事はできなかった。

 だって本当の事だ。私は黒い髪でも瞳でもないし、背も高い。剣術や馬術を学んでいるから、体躯ががっしりともしている。 

 ……誰が美しいと言おうと、陛下にとって私は美しい女ではないのかもしれない。

 ……あの姫君のような女性にこそ、陛下は心を惹かれるのかもしれない。


 それならば……私は。


「……陛下と姫君は、仲良くおなりだな」

「怖気が走る光景ですね」

「乳姉妹」


 窓から見える光景をばっさり切り捨てる乳姉妹は、やや強気は表情で私を見返し、私にしか聞こえない小声で言う。


「……どうなさるおつもりですか?」

「……どう、とは?」

「どう行動なさるおつもりなのですか? 御妃様 ……あの紅粉塗れの年増婆を、このまま国王陛下の横にのさばらせておかれるつもりですかっ?」

「そんな風に言うな。……一応、付き合いのある近隣国の王族だぞ。それに美人だ」

「御妃様の足下にも及びません」

「……ありがとう」

「っ……そんなお顔をなさらないで下さいっ。断じてお世辞でも欲目でもございませんっ」


 乳姉妹の可愛い顔が、苦しそうに歪んだ。

 ……乳姉妹は私の歓びや痛みを、いつも自分の歓びや痛みとして感じてくれる。……それが嬉しい反面、今は申し訳無い。


「……乳姉妹、私は王妃として動く。……陛下の御意志を確かめてみる」

「御妃様……」


 ……それでもやっぱり、国の顔である王妃である以上、恥ずかしい真似はできない。


「……私は国王の妻。……一番目の妻なのだ。……国王陛下がもし、王妹君に御好意を感じておられるのならば……この城に妻の一人としてお迎えしたいと言われるならば、それは喜んでさしあげなくてはならん」


 後宮の美女三千人と噂される隆武の皇室は、そういうものなのだ。

 ……その流れをくむこの王室の妃が、傷付いてはならない。


「……それでよろしいのですか?」

「……ああ。赤ん坊の頃から今まで、充分過ぎる程陛下は私に愛情をかけてくださったのだ。……これ以上贅沢を言うと、罰が当たる」

「……」


 ……笑って、陛下の御意志を確認するのだ。


「……御妃様」

「……なんだ?」


 ふと、優しい乳姉妹の手が私の頬に触れる。


「――そんな面白い顔芸状態で言われましても、説得力がありませんわ」

「顔芸言うなぁー?!!」


 堪えきれない涙を流しながら、全力で踏ん張って歯を食いしばって強張っている私の顔は、確かに面白く芸人面のように歪んでいるだろうけどなっ!!


「御妃様」

「なんだよっ、笑うなら笑えーっ」

「いいえ、笑いません。――御妃様は、お綺麗です。……御姿も、御心も」

「っ……乳姉妹……」


 ……そのくせ、不意打ちでそんな事言ってくれるんだからな。


「……乳姉妹……いつも、ありがとうなっ」

「乳姉妹ですから」


 私には、そんなお前が今一番可愛く見えたぞ乳姉妹っ。 

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