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石畳に生い茂る木々の緑――。
校門から校舎までの間に広がる光景は情緒に溢れていた。
初めてでも懐かしく感じるのは過去に、このような光景がどこにでもあったことを意味するのだろう。
俺は先を行く雨宮の背中を追いかける。
一人でいると思われると不審者極まりないからだ。
ここは学校。そこに部外者が何の目的も持たずにいる。この状況で出くわした生徒や教師に説明出来るほど俺は機転が利かない。
だから雨宮からは離れられないのだ。
――とは言っても、もぬけの殻のように学校には静寂が張り詰めていた。
本当に学校か?って思うくらい静かだった。
どんどんと進む雨宮。その後ろを歩く俺。
校門から真正面に見える三階建ての校舎に俺たちは入った。
ボロボロの外装からは想像も出来ないほど、内装は綺麗だった。
色とりどりのペンキで描かれる様々な絵。
青空だったり、天使の翼だったり、丘と草原だったりと綺麗なものが強く描かれている。
さすがは芸術学校というところか。
俺は雨宮に続き、校舎の奥へと進んでゆく。
左右にはたくさんの部屋があるが、どの部屋も生徒の作品と思われるものが所狭しとショーケースに入って並んでいる。
中でも絵画の部屋くらいは一つ一つ作品を見てまわりたいものだが雨宮から離れることは出来ないから断念した。
(後で見るか……機会があったらだけど)
校舎一番奥の部屋の前で雨宮の足が止まった。
俺はネームプレートを見上げた。
校長室――。
無意味に背筋が凍った。
部外者の俺が校長と会う理由など一ミリもないのだから。
「おい……」
小声で雨宮を呼んだ。
「ん、なに?」
「……帰ってもいいか?」
「そんなのだめだよ」
「忙しいんだよ俺は」
「ここまで来たくせに?」
一瞬頷いてやろうと思ったが、雨宮の言葉の最後が引っかかった。
くせに?とはなんだ、と。
「……じゃあ一つだけ教えてくれ」
「うん」
「俺は怖い校長に殴られたり、警察に不法侵入で突き出されたりしないよな?
それに脅されても金なんかほとんど持ってないぞ?」
雨宮は噴きだすように笑った。
「何を怖がってるのよ。校長先生は楽しくて優しい人からそんな脅したりとかしないよ?
ただ、ちょっと困ってるの」
「困ってる?」
言葉の最後に困ってるという言葉を持ってくるときは大体やっかいなパターンだと俺は知っている。
この”困ってる”ほど困るものはないくらいに。
雨宮が行くよ、と頷きのサインを出して校長室の木製の扉をノックした。
俺も覚悟を決めて固唾を飲んだ。