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終幕後 ――閑話 国王と護衛

 妃達が登校した、少し後。


「……最近実感したんだ飛刃。……相手と話ができるって事は、相手に話の意図が正確に伝わるって事じゃなかったんだな……」


 予定よりもずっと早い時間に叩き起こされた国王は、身支度を調え、簡素な朝餉を給仕もいない人払いした食堂で摂りながらそう言うと、疲れたように座っていた椅子に身を預け、深く嘆息した。


「お疲れっすねぇ陛下」


 国王が人払いした部屋に、唯一在ることを許された呂飛刃が、苦笑混じりに言う。


「寝起きで、溜まっていた疲れが倍増したんだよ。……なぁ。……一体どこの国に、春画片手に夫の【パオーン】の大きさを確かめに来る王妃がいるんだろうな……」

「この国の王妃様が、今朝やらかしたっすね。ご愁傷様っす」

「……もう嘆いていいのか、笑っていいのか判らない……」

「端で見ている分には、笑えたっすけどね。あはははは」

「不敬罪って覚えてるかこの野郎?」

「いやっすねぇ。オイラは忠義の徒っすよ~国王陛下。国王御夫妻の仲睦まじさを、この通り喜んでいるっすから~」


 寝不足で充血した目でギロリと睨み付けてくる国王にそう返し、国王の後ろに立つ飛刃は、緊張感の無いニヤケ顔で笑う。

 ――秀でた容貌のせいで、それが甘い微笑に見えるのが更に腹立たしく、国王は内心で『こいつが若くしてハゲますように』と隆武の人気(メジャー)神元始天尊に祈ってから、朝餉を再開した。

 とはいえ。


「……確かに、私と妃の仲は悪くないだろうよ。……だが私は、あの子が今後何をしてくるのか、さっぱり判らない」


 今の国王は、朝餉や悪友じみた乳兄弟よりもずっと、自分の妃の動向が気になっていた。

 

「……私はあの子に、そう難しい事を言ったつもりじゃなかったんだ」 

「ん? もしかして、陛下が御妃様に、何かおっしゃったんすか?」

「ああ。……あの子はまだ子供だ。元気に走り回ったり、学校に通って友達と遊んだりするのを、止める気はない。……だがこのままの無自覚なお転婆娘では、いけないと思った」

「無自覚っすか?」

「ああ。……私は昨日妃に、『そろそろ君にも、王妃としての自覚を持って欲しい』と言ったんだよ」

「……王妃としての、自覚……」

「妃は――」


―そうか……判ったぞ陛下っ。陛下が言う通り、私は王妃として自覚し行動しようっ―


「――と快諾してくれたんだ」

「……あー……もしかして陛下、それって」


 想像がついて苦笑する飛刃の前で、国王は朝餉用の箸を置くと、頭を抱える。


「想像もしなかったんだ……妃が――王妃の自覚=子作りの下準備と受け取るなんて、私だって思わなかったんだ!!」

「あはははははっ」


 飛刃は爆笑した。


「なるほど~、だからこその朝の大騒ぎだったっすかぁ。いや~間違っちゃいないけど、かなりの斜め上解釈っすねぇそれっ」

「そんなつもりじゃなかったんだよ!! いやそりゃ、いずれはとは思っているけど、そんなのまだまだ先の話で、今の妃に言うような事じゃ無いっ。……王妃の自覚って言うのは、もっとこう内面的な、お淑やかさとか、たおやかさとか、品良さとか……とにかくそういう、良家の子女の成長にとって欠かせない要素を言ったつもりだったのに!!」

「そりゃまた、今の御妃様にはほど遠い要素っすねぇ」

「大きなお世話だと言いたいが、否定はできん!!」


 国王は懊悩した。


「妃……どうしてああ育ってしまったんだ?! ――いやっ、あの子は決して悪い子じゃない。むしろ気性は多少元気過ぎても真っ直ぐで、優しい良い子なんだ!! ――だが女の子らしさの欠片も、未だ芽生えてくれないんだ!!」

