10 僕と妃と誕生日前編
帝国には生まれた日を祝う風習があり、偶然だが、僕と妃は同じ月の生まれだ。
「しかも三日しか離れてないのでは、祝賀はお二人まとめてやった方が、国庫に優しいですなぁ……」
「おいこら待て宰相。小さな子の誕生日を、何かの行事の抱き合わせでやるのはやめろ。あれは地味に傷付くんだからな」
無駄に兄弟が多かったせいで、僕の誕生日は数人と月が重なっていたのだ。面倒という理由で、有力な皇子のそれとまとめられた誕生日の微妙さは忘れられない。
「ふーむ……そうですなぁ。それならば、国王陛下の公式誕生祝賀の後日、お妃様を囲んで身内だけで祝うというのはいかがでございましょう? まだお小さいですし、その方が楽しまれましょう」
「うん……それなら、もうちょっと大きくなるまでは、そっちの方が良いかもな」
「御意、国王陛下」
などと宰相と会話したのが半年前の事だったが、もうすぐ妃は十二ヶ月、満一才を迎える。
「あちょ、ちょちょっおっおっおおっ」
「あだっうあっっあうあうあっ」
「おっ、おいっおれにつかまる――なぁああ?!!」
すっかり二足歩行が板に付いた妃達は、危ない時は支えに捕まって、トタトタと歩き続ける。
「モヤシ――じゃなくて王様!! なんとかしろ――じゃなくてしてください!! ひぃいっおれもころぶぅうううっ」
「がんばれ~チョイ悪赤毛君」
「へんなあだ名つけるなぁあああっ」
なお支えとは、以前幼児遊戯場で妃達と仲良くなったチョイ悪赤毛少年だ。
――実はこの子、宰相の孫息子だった。宰相の次男の息子だったが、次男夫妻が病気で亡くなってしまったので、宰相夫婦が引き取って、一緒にこの国まで来たのだそうだ。
……まだ小さい孫連れて絹の道越えとか、宰相達大変だったろうな。
「……ぴっか?」
「……ぴかぴか?」
「え? ――おっおれはハゲてねぇっ!! じーちゃんをみるめでおれをみるなっ!!」
……ちなみにこの子、フサフサの赤毛だがおでこがかなり広い。……色々な意味で、将来が楽しそうな子供だ。おっと。
「赤毛君、従者が迎えにきてるよ。そろそろお勉強の時間じゃないか?」
「あっと。じゃあ、かえる……じゃなくて、かえり、ます」
「えー」
「うー」
「ふたりとも、またな」
こうみえてもう読み書きを習っている赤毛君は、僕と妃達に挨拶すると、従者と一緒に王宮外にある自分の家に、帰って行こうとした。
「あっと」
と、その足が止まる。
「……王様、おきさきさま、もうすぐ、たんじょーびだって、ほんとか?」
「ほんとうですか?」
「ほ、ほんとうですか?」
「そうだよ。僕もだけどね」
あ、今どうでもいいって顔したな赤毛君。
「おきさきさま……なにがすき?」
「なんだろう、暴れる事かな?」
「……おいわいひんの話だよ」
赤毛少年の後ろを、紙を丸めた模造剣を振り回す妃と乳姉妹ちゃんが、おうおう言いながら走って行く。
「……王様、こいつら、おんなだよな?」
「失礼な。僕が男と結婚したとでも言うのかい赤毛君?」
「だっておれのばーちゃんも、うばも、じじょたちも、みんなもっとこう……おとなしくて、おしとやかだぞっ?」
「……妃達も、いずれそうなるさ」
「え……」
不審な目をするんじゃない赤毛君。……だ、大丈夫だ。この子達の淑女教育は、まだまだこれからなんだから。大人になったらしっとりしとやかに女らしく……なるよね? なってくれるよね? 妃?
「ひゃっはぁあああ!!」
「うっほぉおおおお!!」
「すっげービシバシたたきあってるぞ?! しかもかお!! いいのかあれ?!」
なんとかしないと、だめかなぁ?!
「おおっ、いい振りっすねぇっ」
「ひじーっ」
「じんーっ」
そんな妃達を楽しそうに抱きかかえるのは、僕の護衛の呂飛刃。
「陛下~、そんな難しい顔しなくてもいいじゃないっすか。子供は元気が一番。年頃になれば、自然と女らしくなって行くっす。オイラの妹達もそうだったっす」
「……もしそうならなかったら、どうするんだよ飛刃?」
「個性っすかねぇ♪」
「こせぇっ!」
「こせーっ!」
問題児を個性的な子と言い換えるのはやめろ飛刃。それは欺瞞だ。
……個性になってしまう前に、なんとかしないといけないかもしれない。
「……よし、きめたっ」
そんな飛刃に抱き上げられている赤ちゃん達を見上げた赤毛君は、拳を握って宣言する。
「おれ、おきさきさまに、おんならしい、おくりもの、するっ」
「女らしい、贈り物?」
「うんっ。おんならしいものを、みにつけると、おんならしくなるっ」
ばーちゃんがいってた!! と続ける赤毛君だが、生憎妃の周囲には、女性らしい衣や人形が沢山あるんだけど。効果あるのそれ?
