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終幕後 ――乳姉妹十歳③

 ――さて、わたしと御妃様が通う女児学校は、基本的に隆武帝国女子の教養を学ぶ場所です。

 ですから読み書きや簡単な計算も教えていただきますが、主な授業はやはり、隆武の良家の嫁の条件である礼儀作法、機織り、裁縫、刺繍、琴瑟、料理、そして詩文の基本です。

 特に裁縫と刺繍は、家族のためにもなり、いざという時の内職技術、つまり手に職にもなる重要科目だと、女老師(教師)様もよくおっしゃっております。

 というわけで。


「――まぁ、素晴らしいですよっ。いつもながら、なんて鮮やかな鳳凰のお刺繍なのでしょうっ」

「おーっほっほっほっ。当然ですわ女老師様っ。わたくしにかかれば、この程度造作もない事なのですっ」

「うわぁ……」

「すごいわねぇ」


 お裁縫が得意な子は、学級内でもちょっとした英雄(ヒーロー)扱いです。


「この斜め交差刺し(クロスステッチ)は、わたくしの御祖母様直伝ですわっ。少し分厚い糸を使う事で、要所要所を華やかに演出する事ができますのよっ」

「へぇっ、すごいなっ」


 特に御妃様のお友達であるお嬢様は、大変手先が器用で、いつも素晴らしい宿題を提出して、見物しているわたし達に、刺繍のコツを教えて下さいます。

 夢は御自分の花嫁衣装に、花婿様とお揃いの刺繍をする事だとか。やっぱりかわいい方ですね。


「……すごいな、ではありませんわよ虎娘。あなたも少し、がんばりなさいっ」

「うんっ、がんばってるぞっ」

「が、がんばって……いますの? それ?」


 ―― 一方御妃様はといえば。


「……虎娘様、こちらは……その……?」

「馬ですっ、女老師様っ」

「う、馬……」

「はいっ。走ってる馬を刺繍しましたっ」

「……馬」

「……馬?」

「……馬……の妖怪?」

「え? 蟹じゃない?」

「ヒラメかもっ」

「……呪われてデコボコになった蛇っぽい何か?」

「……走ってるというより……高い所から転がり落ちてる謎の怪物?」


 刺繍の宿題を提出する度に、教室の皆で『これはなんぞ?』と首を捻り、謎々(クイズ)大会になってしまう……なんというか、大変個性的な腕前です。


「こ、この辺りが、し……しっぽ……でしょうか?」

「はいっ女老師様。風になびく様を出すために、がんばりましたっ」

「……あ、はい。……しっぽ……見えない事も……ない……かもしれない? ……前のラクダに比べれば…………」


 決して不真面目な出来ではなく、非常に一生懸命やっているのが作品から判るためか、刺繍講義の女老師様も、毎度評価に困っておられるようです。


「……国王陛下の御召し物に……この化け物(クリーチャー)が刺繍されたら……うーん……」

「え? 女老師様、何かおっしゃいましたかっ?」

「えっ、い、いいえ虎娘様、なんでもありませんっ。ええと、そうですね。今度はもっと、図案を丁寧に書いてみてはいかがでしょうか?」

「はい、判りました女老師様っ」

「……がんばってくださいね。本気で」


 なお、この妖艶な東方美女である女老師様は、御妃様の事を赤ちゃんの頃からご存じなのだと、国王陛下からお聞きしました。

 なんでも、女老師様の家で開催されていた幼児遊戯場チャイルドプレイルームで、御妃様とわたしも遊んだ事があるのだとか。

 流石に覚えていませんが、今もこんなにお綺麗な女老師様です。十年前はさぞ、美少女だったのでしょう。

 ……まさか呂将軍、口説いてないでしょうね? 女老師様は現在人妻ですし、想像すると相当気まずいんですが……。


「どうかしましたか? 次は貴女ですよ」

「え? あ、はい」


 などとつまらない事を想像している内に、わたしの提出順が回ってきました。

 わたしの刺繍の腕は、というと……。


「……はい、よろしい。大変丁寧な出来ですよ」

「ありがとうございます、女老師様」


