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14 僕と妃と六弟②


 久しぶりに会った権力持った馬鹿弟は、少女どころか一歳半の幼女に欲情する変態になっていた。


「……宰相、第六皇子殿下のご様子はいかがか?」

「……相変わらず、御妃様にお会いしようと城内外を徘徊し、怪しげな妄言を唱えておられまする」

「……妄言っつーか。……聞くだけで正気がガリガリ削られていきそうなあれは、呪詛か何かっすじゃないっすかねぇ……」


 妃を譲って欲しい。

 そんなおぞましい申し出をされた数日後。追い返したくても追い返せない大迷惑な訪問客に、僕、宰相、飛刃は頭を抱えていた。


「それで、妃に接触させてしまったのか宰相?」

「一度、中庭で乳姉妹と遊んでいた所を、見つかってしまったらしく……」

「アレは、御妃様の目にはどう映っておられるんすかねぇ……」

「さぁ? ……ただ」


―おぉ我が薔薇の美神(ロサ・ウェヌス)!! 貴女様に至上の薔薇を捧げまぁす!!―

―ぱくっ―

―あえっ?!―

―……んまずぃ。ぺっ―

―おおっなんとつれない!! 我ぁが女神!! これが愛の試練なぁのですねぇ~!!―

―っ!! んぎゃああああ!!―


「……『不味いものを持って来た不審人物』という認識をされているのでしょうか? 第六皇子殿下が近づこうとすると、嫌がって泣き出されるそうでございます」

「あはは、どっかの赤毛君と同じ失敗っすねぇ」

「笑わんでくだされ呂将軍。あれであの子も儂らも、真面目に考えたのですぞ」

「それはもう良い。……飛刃、何があってもアレを、国王夫婦の私室棟へは近づけるな」

「御心のままに、国王陛下。……っつーかいっそもう、こっそり砂漠で殺って廃棄しちまうっすかぁ?」


 ……できるもんなら、そうしてやりたいよまったく!!