「陛下の鉄拳制裁で頭を叩かれ過ぎて、馬鹿になったとか?」

「なんだと?!! 医者だ!! すぐに医者に診せねば!!」

「冗談っす。多分」

「私か……私の躾けと教育が悪かったのか……っ?! かわいいと甘やかしていては立派な王妃になれないと、厳しくしたのが裏目に出てしまったのか……っ?! ああ……あの子はこのままでは、どんな娘に育ってしまうんだ? ……いや。無事育つ前に、とんでもない事にならないだろうか? ……ああ、心配だ……心配だよ……妃」


 そして真剣な表情で悩み出す国王の後ろ姿を、欠伸混じりでしばらく眺めていた飛刃は、ふと声をあげる。


「……あ、そういや」

「ん?」

「今思いだしたっすけど、昨日の夜御妃様に聞かれた事があったっす」

「聞かれた事だと?」

「はい」


―なぁ飛刃、最も王妃が自覚すべき、重要な役割とはなんだろうかっ?―


「って聞かれたんで~」


―そりゃあ御妃様、陛下とガンガン子作りして、王家の子孫繁栄をする事っすよ~♪―


「って答えといたっすっ」

「今回も諸悪の根源は貴様かぁあああああああああああああああああああああああ!!!」


 酷い、と飛刃は朗らかに首を振った。


「はっはっは。いやっすねぇ陛下。間違っちゃいないっしょ?」

「合ってる間違ってる以前の問題だ!!! 子供相手にあからさまな事を言うんじゃない!!!」

「オイラは、本音会話(トーク)派っす」

「どうでもいいよ!! ――とりあえず、貴様が妃にとって悪影響なのは判ったっ。私は多分、あんまり悪くないっ。うんっ」

「責任転嫁っすかぁ陛下? ひっどいっすね~」

「五月蠅い!! お前は反省して品行方正になってろ!!」


 いやっす、とにこやかに返した飛刃は、朝方女に結ってもらったらしい髪の飾り紐を指で絡め、にやにやと笑った。


「恋人のいない寝床なんて、寂しいっすもん」

「お前は……まったく」


 相変わらずの乳兄弟の調子には、国王も思わず脱力するしかなかった。


「今の恋人は、確か妓楼の女将だったか? ……妻にするのか?」

「いいえ。そろそろ終わりっすね。あの色っぽい姐さんは最近、新しい旦那(金ヅル)の老富豪を見つけて、落とす気満々っすから」

「……えっ?」

「オイラと別れた後で、『若い男との恋に破れて、寂しいの……』と、老富豪にしなだれかかる気らしいっすよ。いや~逞しいっ」

「お前……それでいいのか?」

「利用してるのは、お互い様っすから。オイラが長く居着くとは、あの姐さんも思ってなかったようっすよ?」

「……」


 そして少しだけ、少年期とは大きく変わってしまった乳兄弟を、心配していた。


「……お前は困ったヤツだが、元々女人に対して不誠実ではなかっただろうに」

「遊び方を覚えただけっすよ。男の深みが増す、社会勉強ってヤツで?」

「馬鹿者」

「あはは」


 秀でた容姿と能力を持ち、忠義に厚く女子供老人にも優しい国王の重臣。

 そう周囲から評されている飛刃が、その実恋人となった女達を信用せず、刹那的な交わりしか持たない現状には、飛刃の苦い過去が起因している。

 そして国王はその過去に責任を感じているからこそ、飛刃をなんとかしたいと思っている。


「結局十年間、真剣になれる女性はできなかったのか?」

「いや~、フラフラしてるのが、性に合ってるんすよ」

「このままでは、フラフラしている内に爺さんになって、女達に見捨てられるぞお前」

「いやいや陛下、きっとオイラなら、爺さんになってもモテモテっすよ」

「禿げろ」

「なんで?!」

「いや、つい本音が。……だがな飛刃、傍らに大切な存在がいるというのは……良いものだぞ?」

「……」

 