 女老師様がほっとするほど、極普通の出来です。いえ、丁寧にやってますので、そこは評価加算らしいですが。


「乳姉妹の刺繍は花かっ、いつもながら、ちゃんとしてるなっ」

「ええ、安心して見ていられる仕事ぶりですわ。――虎娘、貴女も御自分の乳姉妹を見習って、しっかりなさいませっ」


 ……そんなに持ち上げられるような事ではないのですが。特別得意でもないので、丁寧にやっているというだけです。

 わたしは全科目この通りで、特別苦手なものはありませんが、突出して優れたものもありません。見事に凡庸です。


「うわっ、この小さい花模様、可愛いなっ。今度図案を教えてくれ乳姉妹っ」

「はい、虎娘様。一緒に刺しましょう」

「うんっ」


 そんなわたしは、御妃様が少し羨ましいです。

 御妃様は確かに苦手科目はとことん苦手で、宿題を持ち帰る度国王陛下に『大丈夫なのかこの子……』と大変心配されてしまう方ですが、得意教科となれば他の追随を許さず、女老師様達すら太刀打ちできません。

 御妃様の得意科目、それは。


「えーと、次は移動教室だったよな乳姉妹」

「はい、虎娘様。――音楽室で、琴瑟の授業ですよ」


 詩歌と、琴瑟です。



「北方有佳人 ――北方に佳人有り

 絶世面獨立 ――絶世にして独り立つ

 一顧傾人城 ――一顧すれば人の城を傾け

 再顧傾人國 ――再顧すれば人の国を傾く

 寧不知傾城興傾國 ――寧ぞ傾城と傾国とを知らざらんや

 佳人難再得 ――佳人は再びは得難し――……」(※李延年 歌)


 しなやかな指が琴弦を弾き、滑らかな音色と共に、うっとりするほど流暢な詩歌が、御妃様の口から発せられます。


「おぉ……お見事です虎娘様!! 韻の発音、琴瑟の合わせ、共に完璧です!!」


 聞き入っていた楽担当の女老師様も、お世辞抜きで手放しの称賛です。

 国王陛下直伝の詩歌と琴瑟において、御妃様の右に出る者は、学校には存在しません。


「へへんっ、中々の出来だったろ?」

「貴女って家事は全然ですのに、こういう殿方も好んで学ぶような芸術や学問は、よくできますのね虎娘」

「令が教えてくれたんだっ」

「まぁ、教養人でいらっしゃるのね。……もしかして貴女の許婚は、かなり良家のご出身なのかしら?」


 お友達がおっしゃる通り、機織り、裁縫、刺繍、料理といった家政教養は壊滅的な御妃様ですが、逆に琴瑟、語学、『詩経』『書経』といった学問教養に関しては、同じ年頃の男児すら太刀打ちできないほど優秀です。


「令の護衛には、剣と馬術も教わってるぞっ」

「と、虎娘っ、貴女一体どこを目指してらっしゃるの?! 女は官吏にも武官にもなれませんのよっ?!」

「判ってるぞっ。でも何事も学んでおくのは、悪い事じゃないと思うんだっ」


 更に呂将軍から教わった剣術と馬術も、呂将軍曰く、『陛下よりずっと才能がある』逸材だそうです。

 もし御妃様が、隆武帝国で男児として生まれていれば、さぞその才気を家人達から喜ばれ、栄誉栄達の期待がかかった事でしょう。

 ……誰だ今、生まれる性別を間違ったとか言ったヤツは?


「はぅ……虎娘ちゃんすてき……」

「なんで女の子なのかしら……もったいないわ」

「あんな素敵な子……男の子の中に、いるのかしら……」


 夢見がちな、学友のお嬢さん方でしたか。

 御妃様、あまりお嬢様方の男性基準を引き上げないでやってください。世の中優秀な美丈夫ばかりではないのですから。


「ん? なんか言ったか乳姉妹」

「ええ、こっそりと。お気になさらず」

「そっか?」



 御妃様とわたしの女児学校生活は、だいたいこのような様子です。

 色々と問題(トラブル)が起きたりもしますが、大体は楽しく、そしてのんびり穏やかな時間を過ごしています。

 男児学校のように、修学に過度な期待をかけられているわけでもありませんので、ギスギスと競争しないせいもあるのかもしれませんね。選良(エリート)の地位が大変に高い隆武帝国の男児は、実に大変そうです。