 妃をあのクサレ馬鹿に譲る? そんなふざけた申し出を、仮にも妃の伴侶(ほごしゃ)である僕が了承するはずもない。


―……どうやら第六皇子殿下は、お疲れのご様子でございますね―

―お・おぉう五兄様(おにぃさぁま)っ!! ワタクシは真の(ラぁ~う゛)を!!―

―どうぞごゆるりとおくつろぎ下さいませ。さぁ妃、お部屋にお戻り―

―うぁいっ―

―あぁお待ちを!! 我が薔薇の美神(ロサ・ウェヌス)ぅううううう!!―


 引きつる顔を無理矢理微笑で固めた僕は、慇懃無礼に馬鹿を宴席へと案内させると、妃を乳母殿に素早く手渡し、さっさと国王夫妻の私室へと戻した。

 そんな僕の態度が気に入らなかったのか、第六皇子殿下の御意向に逆らうのか生意気な、と馬鹿の側近達から罵声が飛んだが。


―私と妃の婚姻は、畏れ多くも皇上(皇帝陛下)の御意向による政略的なもの―

―……それを冒涜することは、例え第六王子殿下といえども、許されぬと存じますが?―


 と返してやれば、渋々黙った。

 馬鹿の側近もやはり馬鹿らしいな。馬鹿の権力の源がどこにあるのか、言ってやらなきゃ気付かないのか。


―彼女を無常な政略結婚の犠牲になさるのでぇすか!! 五兄様(おにぃさぁま)っ!!―

五兄様(おにぃさぁま)が、まだ幼いあの方を愛しておられるとは思えなぁい!!―

―ワタクシは五兄様(おにぃさぁま)とは違いまぁす!!―

―ワタクシは彼女を、年齢、性別、人種、生まれ、全て超越して愛してまぁす!!―

―これが真の愛なぁのでぇ~す!!―


 ……まぁ、言っても気付かない大馬鹿よりは、幾分マシだろうが。


―望まぬ政略政略の悲運を背負わされた姫君、我が薔薇の美神(ロサ・ウェヌス)!!―

―ワタクシは必ずや、ワタクシの愛で貴女を救い出してみせまぁす!!―


 とりあえず、聞かなかった事にしてやるから、この馬鹿をなんとかしろ。

 そんな無言の圧力を馬鹿の側近達に送りながら、僕は歓迎の宴席をこなした。

 だがその効果は勿論無く、宴席から一晩明けた次の日から、この城に居座った馬鹿の、見ていて痛々しい妃への求愛が始まったのだった。

 ……ああ、追い出したい。……できるもんなら消してしまいたい。


「……妃の側にある者達には、特に迷惑をかけるな。……乳母殿や、女官達の様子はどうだ、飛刃?」

「そらもう、ドン引いてるっすよ。……なまじ容姿端麗な優男皇子様が、幼児への愛の賛歌を所構わず吐き出していりゃあ、仕方のない話っすけどねぇ……たしかに、アレは気持ち悪い」


 答える飛刃も明らかにうんざりしており、いつもの腹立たしい程の余裕が無い。

 話が通じない権力持った馬鹿の面倒臭さを、皇宮に住んでいた事があるこいつも判っているからだ。


「……さっさと飽きてくれればいいんだが……」


 結局、追い出せないし妃を譲るなんてありえない以上、あっちの不気味に盛り上がった気持ちが、冷めてくれるのを待つしかない。

 っていうか、薔薇の美神(ロサ・ウェヌス)ってなんだ。あの元気いっぱいの健康優良児が、そんなキラキラしい存在だとあの馬鹿は本気で思っているのか。

 あの子はよく笑うしよく食べるし、泣くし暴れるし服汚すし泥だらけになって遊ぶし……とにかく普通の一歳半幼児なんだぞ。


「……アレの側近(子守り)達だって、さっさと帝都に帰りたいだろうに……もう少し真剣に、アレを諫めてはくれないものか」


 アレをこの国から追い出すという目的を達成してくれるなら、たとえ気に入らない連中にでも感謝するんだが……。


「……その事なのですが、陛下」

「ん? どうした宰相?」

「……困った事に側近達の中には、第六皇子殿下が御妃様と再婚し、この国の王になれば良いと思っている者達も、出始めております」


 ――――はぁ? なんだそれは?


「ああ、あのおっさん達、もうあの馬鹿に付き合わされて放浪するのに、疲れてるんっすねぇ……」

「疲れたって……気持ちは判らなくもないが」


 だからって、一応国王(ぼく)がいる国を乗っ取ろうというのは、酷くないか?


「この国が、素早く復興し、東西の交易中継国として豊かになっているのも一因かと存じます陛下。第六皇子殿下の今までのおふるまいを考えれば、帝都での立身出世、まして皇位継承などもはや狙えないと、側近達も理解しておられるでしょうし……」

「……それなりに贅沢できそうだし、この際もう、西の辺境国でもいいか。……ってところか宰相?」

「……御意」


 それは随分とまぁ……僕と僕の家臣達を馬鹿にした話だ。


「――話にならないっすねぇ! 文弱坊ちゃん陛下が、この国の賑わいを取り戻すためどれだけ苦労してきたか、あいつら全然判ってないっす!」

「飛刃、文弱言うな無礼者」

「宰相サマだって、最後の一本が抜け落ちるまで国内整備に奮闘して来たっす!!」

「うぉおお!! 我が栄光のフサフサ最後の一本よぉおお!!」

「……一本は残ってたのか」

「――とにかく!! あんな馬鹿と側近達にこの国を乗っ取られるとか!! オイラ家臣的にありえねーっすから!! この国の王は、陛下しかいねーっすから!!」

「その点に関しては、全面的に同意ですな呂将軍。……陛下、現在この国の王は、陛下ただお一人でございます」


 ……ありがとう宰相、飛刃。


「……なれど陛下、お気をつけ下さい。この国には、第六皇子殿下を歓迎する者達も、確かにございます」


 だろうね。


「おいおいジーサン、まさかウチの陛下が、アレ以下と思ってる奴等がいるって話じゃあないっすよねぇ?」

「いいえ。……おそらく呂将軍にも、容易く想像される理由にございますよ?」

「……皇后陛下と、大秦国っすか?」


 そういう事だな。


「まず第六皇子殿下は、隆武帝国で最も高貴な女性である皇后陛下が、ご生母にございます。皇后陛下はまぁ……なんと言いますか。馬鹿な子ほど可愛いといいますか、同じ息子である優秀な第一皇子殿下以上に、第六皇子殿下を溺愛なさっておられましたからな。第六皇子殿下が王になりたがっていると知れば、当然願いを叶えるために応援なさるでしょう」