「がんばって、さがすっ。……おきさきさま、こんなに……かわいいのに」
「……まぁいいか」
「じゃ、じゃあまたなっ」
ほっぺを真っ赤にした赤毛君は、従者を置いて走って行った。
……。
「おやおや、もてるっすねぇお妃様。焦るっすかぁ陛下?」
「……別に。妃が可愛い赤ちゃんなのは判っている。可愛いと他の男が思ったとしても、全然おかしくないさ」
「へぇ~♪」
なんで楽しそうなんだよ、飛刃。
「あ、乳姉妹ちゃんもとっても可愛いっすよっ。お妃様が美人系なら、乳姉妹ちゃんは可愛い系っすっ」
「うぁば?」
「大丈夫大丈夫。二人ともきっと、素敵な女の子になるっすよ陛下」
「そうなるように、保護者が努力するんだ飛刃。……僕はきっと、妃をどこに出しても恥ずかしくない、立派な王妃にしてみせるぞっ」
「はげー」
「…………道は遠いかもしれんがなっ」
「はっはっは」
「あっはっきゃっ」
「きゃっはいはっ」
楽しそうだな君達。
「じゃあそんな陛下に、大人数兄弟のにーちゃんとして育ったオイラから、一つ提案っす」
「提案? ……妃が女の子らしくなる方法が、あるというのか?」
「かもしれないっす」
飛刃は両肩に妃と乳姉妹二人を抱え、ユサユサ揺すってあやしながら言う。
「陛下、子供をその気にさせるのは、まず興味を持たせる事っす」
「……興味?」
「そう。いくら部屋を女の子らしいもので一杯にしてたって、お妃様が今興味を持っているのは、オイラが作ってやった紙の剣っす。そっちで遊ぶ方に、今お妃様が興味を持ってらっしゃるからっす」
「……つまり、また諸悪の根源かお前」
貴重な紙で、なんて事してるんだお前はっ。
「そこはまぁ、おいておくっす」
「置いておけるか馬鹿者が!!」
まぁまぁ、と僕の怒りを流して、飛刃は話をまとめる。
「とにかくっすね、――女の子らしい何かを身につけさせたいなら、『これは何かな?』とお妃様に思わせるものを、考えるっす」
「これは何か……か。……目新しいもの、という事か?」
「目新しくなくても、面白そうならいいんすよ。小さな子にはまず、それが大事っす」
「……ふむ」
確かに、興味を持たせる事ができれば、身につくのも早いだろうな。
「何か考えよう」
「がんばるっす、陛下」
「お前も考えるんだ飛刃」
「うぇええー?!」
「がんばーひじー」
「がんばっすーじんー」
「うへぇ~……発明家に相談してみるっすかねぇ」
「武器は作るなと、伝えておけ」
事ある毎に妃達の乳母車を魔改造しようとする、貧相な男を思い出し、僕は一応注意しておいた。
……しかし……妃達が、興味を持ちそうな女の子らしいものか……何があるだろう?
などと考えていたその日の午後、その使者はやってきた。
「――隆武帝国第一皇子殿下より、お届け物にございます」
「……一兄上様から? 殿下はもう、帝都に戻ったのではないのか?」
政務で西域に行く途中でこの国に立ち寄った僕の長兄からは、以前政務を無事終えて帝都に帰っているという手紙を受け取っていた。
「はい。その帝都に帰る途中の町から、国王陛下へのお届け物を承ったのでございます。――我らが殿下は、『ここから送れば、弟の誕生日くらいには着くだろう』とおおせになられました」
……輸送期間を見極めるとは、流石だ長兄。
山地、荒野、砂漠を横断する東から西への道――通称絹の道は、女子供が進める最も安全な行程を辿ったとしても、気候変化や山賊などのトラブルで遅々として進まない事も多く、よほど鋭敏な移動感覚を養っていなければ、予定通り品物を贈るなどできない。
そして若い頃より政務や戦争であちこち移動していた長兄は、皇族にあるまじき鋭い移動感覚の持ち主だ。
「なるほど、ご苦労であった。返礼を用意するので、今日はゆっくりと休むが良い」
「ありがたき御厚情に感謝申し上げます、国王陛下」
という事で使者を休ませた僕は、側に居た飛刃他全ての家臣達を下がらせてから、長兄の荷物を開く。……もしかしたら、至極私的な手紙が入っているかもしれないので、あまり見られたくはなかったんだ。
それでも危険物かどうかの確認はされていたので、荷物はすんなりと開いた。
「……何々? 『西域であれこれと買いすぎたので送る、誕生日祝いだ』――って、単にこれ、途中で持って帰るのが面倒になっただけか?」
手紙を一読してから荷物の箱の中を確かめると、確かにそこには、西で買ったのだろう石像や香油、石鹸、宝石、何かの種等々、使えるのか使えないのかいまいち判らない品物が詰まっていた。
うーん……ガラクタってわけじゃないが、怪しげなものも多いなぁ。何か誕生日に使えるものがあったら良いなと、思っていたのに……――?
「……あれ?」
箱の奥底に入っていた『それ』に僕が気付いたのは、ちょうどその時だった。
「これは……そういえばこれは確か、西域から来たものだったか?」
分解されて箱に収められていた『それ』は、元を知らない者が、その形状を想像するのは難しいだろう。
――だが僕ならそれを、組み立てて元に戻す事ができる。
僕は元の姿を思い出しながら、木箱から一部分を取り出すと、ゆっくりとその形を確かめ、そして撫でる。
「……」
とても懐かしい、でも王として即位した後はもう手にする事もないだろうと、なんとなく思っていたものだった。
そして懐かしい感触を確かめるようになで続けた僕は――ふと思いついた。
「……これ、妃のために使える……かな?」