「――あっ男児達が蹴鞠をやってるぞっ。いいなっ」

「虎娘っ、貴女何を言ってるのっ。殿方の遊びに興味を持つなんてはしたないっ」


 ――とはいえ、放課後元気いっぱいに遊んでいる男の子達の学校生活も、やっぱり楽しそうですけれど。


「ええ~楽しそうじゃないかっ。おっと、あっちは独楽回しだっ」

「まぁ虎娘っ、良家の子女は、こうして室内でそっと遊ぶものなのですわよっ」

「そうね、お話したり、刺繍したり」

「お人形遊びしたり。ね?」

「そうね」


 学校が終わり、家に帰る迎えが来るまでの空き時間が、男児女児共に学生達の自由時間です。

 校舎が違う学校に通う男児達は、授業が終わった途端学校の中庭に飛び出して遊んでいますが、わたし達の学級の女児達は、窓辺でそんな男児達をこっそり眺めながら、おしゃべりするのが放課後の楽しみです。


「まぁ、その簪素敵ね。作ったの?」

「ええ。西国から取り寄せた石で、お父様が職人に作らせたの」

「そういえば、この国と西の大秦国との通商路が安定してから、西の商人達が大勢商売に来て、珍しいものも沢山入ってるって母様が言ってた」

「なるほど、平和な国はやっぱり、絹の道商人達の拠点になるんだなっ」

「でもね、盗賊とかも入って来るから、危なくもなるんだってお父さん言ってたの。治安の悪化ってやつね」

「大丈夫よっ。この国の軍隊はとっても精強なんだからっ」

「呂将軍とか、一騎当千なんでしょっ? それにとってもとっても、美男子だってっ」

「そうなのっ」

「きゃあ~っ」


 他愛ないおしゃべりと言いつつ、話題は国に入ってくる流通品や治安、有力者の動向の噂まで多岐に渡り、聞いていると意外にも勉強になるのが侮れません。さすがお嬢様達のための学校です。


「……」

「ん? どうしたんだっ、珍しく男児が遊んでる中庭を、じっと見てるじゃないかっ?」

「え? ――ちっ、違いますわよ虎娘っ!! わ、わたくしは誰も、捜してなんか……」

「えっ、捜す?」

「捜すって誰々~?」

「まさか男の子っ?」

「きゃ~っ」


 そんなお嬢様達が一番食い付くのは、やはり恋の話です。

 勿論ここは男女七歳にして席を同じゅうせず、を常識とする隆武帝国領ですから、直接的なあれこれはありませんが、少女達にとって異性との恋愛は、想像するだけで刺激的なのです。


「ちちっ、違いますわっ。わたくしはただ、先日助けていただいた方も、学校に通っていらっしゃるとおっしゃっておられましたから……」

「助けられたのっ?」

「何々っ? 山賊かっ? 海賊かっ? 盗賊かっ?」

「武人様に、格好良く助けてもらったのっ?」


 そんな恋に恋する女の子達にとって絶好のネタが、御妃様のお友達から提供されてしまいました。


「違いますわっ。そんな大仰なものではありませんのっ」


 突然の質問攻めに驚きながらも、御妃様のお友達は、黒髪を揺らして薄桃色の頬を隠しつつ、小さな声で説明します。


「せ、先日、わたくしが乗った馬車が、壊れた石畳と砂に挟まってしまって、立ち往生してしまいましたの。……下男達が押したのですが、砂に深く潜り込んでしてしまっていて、全然動かなくて。……そうしたら、その方が通りがかって、下男と一緒に車を押して、無事舗装路まで戻してくださいましたのよ。……立派な身なりの方でしたのに、御召し物を汚してしまわれて……」