「妙な反対して、皇后陛下とその外戚達に目を付けられたくないってわけっすか」


 大勢力だからなぁ。あの馬鹿は無能でも、皇后陛下とその実家の権勢は恐ろしい。……ついでに、あの馬鹿の同腹兄である第一皇子は、皇位継承候補の最有力候補だし。


「そして、大秦国です。我々上層部は、現状さほど侵略の危険性は無いと、調査聞き取りによって判断できておりますが、家臣達や下々はそうではない。……もし、西の大国の脅威があるのならば、より隆武帝国が『見捨てられない』皇子を王としておいた方が、国の安全が増すと考える者達がいても、おかしくはございません」

「ははっ、確かにカワイイ息子を守るため、皇后陛下が自費で雇った私設部隊くらい送ってきそうっすけどねぇ」


 そして僕の母上にも母上の実家にも、そんな力は無い。


「……でも、その考えは甘過ぎっすね! あの第六皇子サマサマみたいな根性無しじゃ、危機が迫ったらあっという間にこの国を見捨てて逃げるに決まってるっす! そんで逃げた王に従って隆武軍もこの国をさっさと見捨てて、速攻で滅亡っす!」


 ……ありえる。辛い事から逃げ続けてきた今のあいつに、王の責務が果たせるとはとても思えない。


「私もそう思います呂将軍。なれど自分に都合良く、甘っちょろい希望をつい思い浮かべて流されてしまうのが、無知蒙昧な下々というものにございます。……愚民共が」


 さ、宰相……今声がものすごく低かったぞ。何か嫌な事でもあったんだろうか?


「――陛下」

「う、うん?」

「そういう事情でございます、御身はくれぐれもお気をつけくだされ。……この国を、そして御妃様を愚か者達から守る事ができるのは、国王である貴方様以外にございません」

「ああ、心得ているよ」


 いかに皇后陛下の後ろ盾があるとはいえ、あの馬鹿とその一派には、父帝直々の命令で即位した僕を、強引に押しのける事はできない。……ならば図太くしぶとく、玉座にしがみついてやろうじゃないか。


「うぁーいっ、あい、あーぅいっ」

「……ん? 妃?」


 気が付くと扉の隙間から、ヨチヨチと妃が入って来た。

 この話し合いは国王夫婦私室棟でやってたからね、見つかっちゃったか。


「い、いけませぬ御妃様……」

「構わないよ乳母殿。どうしたどうした妃? ふくれっ面して?」

「うぁぶぅ。うぶー……」


 妃は敷布の上にあぐらをかいていた僕の膝に乗り込み、僕の服をぎゅっと掴んで来る。……不安なのか。馬鹿の愛うんぬんはともかく、城の中が騒がしいのは判るみたいだね。ごめんよ。

 

「ってあいたたたっ。髪掴んでこないでよ妃ーっ」

「はげぇ……はげーっ」

「もしかして、なんとかしないと、ハゲさせるぞって脅しなの?! やめて!!」

「あははっ。陛下、女の恨みは恐ろしいっすねぇ」

「笑うな飛刃!! 僕(の髪)の危機なんだぞっ」


 最後の一本を死守とか、悲しい未来は迎えたくない!

