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どれくらい待っただろうか。
俺の汗も引いてきた頃に雨宮は顔を上げ、大きく息を吸った。
校門には茜里芸術専門学校と書かれている。
大きな校門は閉まっていて、端にある通用門だけが開いている。
「あかね……り?」
「せんり、だよ。校長先生がつけたんだってさ」
「そうなのか」
「うん」
雨宮はニコッと明るい笑顔を見せてくれた。
「それで、なんで学校なんだ?」
話の原点に戻る。
この学校に来た理由だ。まだ何をしにここに来たのかすら聞いてない。
そもそも俺と雨宮が立つこの校門は出入りがまったくなく、生徒はいないように感じる。
「会って欲しい人がいるからだよ。あと、返すものがあるから」
「傘はいらないぞ」
「えっ?」
「傘はお前にあげたからな」
「ううん、そんなの悪いよ」
雨宮は苦笑いして手を顔の前で振った。
「どうせ雨子は傘忘れるだろ。学校に置いとけ」
「雨子じゃないっ!」
「雨宮雨子だろ?」
「そんな名前の人いないよっ」
「いるぞ?」
「ふぇ?」
予想外の返答に雨宮は言葉にならない声で返事をした。
すかさず俺は目の前の姿に指を向ける。
バシッ!
俺の指は勢い良くはたき落とされた。雨宮はまた可愛らしい睨みつけの眼差しを向けている。
なんて返してやろうか……。
「睨んでるのか? 可愛いからやめとけ」
「う、うるさいっ! ……とにかく、学校に入るよ!」
雨宮は素早く背を向けるとスタスタと通用門を通った。
今なら逃げれるような気もする。
そもそも俺は傘を返されに来たわけでも、人に会いに来たわけでもない。
俺はここにいる必要性はない。
俺は……どうしようか。
少しずつ遠ざかる小さな背中。振り返ることもなく鼻歌を歌いながら校内を進んでゆく。
雨宮琴葉――。
まだ昨日会っただけの女子学生。
ぶつかって、落としたストラップを返しただけの関係。
なのに……。
足が自然と動いた。
「馬鹿。知らないところに置いていく奴がいるかよっ」
俺は雨宮の背中を追いかけて校内に踏み入れた。
こうした理由は分からない。
ただ雨宮琴葉という人物を知りたいと思っただけなのしれない。
紺の制服と揺れる茶色の髪の毛。
数歩後ろを追う俺にもシャンプーの甘い香りが漂ってきた。