 おお、それは派手ではありませんが、格好良い。

 少女達もその光景を想像したのか、きゃあと楽しそうな声を上げました。


「そうかっ……私がいたら、一緒に車を押してやれたんだけどなっ」


 御妃様だけ視点がズレてますが。まぁいいか。


「どんな人どんな人っ?」

「ど、どんな……と言われましても。……長身の殿方でしたわよ」

「顔はっ? 恰好いいのっ?」

「そ、そうですわね……整っていて、少し怖そうなお顔立ちでしたけれど、笑うととてもお優しそうで……」

「髪はっ?」

「とても鮮やかな、赤毛でしたわね」

「年はっ?」

「ええと、男児学校の最高学年とおっしゃってましたから、わたくりよりも三つか四つ年上……くらいかしら」


 淀みなく堪える御妃様のお友達。どうやら助けられた殿方が、相当印象に残っておられるようです。勿論良い意味で。

 ……しかしそれにしても。


「長身の、ちょっと目つきの悪い、赤毛の男児学校最高学年……」

「あら、どうなさったの虎娘?」


 ああ、気付かれましたか。

 御妃様はぐっと窓辺に乗り出して、しばらく男子達が遊んでいる中庭を眺めると、やがてある男子に目を止め、手を振ります。


「おーいっおーいっ!!」

「ちょ?!! 虎娘!!! 何をなさっていますの!!! おやめなさいはしたない!!!」

「なぁなぁ、助けてくれた殿方って、もしかしてこの男子?」

「……え?」

「――おき……じゃない虎娘様っ、仮にも良家の子女が、大声で呼びかけるものじゃありませんよっ」

「――っ!!」


 駆け寄って来た男子を見たお友達は、驚愕に硬直してしまいました。どうやら当たりでしたか。 


「なぁなぁ赤毛君っ、君先日かっこいい事したかっ?」

「は? 虎娘様、なんですかそれは?」

「赤毛の若様。先日、砂で立ち往生していた車を助けられませんでしたか?」

「ああ、乳姉妹もいたか。……そういえばそんな事もあったかな?」


 それがどうした? と首を傾げるのは、長い赤髪を隆武風にまとめた、背の高い少年。――宰相閣下の御孫様である、通称赤毛君です。

 御妃様とわたしにしょっちゅう泣かされていたチョイ悪幼児はスクスク背が伸び、順調にいっぱしの青年へと成長しております。


「かっこいいぞ赤毛君っ」

「なっ!! ……なな、何を言ってるんですか……虎娘様は……まったく」


 御妃様に困らされるのは、相変わらずのようですがね。おおちょろいちょろい。


「赤毛君ほら、この子だろっ」

「え?」

「ひっ?!! こここ虎娘!!! わたくしそんないきなりっ!!!」

「ああ、貴女でしたか」

「ひゃい?!!」

「あれから馬車は、大丈夫でしたか?」

「……は、はい。……その、あの時は真にご迷惑をおかけしまして……」

「いえ、困っている方のお手伝いする事ができて、よかったですよ」

「っ……あ、ありがとうございます」


 あらやだ。赤毛君ったら好青年です。


「私と乳姉妹の友達なんだっ。助けてくれてありがとうな、赤毛君っ」

「そうだったんですか。……お嬢さん、この二人と仲良くしてくれて、ありがとうございます。見ての通りのお転婆娘達ですが、悪い子達じゃないんで、これからも仲良くしてやって下さい」


 御妃様の後ろで、真っ赤になってコクコク頷くお友達と、微笑みかける赤毛君。

 一応美少年と美少女で、絵巻物風といえなくもない一幕に、少し離れたお嬢様達も大興奮です。


「おーいっ」

「あっと。友人が呼んでるので、失礼しますよ。……虎娘様、いいかげん女らしくしないと、令様が本気で怒ってしまいますよ」

「うむー、令は優しいのに、怒りっぽいんだよな」

「それは、貴女が怒らせてるんです。……まったく、ではこれで」


 最後にちょっとした嫌味を残して、赤毛君は去って行きました。


「――ここっこここここここここ虎娘っっっっっ!!!」


 と同時に、後ろから御妃様に詰め寄るお友達。


「うん? なんだ?」

「ああああ貴女、あの方とどどどどういう?!! おおおお知り合いですの?!!」

「うん。小さい頃は乳姉妹と一緒に、よく赤毛君で遊んだんだぞっ」


 そこは『赤毛君で』ではなく、『赤毛君と』ではないでしょうか御妃様?