 そんな僕をゲラゲラ笑いながら見物していた無礼者飛刃は、だがやがて笑いを収めると、優しげな目で妃を見ながら言う。


「……いっそ陛下、あの馬鹿に宣言してやったらどうっすか?」

「宣言、って何をだ?」

「――妃を愛している、誰にも渡さないって」


 ……それは。


「だって陛下は今、色恋はともかく御妃様を、とっても大事に想ってるじゃないっすか。そのくらいオイラにだって、判るっすよ」

「……否定はしないよ。……でも今は、ちょっと言い難いかな」

「なんで? ……御妃様が、赤ちゃんだからっすか?」


 ……うん。……だってさ。


「……愛なんて……一方的に、言って良いものかどうか、迷う」

「……え?」

「……父帝は、愛を叫んで縋り付く女ほど、冷笑してたからな。……真剣な愛情だからって、向けられた本人が嬉しいとは、限らないわけで……」


 ……今は懐いてくれてるけどさ。

 ……自分の出自や立場をきちんと知った時、妃が僕の愛情を嬉しいと思ってくれるかは……判らないじゃないか。


「……」


 ……なんだよ飛刃、その可哀想なモノを見る目は。


「……陛下って……お勉強してるはずなのに、馬鹿っすねぇ」

「な?! お前に馬鹿とはいわれたくないぞ飛刃!!」


 まぁまぁ、と呆れたように飛刃は僕の肩を叩いて言う。


「そうやって、難しく考える必要なんかないっすよー陛下」

「お前のように野放図になれるか!! あと妃の事を、真剣に考えずにはいられるか!!」

「あぷー?」

「だって考えた所で、判るわけないっすよー。女ってのは赤ちゃんだろうと適齢期だろうと老婆だろうと、等しく謎の生き物っす。内心を完全に理解してから、なんて、男にはどだい無理な話っすよー」


 愛しても愛されても、ワケわかんなかったっす。

 あっさり言われると、じゃあどうすりゃいいんだと聞き返したくなる。


「愛なんてね……陛下。しがみついてくる指先の強さだけ、一時実感できれば充分なんすよ……」


 ……いきなり真面目になるなよ。


「ほっほっほ。なかなか詩的な事をおっしゃいますなぁ呂将軍」

「あっはっは。時々こういう頭良さそうな事言うと、妓楼のおねーちゃんにきゃーきゃー言われるっす。ようするに落差(ギャップ)萌えってやつっすっ」 

「って!! 妓女はべらす宴会時のキメ台詞かよ!! もういい!! お前なんか参考にできるか!!」


 僕は僕の考えで、妃と関わって行くんだ!! ――と決意する僕の服が、グイグイ掴まれて引っ張られた。


「あぶっ、ぶーっぶーっ」

「え? うわわ、何妃?」

「無視すんなって、言ってるっすよきっと」

「えぇー……」


 ……よっぽど訴えたいのか、強く握り締めてるなぁ。……指先の強さ、か。


「陛下~♪」

「なななんだよ飛刃!! そんなんじゃないぞ!! 別に嬉しいとか実感とか無いぞ!! これはただの、赤ちゃんの保護者に対する訴え(サイン)だろうが!!」

「そうっすね~。でも今の御妃様が、乳母殿の次くらいに陛下が好きなのは、見てて判るっすよ~」

「う、乳母殿の次……か」

「嫉妬するっす~?」

「しないから!!」

「あぶうぶぶうっぶっぶっ」

「ああもう、はいはい。……じゃあ話し合いも一段落した事だし、みんなで庭にでも行こうか」

「あ、いいっすね~。水場が涼しげな中庭がいいっす」

「ほほほ。仲睦まじい余裕の姿を見せるのもまた、国王夫妻の責務でございますな」


 こうして国王夫妻私的棟(プライヴェートエリア)の一室で、こっそり行われた話し合いは終わった。


「……結局効果的な解決策も出ず、僕がしっかりするしかないって結論だけどな」

「まぁまぁ、オイラもできる限り、御妃様の周辺から、アレやアレの側近達を追い払っておくっすから」

「それでは儂は……帝都の友人達にでも、手紙を出しますかな」

「手紙?」

「いえなに……ほっほっほ」


 ……胡散臭いが、一応信頼している宰相の行動を勘ぐるより、自分のやるべき事をやっておくべきだろう。


「ぶっ。あぅいやっ」


 はいはい。勿論君との時間も大事にしなきゃね、僕の妃。


 こうして僕が国王としての仕事をあれこれ果たしつつ、妃への家族サービスに励んでいた数日後――事態は動いた。

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