桃鹿虐殺事件!?
こんにちは。今回はわたし、一葉楓が担当しました。代表作は「心と風と、鋼の火」です。http://ncode.syosetu.com/n6241bh/
「ねぇ、早くクエスト行こうよ」
「……分かったよ」
街の噴水広場のベンチに腰掛け、手に持っていた缶コーヒーを飲み干す。立ち上がって近くにあったゴミ箱に投げ捨てる。……ストライク。缶は吸い込まれるようにゴミ箱に入った。
きれいな放物線を描いてゴミ箱に入ったというのに俺の気分は晴れない。いつもなら「いやっほー! 今日の俺ついてるぜぇ! ヒーーーハーーーッ!!」って位はしゃぎそうなのに。……いや、ごめん。流石に「ヒーーーハーーーッ!!」はなかった。
「ねぇ。早くいこーよー。選択肢を押し間違えたことは謝るからさぁ……」
「俺は……剣士にしようと思ったのに……」
「だーかーらー謝るって……何でもするからそろそろ機嫌直してよ」
なに? 今、リリアは確かに言ったよな……? 俺の聞き間違いじゃない……よな?
「何でもするのか? 本当に何でもするのか!?」
「あれ? なんで私、こんなゲームの世界で貞操の危機を感じているの? 流石にそんな事はしないけど……」
「……チッ」
「今の『チッ』ってなに!?」
「いや、こっちの話だ……」
まあ今のは冗談だ……いや、もういいや。さっさと転職クエストやっちまおう。死んでも死なないんだからもうどーでもいーや。
クエスト終わった後、どっかの喫茶店でおごらせればいいや。それでチャラにしてやろう。
「じゃあ、帰ったらなんかおごれよ」
「えー女の子におごらせるのぉ? ……あ、いや、おごるります。だからそんな怖い顔しないでっ!」
じゃあ、クエストの準備するかな……HPポーションはあるな、パンもある。スタミナ対策はこれでオーケー。後は……クエスト前にトイレにでも行っとくかな。
さーて、トイレはどこ……ん? まて、ゲームの世界にトイレなんてあるのか? 今まで街を歩いてきたが、公衆便所の類のものは見当たらなかった。店に入ってもトイレだけはなかった……まあ当たり前だよな? うん……。あれ? じゃあ現実世界ではどうなっているんだ?
瞬間、いやな汗が体中の汗腺から吹き出た。
これはまずい。
「おい、リリア」
「なに?」
「クエストは行くけど準備が必要だ。一時間後にここに集合」
「なんで? アイテムも装備も問題ないでしょ? 何か準備があるの?」
「ある! むっちゃ必要なことだ! じゃ!」
「あ! ちょっと待ちなさいよ! どこ行くの!?」
「一時間後に戻る!」
リリアに一方的に告げて俺は走る。
時は一刻を争うのだ。これはなんとしても間に合わせなければならない。俺のプライドが……面子が……全部がかかっているんだ!
道を行く人達を縫うようにして走る。突然巻き起こった風に人々は目を丸くするがかまうもんか! 全力で走っているからかスタミナがどんどん減っているがかまうもんか!!
「うおおおおおおお!!」
地面を蹴ってひたすら路地裏を目指す。ログアウトしたときの路地裏に向かって足の筋肉を酷使させる。
見えた! 見覚えのある曲がり角!
俺は大きな通りから抜けて、人気のない路地裏に入った。
メニュー画面を開き、ログアウト!
しばらくして『ログアウトします』と目の前に表示され、周りの風景が黒一色になる。真っ暗な空間になってしばらく……見慣れた自分の部屋の天井が見えた。
俺は飛び起き、頭に取り付けたゲームの機械をはずして家の中を駆ける。間に合うか? ……いや、間に合わせるんだ!