「小さい頃遊んだ……つまり幼なじみですのね?!!」


 あ、細かい事は気にしないんですねお友達。


「うん。そういえばそうだな」

「ねっ妬ましいですわ虎娘っ。あの方とずっと一緒でしたなんてっ」

「そっか?」

「そうですわよっ。と、とても素敵な方ではありませんのっ。判りませんのっ?!」

「んー……? よく判らないな?」


 ……赤毛君、憐れ。

 充分格好いい範疇に入るはずですが、国王陛下から官吏、武官、女官達に至るまで、城には美形が多いですからね。御妃様は見慣れてしまってます。……あの呂将軍も、御姿だけなら城内屈指の麗しさですし。 


「それに私には令がいるからなっ」

「そ、そうですわね。……許婚がいながら、他の殿方を気にするのはふしだらですわね」


 御妃様はそんな難しい事は考えてないと思いますが、お友達は納得されたようで、真剣な表情で御妃様を見上げます。


「こ、虎娘っ。あ、あのあのっ、あの方の事、もう少し詳しく、教えていただけないかしらっ?」

「赤毛君の事か?」

「そそ、そう……ですわ。好きなものとか、今気になさっていること、とか……そういうのを、幼なじみの貴女や乳姉妹なら、ご存じじゃなくて?」

「すきなもの、気にしてる事かぁ。……うーん……」


 うーん……あまり詳細な個人情報は駄目ですが、その程度ならば、何か気の効いた事を教えて差し上げたいものです。顔真っ赤にして、かわいいですし。


「うーんと、うーんと、そうだな~」

「な、なにかご存じですの? 虎娘……」


 御妃様も、真剣ですね……。


「――あっ、あったぞっ。赤毛君が気にしてる事っ」

「な、なんですの、それは?」

「えっとなっ、赤毛君はな――」


 何を選択(セレクト)しましたか、御妃様?


「――禿げるぞっ」

「――は?」


 ――げ? 


「あのなっ、赤毛君の髪なっ、祖父である宰相(丸ハゲ)の髪とそっくりなんだってっ。だからな、それに気付いた赤毛君は、自分もいずれ禿げるって、すごく気にしてるんだっ」

「――」


 御妃様。確かにそれは、彼が気にしてる重要案件ではありますが。


「――虎娘のばかばかばかばかばかぁああああああっ」

「えぇっ?! とっておきの情報だったが、駄目だったか?!」


 恋する乙女にとっては、知りたくなかった情報だと思います。


「禿げませんわー!! あの方は宰相様のようにピッカーにはならないんですのよー!!」

「そ、そんなに宰相のピッカーを嫌わなくてもいいじゃないかっ。灯りが反射して、部屋が少し明るくなるんだぞっ」


 更に全然嬉しくない情報の追加です。


「やめてぇええええ!! あの方がハゲなんて!! 丸ハゲなんて!! お気の毒すぎますわ!!」

「なんでそんなに嫌がるんだっ? 長髪だろうと丸ハゲだろうと天辺ハゲだろうと中途半端ハゲだろうと、赤毛君は赤毛君じゃないかっ」

 

 全然関係ありませんが、丸ハゲになってしまったら、赤毛君という通称は使えませんね御妃様。


「それはそうですけど!! そういう事ではありませんのよ!!」

「そうなのか?」

「あ、貴女だってもし『令』様が丸ハゲになってしまったら、切ないでしょうっ?!」

「そんな事はないぞっ。髪があろうとなかろうと、令は令だっ。令が丸ハゲになるというならば、私は丸ハゲの令を応援するぞっ」


 何故だ、良い事言ってるはずなのに、これを聞いた国王陛下が更に落ち込みそうな気がするのは?


「もーもーっ、虎娘は乙女心が判ってませんわーっ」

「良く判らないが、判らないならば学ぶべきだろうなっ、教えてくれっ」


 ポコポコと御妃様の頭を叩くお友達と、果てしなくすれ違いながらも一生懸命な御妃様。

 ――本人達は大真面目なのでしょうが、ついその奇妙な光景に、他のお嬢様達からも楽しそうな苦笑が漏れ聞こえます。

 所詮、箸が転がってもおかしい年頃ですもの。そりゃおかしいですよね。……ぷっ。


「――女達が騒いでるぜっ」

「真っ赤な顔して騒いでるぞっ。猿山の猿だっ」


 ――ん?


