王の代理として馬車馬のように働かされた公爵令嬢は、代理をやめる
人物構成は「婚約者の代わりに書類を捌き続けた公爵令嬢」「婚約破棄された公爵令嬢は反撃の準備を仕込んである 」と同じです。
間違えて連載でアップしてしまったため、短編でアップし直しました。
「こちらが本日中のもの、こちらが明日午前中までのものです。
お願いします」
王太子の執務机の上に、書類の山が2つ置かれた。
書類を持ってきた文官は、何の感情も表していない顔で丁寧かつ静かに置いて部屋を出て行った。
机の上は、うずたかく書類が積み上がり、壁のようになっている。
つい先ほどまでは斜め前方から長い金髪が覗いていたが、今はもう見えない。
長い金髪──その持ち主は、王太子ではなく、第1王子の婚約者であるトーア・マットレース公爵令嬢だ。
トーアは、王太子の執務机で、第1王子の代わりに王太子の仕事をしている。
トーアは、王太子妃でさえなかった。
王太子候補筆頭であるストンプ・グルールの婚約者でしかない。
しかし、周囲はそういう扱いではなかった。
本来、ストンプがやるべき王太子の仕事は、全てトーアが担っていた。
形式的には“第1王子が預けられた王太子の印璽”はトーアが管理し、トーアがストンプの名を署名して印璽を押すということをしていた。
そして、幸か不幸か、トーアは仕事をこなせてしまっていた。
また、トーア自身が継承権第4位の立場であるため、“見せられない書類”というものがないこともトーアの負担を増す一因になっていた。
王太子の仕事をそつなくこなすトーアに王妃の仕事が振られるようになったのは、1年ほど経った頃だった。
いつの間にか王妃の案件の一部がトーアに回ってくるようになっていた。
こちらは、さすがに署名は王妃自身がしたが、王妃が不在になる時や体調不良の時などは、印璽ごと全ての仕事が回ってくるようになっていた。
「いくらなんでも頻度が高すぎない?
王妃殿下はそんなに病弱でらしたかしら」
疑問形で言ってはいるが、もちろんトーアは王妃が仮病で仕事を押しつけてくることに文句を言っている。
丸々1人分の仕事が増えるとなると、さすがにトーアも余力がなく、1日中王城にこもることになり、やがて城内に部屋を与えられるようになった。
それから更に1年。
王妃の仕事は減ってきたが、その代わり王の仕事の一部が回ってくるようになった。
部署をまたいだ案件など面倒な調整の必要な案件ばかり回ってくるのだ。
調整は王の仕事ではなく宰相の段階であり、トーアが絡む必要はなさそうなものだったが、なぜか回ってくるのだった。
「これは、さすがに王太子でも手に余る仕事ではなくて?」
何かで宰相に会った時に釘を刺してみたのだが、宰相は涼しい顔で
「調整の重要性と苦労をご存じない方が王になると、宰相府は大変なのですよ」
と答えた。
「私が王太子になるわけではありませんのよ?」
「まあ、それはそうですが」
宰相は、腹の内の見えない笑顔で答え、トーアもそれ以上追求しない。
トーアは、順調に王の信任を得ていき、更に1年経つ頃には、王の不在時には王の印璽さえ預けられるようになった。
トーア、19歳。
貴族が必ず通うことになる学院には通うことなく、試験だけ受けて卒業していた。
「宰相殿、なぜこの時期に陛下が外遊されるのですか?
学院の卒業式に招かれていたはずでは?」
「卒業式への列席は、マットレース公爵令嬢にお任せするとのことです。
どうも、なにやら殿下からお願いされているようでしてね」
「ろくでもないお願いしか思いつかないのですが」
「そうでもないでしょう。
いい機会です」
「宰相殿もお人が悪い」
「人の良い宰相など、国を滅ぼすだけですからな」
「宰相殿と同類と思われるのは、いささか不本意なのですが」
「同類などと申しませんよ。
あなたの方が私よりきちんとしていらっしゃる」
「褒められているようには感じませんね」
「褒めておりますとも。
最大限評価させていただいているのですよ」
「ちっともありがたくない評価をありがとうございます」
「腹は決まりましたかな」
「仕方ないでしょう」
「さすがですな。
それでは」
宰相が退出すると、トーアは執務に戻った。
学院の卒業式。
ストンプに張りつけておいた影からの報告で、卒業式において婚約破棄を突きつけてくるつもりであることはわかっていた。
「潮時、ということかしら」
「ですな。ちょうどいい頃合いでしょう。
どうやら陛下がお留守になるよう仕向けられたようですな」
「陛下がいらっしゃらなければご自分が最高位ということは理解しているようですもの」
「では、そういうことで」
「ええ、覚悟はできています」
卒業式に向かおうとしたストンプは、近衛に阻まれた。
近衛は怒ったストンプを拘束し、謁見室に引き立てた。
さるぐつわをかまされ、罪人のように引きずり出されたストンプの前に、トーアが姿を見せる。
「第1王子ストンプ、反逆を企図した罪で拘束します」
「もごっ!」
おそらくは文句を言っているのであろうストンプに、トーアは続ける。
「陛下は、出立前に私を王太子に指名なさりました。
正式な文書もあります。
婚約破棄などと面白いことを企んでいたようですが、そんなもの、とっくに解消になっています。
わかりますか、あなたは単なる第1王子、私は王太子です。
どちらが上か、説明する必要はありませんね。
衛兵、連れて行きなさい」
ストンプはなおも喚いていたが、衛兵に腕が折れそうなほどひねりあげられると静かになり連れて行かれた。
そして、トーアは、王の代理として卒業式で祝辞を述べた。
2日後、国王夫妻が峠道の崩落に巻き込まれて行方不明との報が入り、トーアが王位に就くことになった。
ストンプは、急な病で精神状態が不安定として、療養という名の幽閉となった。
「まあまあ綺麗に収まりましたな」
「そうね。
印璽を預けて出掛けるとか、頭がおかしいとしか思えないのだけれど」
「それだけ陛下が前の陛下から信用されていたということでしょう」
「いいように使える駒という意味で?」
「駒が噛みついてくるとは、思いもしなかったのでしょうな。
今の情勢で全権委任して王都を離れるなど、王位を好きにしてくれと言っているようなものです」
「さすがにご自分が亡くなるとは思ってもみなかったのでしょうね。
国境付近など、事故の宝庫なのに」
「護衛に付けた者から、前両陛下の遺体を確認したとの報告が届きました。
不幸の事故の後ですので、大々的な式典は行えませんが、正式な即位の通達をしましょう」
「次は、頼りになる王配を探さなければね」
「信用から言えばマットレース公爵家所縁がよいでしょうが、別系統の家から探した方がバランスは取れますな。
即位の正当性を謳う上でも、慎重に探す必要があります」
「とりあえずは、城内から能なしを駆逐しないとね。
野心が強くなくて、事務仕事に有能な高位貴族出身の官吏辺りが最高なのだけど」
「前陛下の事故を嗅ぎ回らないような賢い者を探しましょう」
トーア・グルールの治世は30年続き、宰相が勇退するまで二人三脚の蜜月が続いた。
後任の宰相もまたトーアの治世を支えたという。