階段を文字通り、転がるように下りてとある部屋に入る……良かった。間に合った。
WC
どうやら時々ゲームを抜けないとこのように切羽詰った状況に立たされるらしい。……そういえば、腹減ったな。トイレと同様、人間の命を保つための活動はゲームを抜けてしっかりしないと現実で死んじまうようだ。
用を済ませて自分の部屋に戻る。何気なくつけたテレビではジョクラトルオンラインのニュースが流れていた。
俺以外のプレイヤーのすべてはそれぞれの近くの病院に搬送されたとのこと。ゲーム内で他のプレイヤーが死んでないって事は餓死したりすることはないようだ。ちゃんと病院で治療を受けているのかもしれない。
……腹減ったな。「腹が減ったら死ねばいいじゃないか!」って違う! これはゲームの中だけに適用される言葉だ! 現実でそんなことやったら死んじまう! いや「死ねばいいじゃないか!」だから死ぬんだけどね……。
勉強机の引き出しをあさってみる。……シャーペン、ルーズリーフ、お菓子の包み紙……お、あったあった。麦チョコレート。これ食ってからログインするかなぁ。
ひょいパク……ひょいパク……うん。うまい。麦チョコレートってうまいよなぁ。なかなか安い値段でも買えるし、なぜか飽きないおいしさ。常に引き出しに入れておく価値はある。
口の中で表面のチョコレートを溶かしながら十分に味わう。さて、現実で遣り残したことはないよな。うん。じゃあ転職クエストに行くか……ああ!
今日大学あったじゃん! ちょっと待て? 俺サボり? いや、それはまずい。ゲームも大事だが、大学も大事だ。下手すると留年しちまう。
すぐさま脳内大学スケジュールを引っ張り出して講義日数を確認する。これからある大きな連休は……夏休みか。けど、夏休みまであと一ヶ月もある。ゲームに没頭して単位を落とすわけには行かないし、かといってゲームに入ったままの夏輝やリリアのことを放っておく訳にもいかない。
……今日はもう講義に間に合わない。今日はもうあきらめよう。
明日からだな。今日のところは転職クエストやっちまうか。
残りの麦チョコを味わいつつ、一気に食べて頭にゲーム機を装着する。
ログイン。
視界が真っ黒の世界に覆われ、気が付けばいつもの人気のない路地裏に立っていた。
俺はすぐさまメニュー画面を開き、アラームを朝の六時にセットする。このゲーム内の時間は現実の日本時間と同じだからこれがなったらログアウトして大学に行こう。
ついでに六時間ごとにアラームをセットしよう。朝の六時と昼の十二時、夕方の七時と真夜中の十二時。……うん。これでオーケー。
朝の六時は朝食と大学にいくためのアラームで、昼の十二時は昼食、夕方の七時は夕食、よるの十二時は……まぁ、保険だ。それぞれの時間にはしっかりとログアウトして生物として必要なことをしっかりする。睡眠はゲーム中は寝ているのと似たようなものなので考えなくてもいいが、食事と排泄はしっかりとする。ニュースによると、他のプレイヤーは全員病院で世話されているみたいだからいいが、俺だけはしっかりしないとな。
ともかくこのアラームがなったらログアウトしよう。じゃなきゃ生物学的、もしくは社会的に死んじまう。いい年した大学一年生がゲームに夢中でおねしょをしたなんてかっこ悪すぎる。
ゲームの世界に脳波が働いているとしても生物的にはちゃんと生きているんだ。現実世界では心臓は動くし、汚れも出るだろう。新陳代謝がきちんとある限り定期的にログアウトする必要がある。……もし、現実世界の体に異常があったらこっちでも変化はあるだろうが、モンスターに囲まれていたりボス戦最中にそうなるのは避けたい。
うん。他は何とかなるとしても朝の六時のアラームだけは絶対にログアウトしよう。単位を落とすわけにはいかない。