「男見て騒いでるぞっ」

「女のくせに、いやらしーっ」

「……っ」


 妙な声に窓の外を見ると、頭の悪そうな数人の男子が、こちらを指さして笑っていました。うっわ、あのみっともない恰好。どっちが猿でしょう。


「なんだあれ?」


 くっだらない。と御妃様とわたしは男子たちの子供(ガキ)っぽさに呆れるだけでしたが、そもそもガラの悪い子達には慣れてないお嬢様方は、困り顔です。

 特に自分の事を言われたのだと気付いた、御妃様のお友達は、真っ赤な顔で泣きそうです。


「なっ、なんですの貴方達はっ」


 あっ、その対応は良くないですお友達。


「ひゅーっ、色気付いた女が怒ったぞーっ」

「いやらしー女が怒ったぞーっ」

「さっきの男と、いやらしーことをしたいんだろーっ」

「いやらしーっ、いやらしーっ」

「っ……や、やめてっ!!」


 美少女に相手にされたのが嬉しかったのか(この年頃の男子は、異性を気にしつつそれを表に出したら馬鹿にするという、非常に面倒臭い性質になってますから)、男子たちは更にこちらを囃し立てます。


「……おい、やめろお前達。私の友達が嫌がってる」

「へーんだっ、色気女の友達は、男女ーっ」

「男みたいな恰好しやがって、生意気なんだよー女のくせにっ」

「やーい色気ブスーっ。泣くともーっとブスブスだぞーっ」

「男女と、泣き虫ブースッ」


 ……うっわーこいつら、十年くらい経ってから思い出したら、恥ずかしさに転げ回りたくなりそうな黒歴史を、着々と積み上げてるなぁ。


「いや……やめてぇ……っ」


 とはいえ、これ以上はお友達が可哀想です。

 ここは一つ、女子の男子討伐呪文、『老師様(せんせー)っ!! 男子がーっ!!』を発動してやりますか。覚悟してろよ、悪童共――……。


「――ていっ!!」

「ほげっ?!」


 え?! ――と思った瞬間、机の上の絵巻物を悪童その一にぶつけた御妃様が窓から飛び出し、悪童その二を蹴っ飛ばしていました。

 ――って?!! えぇええ?!!


「おき――虎娘様!! 何を?!!」

「こ、虎娘?!!」

「なっなにすんだ男女ぁ!!」

「お、女のくせに!! 男に逆らう気かよっ!!」

「……黙れ」

「……っ」


 ひっ、と男子達から声が漏れました。

 御妃様――すごく怒ってますっ。


「よくも……私の友達を、泣かしたな!! お前達も泣かせてやる!!」

「なんだ――」


 と、の声を発する前に、男の子の横っ面が、御妃様の平手で吹っ飛びました。――お、御妃様強いっ。って言ってる場合じゃない!!


「こ――こいつ!!」

「女のくせに生意気だぞ!!」

「お前も泣かせてやる!!」

「虎娘やめてー!! わたくしのせいで喧嘩なんてー!!」

「お止め下さい虎娘様!! 男子と喧嘩など――」

「てぃやああ!!」


 なのに混じり合って飛び交う大声は、やがて周囲にも伝染し、教室と中庭は大混乱になってしまいます!! ――御妃様をお止めしなくてはっ!!


「だっ駄目です虎娘さ――きゃっ」

「女は引っ込んでろっ」


 それなのに、慌てて御妃様を止めようと中庭に降りるも、あえなく大柄な男子に突き飛ばされ。


「乳姉妹っ!! 貴様ぁ!!」

「え――ぎゃっ!!」

「お、お前らやめろ!! 何している!!」

「女老師様ー!! 虎娘ちゃんと乳姉妹ちゃんがー!!」


 そのまま無様にも身が竦んでしまった私は、より激昂して男子数名と大喧嘩になってしまった御妃様を、お守りする事も、お止めする事もできなかったのでした――。



 ……ああ、やっぱり私なんかじゃ……。

※中国名詩選上 岩波文庫 松枝茂夫編

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