 国王の言葉に、飛刃は一瞬驚いたように目を見張り、やがて破顔した。


「惚気っすか?」

「えっ? い、いや……」

「ははは。陛下は政略結婚でも、ちゃんと愛せる相手でよかったっすね」

「それは否定しないが、私をよかったと思うなら、お前ももっとこう、女人に対して誠実に努力してみたらどうだ?」

「いや~、それはなんていうか、中々難しくて~」


 笑顔が苦笑になった飛刃を睨み、国王は問う。


「そうは言っても、別に全ての女人が信用できないわけじゃないんだろう? ほら、誰かいないのか?」

「そりゃまぁ。……乳母殿とか、信頼できるし割と好きっすよ」

「馬鹿者、努力する対象ではないだろう。彼女は人妻だ」

「女官長殿とかも」

「孫までいる人妻だっ」

「……御妃様」

「お前は人妻属性を持つ女しか、信用しないのか?!」

「いやいや、そういう訳じゃあないっすけどねぇ。下手に独身娘の名前を上げると、後が怖いというか……」

「お前は全く……」


 国王は呆れたように、しばらく飛刃を睨んでいたが。


「……じゃあ、乳姉妹ちゃんはどうなんだ?」

「……えっ」


 やがて飛刃が上げなかった名前に気付き、飛刃に問いかけた。


「さっき上がった者達並みに、お前とは付き合いが長いはずだが? 信頼してないのか?」

「……信頼してるっすよ。御妃様と一緒に育ったあの子が、いい子なのは知ってるっす」

「ほほう……」

「あーほらっ、そうやって陛下が無駄に食い付くと思ったから、言わなかったんすよっ。国王陛下が思ってるような事は全然無いっすよっ。おいら童女趣味は無いっすからねっ」

「童女といっても、あと五、六年もすれば隆武の女人の結婚適齢期じゃないか。婚約なら珍しい話でもない」


 興味深げになった国王を嫌そうに見返した飛刃は、やや慌てたように言葉を続ける。


「そんなのどうでもいいっす! 十年前に作られた、あのアホな書類だって、そろそろ廃棄して下さいよ陛下っ」

「結婚許可証を使う気はないのか? ……あの子は悩み多き年頃だが、しっかりものの良い子に育っていると、私も思っているが。……あと六年もすれば、良い妻にもなれるだろう」

「良い子だって思ってるなら、オイラみたいなろくでなしに、嫁がせようとしないでくれっす陛下。――オイラの嫁なんかになったら、あの子が苦労させられて泣くだけっすよ」

「……泣かせたくないとは、思っているようだが?」

「それは、そうっすよ。……でもきっと泣かせるっすよ。オイラはもう誰か一人に執着する気は無いし、今の生活を改める気もないっすから」

「……」

「……妙な事を考えるのは、やめてくれっす陛下。……乳姉妹ちゃんはとても良い子っす。あの子なら、オイラなんかよりずっとお似合いの、あの子を大切にしてくれる旦那様が見つかるっすよ。……どうか、お願いします」


 いつになく落ち着いた、真剣な声でそう言うと飛刃は国王に頭を下げた。


「……政略婚というわけでもなし、当人同士が嫌がる婚姻を、私も押しつける気はないが……」


 やがてそんな飛刃から視線をテーブルへと戻した国王は、箸を手に朝餉を再開しながら、こそりと呟く。


「……それでもお前は、あの子の幸せを考えるくらい、特別視しているじゃないか」

「……え? 陛下、今なんか言ったっすか?」

「こっそりとな。気にするな」


 乳兄弟に関しては、そこまで心配する必要はないのかもしれない。

 そんな事を思って少し気が軽くなった国王は――だが今現在、もっとも大きな心配の種である妃の笑顔が再び頭に浮かび、軽く額を抑えた。


『……飛刃と乳姉妹ちゃんより……妃の将来の方が心配だなぁ。……同じ年頃の女の子達が沢山いる学校に通う事で、少しは良い影響があるといいんだけど……』


 国王は楽しそうに刺繍の宿題に勤しんでいた妃を思い出し、その手の中の刺繍を思い出し――苦笑混じりのため息を漏らした。

三話予定でしたが、大きくずれ込みました。もう少し長くなる予定です。

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