ついでに……メニュー画面を開いてログアウト設定の画面を開く。他のプレイヤーにも一応あるみたいだが、ログアウトできる俺にしか使えないメニューだ。
リスポーン設定。ゲーム中に死んだときにログアウトして現実世界に戻るか、最後にログアウトした場所に戻るかの設定だ。
いや、これはあとでいいや。気が付けばスタミナゲージが限界まで来ている。ログアウトする前の長距離全力疾走でだいぶ消費したんだろう。
一応パンは持っているが、これは転職クエスト中に使うもの。今使うのはもったいない。
……こういうときはあれだな。
「腹が減った……よし。死のう!」
ゴブリンの洞窟でもそうだったが、今回も死のう。でも何もしないで死ぬのはもったいないな……。
路地裏から人気の多い通りへ出て、そのまま街の門へ。
リリアとの約束の時間までまだけっこうあるから腹減りで死ぬまで桃鹿でも狩ろう。
転職クエストしか受けてないので報酬が出るわけではないが、経験地は手に入るしもしかしたらドロップもあるかもしれない。ドロップ確率はすごく低いのだが桃鹿の肉は美味いらしい。一回食べてみたい。
街の外の森に入り、視界に入った桃鹿をどんどん斬る。刺す。殺す。
スタミナは限界に近いが気にすることはない。もともと死ぬためにここにいるんだから。
スタミナゲージがレッドゾーンに突注した。スタミナがなくなるとHPとMPが徐々に減っていく。うっわ、腹減ったー……。
「……しか。なん――……」
目の前の桃鹿の首をはねて桃鹿が光に包まれたとき、耳に聞き覚えのある声が聞こえた。
今の……夏輝、夜桜か? いや、確かに夜桜だった。けど……今は会わないほうがいいのかもしれない。俺が死んでも大丈夫だって野はほかのプレイヤーにはあんまりいわないほうがいいだろう。もっとレベルを上げてからなら……夜桜にはカミングアウトするだろうが、今はその時期じゃない。
「桃鹿死ね!」
――え!?
「良が……良が……あんたたちのせいでぇ!!」
茂みに隠れながらそっと声のするほうを凝視してみると……茶色い少々ゆがんだ棒を持って、叩きつけたり、魔法で燃やしたり、杖で刺したりして桃鹿を虐殺真っ最中の夜桜がいた。
夜桜がいるところは桃鹿のスポーン地点なんだろう。フィールドにいくつかある特定、または複数種類のモンスターが湧きやすい場所。次々と現れる桃鹿を手短なものからどんどん殺していっている。時々MPポーションを飲んで魔法で消費したMPを回復したり、焼いた桃鹿肉を食べてスタミナの回復をしながらひたすら桃鹿を光の粒に変えていっている。
突進する桃鹿を軽く避けて、すれ違いざまに杖を叩きつける。近くの桃鹿を倒すとすぐに次の桃鹿に狙いを定めて魔法を放つ。
杖の先が光り小さな火花を放ち、だんだんと大きな火の玉へと変化していく。
「ファイア! ファイア! ファイアーー!!」
突進してくる桃鹿に向けて火の玉を三発浴びせる。直撃した火の玉は桃鹿を包み、そのまま倒れるまで燃やした。
「はぁ、はぁ……はぁああああ!!」
それでも桃鹿は五匹ほど夜桜を取り囲み、大きな角を振って威嚇する。
やばい……怖い! あんな夏輝……もとい、夜桜初めて見た! 悪魔に取り付かれたようにひたすら桃鹿を殺し続けているし! きれいな長い髪を振り回しながら戦う姿はかわいげもあり、きれいでもあったけど、それ以上にコワイィ!!
に、逃げよう……一刻も早く死んであの路地裏に戻ろう。そしてリリアと転職クエストに行こう。そうだ、それがいい……ここで夜桜に見つかったら俺まで殺されそうだ! 死ぬのは怖くないけど、あんなに怖い夜桜には会いたくない。触らぬ神に祟りなし、会わない夜桜に恐怖なし。
それに、魔法を使っているってことは、夜桜はもう転職クエストを終えて魔法使いになったんだろう。俺も早く転職しないとなぁ……は、早く逃げよう! 早く死のう! スタミナまだゼロにならないのかぁ!?
「ファイア! ファイア! ファイア! ああああああ――テオ・ファイアァ!!」
瞬間、俺の横の茂みが真っ黒の炭になった。俺の横だけでなく、通常の下級魔法の『ファイア』ではありえないくらいの広い範囲が焦げている。『ファイア』の上位魔法の『テオ・ファイア』だ。いつの間にそんなにレベルを上げたんだ、夜桜……?
茂みを背にしてさっさと逃げる――が、焦っていたのか足を茂みに引っかかってしまった。
「そこにいるのは!? 誰!?」
やべっ!? 気づかれた!?
「……桃鹿?」
違う! 俺は桃鹿じゃない! だからこっちにくるな! そんな怖い顔をするな!
「……殺す」
うわああああああああああ!!
本能に体を任せて俺は地面を蹴っていた。森の中を駆け抜け、ひたすら背後の恐怖から逃れようとする。
怖いぃ!! あんなかわいかった夏樹がすっごい怖い! やばい! 見つかったら恐怖のどん底に落とされる。確証はないけど、絶対そうなるよ!
森の中を縫うように俺は走る。夜桜は先回りなどはせず、俺の後を俺と同じくらいの速度で追いかける。通りにくそうな木の間を行けばそれをなぎ倒してくる。スピードを上げてもそれに合わせて追いかけてくる。
と、そのとき視界が明るくなった。森の出口だ。俺は考えることなく森の出口に走る。何も考えられない! 絶対的恐怖の前では理性なんて保てるわけがない! 体に任せて走るしかないんだ!
森を出たそこは……断崖絶壁。そこのからの地面が突然なくなったかのような急すぎる崖だった。眼下にはもっと大きな森が広がっている。ここから飛び降りたらひとたまりもない。
だが、今俺にとっては悪魔の断崖絶壁も天使のバンジージャンプ台に見える!
いける! 信じれば飛べるんだ!
「神よ! 私はあなたに感謝します!」
僕は飛べるんだ!!
なにやら遺言っぽいものを叫びながら俺は崖ふちから身を投げ出した。
『……逃がしちゃった』
……夜桜に会うのはまたちょっと後にしよう。あいつの気持ちが落ち着くまでしばらく時間を置こう。
気持ち悪い浮遊感が体を包み、地面までまっさかさま。いやーバンジージャンプってなにが楽しいんだ――へぶッ!?
強すぎる衝撃は痛みを与えることなく俺を殺した。
そして――
「戻った……?」
いつもの路地裏に、一人で立っていた。
恐怖から逃れられたことを分かったとたん、膝の力が抜けた。
は、ははは。……怖かった。ぶっちゃ毛、どんなホラーゲームより、どんなおぞましいボスよりも怖かったと思う。クエスト前のいい恐怖慣れでもしたかな? ははは……。
さ、さて……転職クエストするか。HPもMPもスタミナも満タンだし、ちょうどリリアとの約束の時間だしな……。
そういえば、夜桜はいつ転職したんだろう? いつの間にか『ファイア』の上位魔法も覚えてたし……。
はっ! だめだだめだ! 考えるな考えるな。きっとあの夜桜は疲れてたんだ……そうだ、きっとそうなんだ! じゃなきゃあんなに怖くなるもんか!
急ごう。さっさと噴水広場に行ってリリアと転職クエストしよう。うん。それがいい。
路地裏から出た俺の足は小刻みに震えていたのは気にしちゃだめなんだと思う。冷や汗で全身がいやにぬれていたのも、気にしてはだめなんだ。
さあ、転職クエストだ……。
今回はここまでです。次は彩菜さんにまわしまーす。
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へ!
では。感想待ってます! よろしくお願いします